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第14話 奪還作戦

「ウィンボルト侯爵はお前たちのような人間が早々会えるようなお方ではない!」


 侯爵の屋敷前でトリシア達は有無を言わさず門番に追い払われそうになる。


「……なにそれ」


 リリが門番相手に静かに凄む。リリも綺麗な顔立ちだが、その凄みによって門番はたじろいだ。目だけで人を殺せそうだ。


(おぉ~! 他人に強く出れるようになったわねぇ)


 これまで他人相手にはいつもオドオドとしていたのに、成長したとトリシアはこんな時、こんな状況だが嬉しくなる。なんとも頼もしい味方だ。


「……もういい。入らせてもらう」


 聞いても無駄だったといった表情で、リリは軽々と門の上に飛び上がり、トリシアが登りやすいように手を出していた。


「こらこらこらこら」


 一応トリシアも注意する。何故なら門番が慌てふためいて槍をかまえたからだ。万が一にもリリがこの門番に負けることなど考えられないが、あまり常識がないように振舞っても怪しまれる。


「何をしている!!!」


(お~お~出てきた出てきた!)


 騒ぎを聞きつけぞろぞろ兵士達が集まってくる。いち早く屋敷の警備隊長と思しき兵がやってきて、トリシア達相手に凄んだ。


「なんだお前達は! ここはウィンボルト侯爵家のお屋敷だとわかっているのか!!」

「ええ。侯爵には幼い頃ずいぶんお世話になりましたのでお礼に参りました。今王都にいらっしゃると伺いましたので……」


(あのクソババアには本気で()()()()したいところだけど~)


 などと、トリシアにしては随分と物騒で黒々とした感情が脳内に溢れてくる。恨みつらみというのは忘れたくともどうにも記憶に残ってしまっていた。


「冒険者風情に侯爵がお会いになるはずないだろう! そんなこともわからんのか!」

「ですが、ご嫡子のルーク様は冒険者になられておりますし……」

「なっ……俺の揚げ足をとるな!」

「そんな気はございません!」


 そんな会話を繰り広げている間にも兵士達はなんだなんだと集まってきた。


「ええいお前達! 持ち場に戻れ!!! 戻らんか!!!」


 大声で怒鳴りつけているのが、そのせいでさらに兵士達が何かあったのだと、どんどん駆けつけてくる。その原因にやっと気づいた警備隊長は、急いでトリシア達を追い払うのが得策だと思ったようだ。


「……侯爵は領地に戻られた! もうここにはいらっしゃらない!!」

「左様でございましたか」


 トリシアがリリと目を合わせると、彼女が小さく頷いたのが確認できた。


「では、また改めて。行こう」


 まだ門の上にいるリリに声をかけた。リリは無表情で飛び降り、門番を一瞥した後、トリシアの後に続いてきた道を戻っていった。


「……どう?」

「ん……」


 リリは小さくVサインを出した。リリの耳には小さな魔石のついた真新しいイヤリングが光っている。それと同じものをノノもつけており、非常に小さな音を使って通信することができた。非売品の魔道具だ。先日トリシアが、ウィリアムとアンジェリーナから贈られたものだった。

 通信距離も通信内容もかなり限定的だが、それにしてもすごい。画期的な魔道具がこの世界に誕生していた。だがこれを世間に出すつもりはない、という話も同時に聞いたのだ。


『通信機器は軍事の幅を広げちゃいますからねぇ~そこまでは背負えないっていうか』

『世の中いい人ばかりじゃないもの~』


 ウィリアムとアンジェリーナはのんびりとした口調だったが、決してぶれることがないという意志を感じるこの方針は、トリシアを驚かせた。


(そうだよね……自分がどうするかなんて自分で決めてもいいんだ)


 これを聞いて、トリシアは自分の持つ特別なスキルを世界の為に世のため人の為に使う必要はどこにもないのだ、と許された気分になった。これまでも誰かに責められたことがあるわけでもないが、治癒魔法(ヒール)の限界を知っているだけに、隠すこと自体が悪いことのように感じる日もあったのだ。


 ウィリアムとアンジェリーナはその通信機器を使って、それぞれの帰宅時間を知らせ合っていた。『今から帰る』『遅くなる』『気を付けて』『今日は泊まり込み』『迎えに行くよ』、そんな簡単な内容を、通信用のイヤリングを押す回数やリズムで知らせ合っていた。


◇◇◇


 トリシア達が騒ぐことによって屋敷中の警備兵が表門に集まっていく。それを見計らって、警備が手薄になった場所からノノが屋敷に侵入した。屋敷内を回り、ルークの情報を集めている。


「どうせ会わせてもらえないからね。最初っから忍び込んだ方が早いのよ」


 あの母親がルークとトリシアを会わせるわけがない。訪ねに行くだけ時間の無駄だ。


「あ! でも普通はダメだよ!? 今回は何かを盗むわけでもないし、ただルークの身の安全の確認だけだから……」

「うん……わかってる……これは、作戦」


 一応双子に色々常識を教えてきたトリシアとしては、善悪ははっきりさせておかなねばならない。


「ま~いつも馬鹿正直に行く必要はないってこと」


 うんうんと真面目な顔で頷くリリをみてトリシアは安心した。実力のある双子が悪の道に落ちでもしたら大変だ。


「こんなに簡単に侵入出来て……あの屋敷は大丈夫?」

「ちょっと平和ボケしすぎよねぇ。領地の兵達はもう少しピリっとしてたけど、王都は治安がいいからかな」


 本当はもう少しゴネて時間を稼ぐ予定だったのだ。より簡単にノノが屋敷に侵入できるように。だがその必要はなかった。


「それに騒いだわりには大事にしたくない感じだったわ……内々でどうにかしたそうだった」


 トリシア達を捕えるような動作はなかった。あんなことをしたのに。追い返すことに重きを置いているのがわかった。部外者を中に入れるな、そういう指示が上から出ているのかもしれない、とトリシアは疑う。


(いやでも……私がそう思いたいだけかも。ルークを隠すために誰も屋敷内に入れたくないって()()()()が言ってるって)


 ルークが音沙汰もなく戻ってこないのは、彼の意志じゃないと思い込みたいだけなのでは? と、ネガティブな感情が湧いて出ていた。だが、実際のところはトリシアの予想通りだ。

 愛する男の事より、憎き仇敵の方の頭の中の方が理解できるトリシアだった。


「ご無事で何よりです」


 リリが誰もついてきていないことを確認し、少し離れた裏路地でスピンと合流した。


「追っ手も尾行もよこさないなんて」


 トリシアは呆れるように言った。不審者に対する対応がお粗末すぎる。


「少し調べたんですが、どうらや侯爵が領地へお戻りになった後、夫人が素人をかなりお雇いになったようです。……主力の兵士は侯爵に付き従って一緒に領地へ帰ってしまったからでしょうか」


 スピンは自分なりに出来ることをと、上手く情報を集めてくれていた。


「確かに人数はいたけど、統率は取れてなさそうだったよね?」

「うん」


 わざわざ兵士を追加したのはなぜか。トリシアは悪い方へと考えが進む。


(ハナからルークとやりあう気満々だったってこと?)


 だがルーク相手に有象無象集めてもしかたがない。ウィンボルト侯爵夫人がそんなこともわからないとは、トリシアには思えなかった。


「でも……あんなのじゃ人数がいても相手にならないよ……」


 リリもそう思ったようだ。


「うーん。ただのカモフラージュかもしれません。ルークさんが屋敷に戻られた時、兵がいなければすぐに変だと気づいてしまうかもしれませんし」

「なるほど」


 ルークをどうしても屋敷の中に入れたかった。そんな侯爵夫人の思惑が形を表し始める。


(屋敷の中には本命がいるのかな)


 そしてその予想は当たっていた。外の護りはあくまで偽装で、侯爵夫人の目的はルークの確保、ただそれだけだ。


「ルークさんは?」

「出てきませんでした。ルークの感知スキルなら屋敷中いけるだろうし、騒ぎを起こした私達に気づかないわけないから……あえて出てこないのか、出てこれないか」


 嫌な予感が確信に変わっていく。


「ノノはまだ探索中……問題はないみたい」


◇◇◇


 ノノは野生の勘が鋭い。魔の森で暮らしていた恩恵か、スキルもないのに気配を消すのも探るのも得意だった。うまく屋敷の兵や使用人達をかわしながらルークを探す。すでにノノにはルークが屋敷内にいる可能性が高いとリリから連絡が入っていた。


(強いやつがいるかも……か)


 ルークが屋敷から出てこれないのだ。対ルーク用に誰かしら雇っている可能性は予想できた。しかもS級のルークに対抗できる誰かだ。

 だがノノはそれをきいてワクワクしている自分に驚く。スリルを楽しんでいるのだ。


(ルークを足止めできる実力……)

 

 ノノは経験から殺すより捕える方がずっと難しいことは知っている。リリからの連絡で、危なそうならすぐに戻るように言われたが……。既に引き上げる頃合いだとはわかっていたが、のめり込むように屋敷内を探索し続けた。


「……っ!」


 大きく豪華な扉の奥に、強い人間の気配を感じた。幸いこちらには気が付いていない。引き返すなら早い方がいいだろう。何がきっかけでバレるかわからない。ヴァリアスはその特殊なスキルでS級までのし上がったが、もちろんそれだけが理由ではない。抜群の魔力コントロールと短剣捌きで戦闘力も申し分ないのだ。

 

(ルーク……強い人の側にいるんじゃ……?)


 この強者がいるからルークが出てこれないのではないかと予測する。

 

 ノノの考えは当たっていた。2度目にルークを捕えてから、ヴァリアスは張り付きになっている。通常なら一度スキルをかけてしまえば、ヴァリアスの意思なしには解けることはない。いつもなら氷のように体はカチカチになって動けないままだ。だがルーク程のクラスだと話は別だった。今はヴァリアスが油断すればすぐにでもスキルを解いてしまいそうなのだ。実際、またルークは喋れるようになっている。


「いや~オレもまだまだだなぁ~自信なくしちゃうぜ~」

「んなもん、なくせなくせ!」

「いい加減オマエが観念してくれねえと次の仕事に影響が出るんだけど~」

「それならこれ(スキル)解いてさっさと帰れよ!」


 軽口をたたきあいながらもお互い虎視眈々と次の一手を狙っていた。ルークはもちろんスキルの解除を、ヴァリアスは完璧にスキルをかける隙を。


(うーん……これ、やっぱり今やっちゃった方がいい気がする……)


 ルークの前にいる男に正面切って勝てるかというと、そうはいかないとノノは感じていた。


 ノノは上手くルークの真上に忍び込んでいた。そこで天井の隙間から彼らの様子をみて、ルークを連れ去るなら今だと感じている。敵とみられる男、ヴァリアスがルークにだけ集中していたのだ。その仕草を読むと他に意識を散らす余裕が少しもないのだと予測が出来た。そしてそれはルークも。椅子に縛り付けられていたが、ここまで近づいたノノに気が付いてはいない。


(なにかされてる……? スキルかな……?)


 ノノはイヤリングを触り、リリへ連絡を入れる。


「ルーク……無事……やっぱり捕まってるって……」

「はぁ~~~……よかった……いや、捕まってるのはよくないけど! 無事でよかった!」


 あの母親がルークを傷つけるなど考えられなかったが、()()()のことはあえて考えないようにしていたのだ。それは双子もスピンも同じだった。


「……今から……連れて帰るって……」

「ええ!? まさか1人でやるつもり!?」


(そういうのはリリの性分だと思ってたのに!)


 当たり前だが双子は似ているが違う。どちらも基本は大人しいが、いざ一緒にダンジョンへと入ってみると、リリは好戦的で、ノノは好奇心旺盛だ。今回、ノノは好奇心をルークの奪還ということで満たそうとしていた。


「あ、危なくないですか!?」


 スピンの言葉に全員で顔を見合わせ、トリシアとリリは急いで再び屋敷へと走った。



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[一言] 1週間飲まず食わずだったんでしょうか???
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