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第9話 展示会

 伯爵家を出た後、もう1件子爵家で治療を終え(こちらは魔物毒によるかぶれの治療だった)、ウェイバー家の屋敷に戻る頃には深夜になっていた。

 子爵も長く苦しんでいた悩みが解消され、感謝の気持ちから、これでもかともてなしたがった。結局ルークを除く全員が珍しいお高いお酒を飲むことで、相手方はやっと気持ちが落ち着いたのだった。


(痒みが続くのも辛いわよねぇ……)


 これまではお抱えの治癒師(ヒーラー)に日々の痒みを抑えてもらいながら、多くのヒーラーに頼ってきたが根本的に治ることはなかった。トリシアへの依頼も、ダメ元に近い心持ちでいたせいか、余計に喜びが大きかったのだ。


「明日以降はもう少し気楽な……というと失礼ですが、単純な古傷の治療になります」


 フランツ・ウェイバーはトリシアの活躍が期待以上で嬉しそうだ。


(フランツさん、ヒーラーでもないのに私の能力の事、チェイスさんより理解してそう……)


 彼はトリシアの力が傷の回復ではなく、もっと根本的な症状にも効果を発揮するだろうと予想していた。冒険者の治療は外傷がほとんどだが、王都だとまた需要が違うからこそ視点が違う。


「今日の御二方は我が家にもよく治療の相談が来ていまして。我々(ウェイバー家)も力及ばずでずっと気になっていたのです……トリシアさん、ありがとうございました」

「い、いえいえいえ! 上手くいってよかったです」


 フランツがなによりも優先させる2人が彼らだったことが、トリシアを安心させた。チェイスの父親とは言っても、彼は王都のお金持ちの一族の1人。一度会ったことがあるとはいえ、少々身構えていたことは事実だ。


「明日はゆっくりお休みください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて!」


 これで明日は気持ちよく()()()()だと、トリシアは馬車の中でにんまりとしていた。


◇◇◇


 酷く思いつめたような表情で、ルークはトリシアの前に座っている。チェイスの実家で遅い夕食……は遠慮して、軽食をいただいていた。ルークは何度か言葉を発しようとスウッと息を吸っては吐き、また吸っては吐いていた。その度にトリシアは手を止めてルークの方を見る。


(なになに!? 何を言われるの!?)


 ルークにとってかなり重要な話なのがわかったが、彼の動作から考えると、どうみてもいい話ではない。


 トリシアの不安そうな表情を見て、ルークは意を決したようだ。


「悪いな……たいした話じゃないんだ」

「うん」


(絶対そんなわけないじゃん!!!)


 もちろん今はそんなツッコミを入れられる雰囲気ではない。


「両親が……会いたがってる。俺に。ここ(王都)で。」


 これまでS級冒険者ルークは冒険者らしく各地を転々としていた。冒険者は移動するとギルド拠点登録をする。その為調べようと思えば誰が今どこにいるかわかるのだ。

 ルークの両親……主に母親はずっと息子の居場所を追いかけていたが、転々とする息子になかなか追いつけなかった。だがここ1年、エディンビアの街に留まっている。そうしてついに彼に連絡を取ることが出来たのだ。


「会うんだね」


 ルークの口ぶりから彼の気持ちを読み取った。


「逃げてきた問題に向き合う時だ」


 辛そうだが、トリシアはルークが強い意志を持って今ここで話してくれているんだとわかった。顔色は悪いままだが。


「……私になにか出来ることは?」

「両親との話が終わったら、またこうして話を聞いてほしい」

「そんなの。当たり前じゃん」


 出来るだけルークに安心してもらえるよう、優しく微笑んだ。そしてそれは伝わったようだ。少しだけルークの表情が緩む。


 ルークは翌日、王都にあるウィンボルト家の屋敷へと出かけていった。



◇◇◇



「さあ! さっそくの休養日よ! レッツゴー魔道具展示会!」

「れっつごー?」


 双子はいつものようにトリシアの言葉に疑問符を浮かべ、スピンはトリシアがついて早々に治療に向かった理由がわかり、思わず笑ってしまった。予算確保と休養日の確保のためだ。


「ルークさん、これなくて残念ですね」

「そうですね~ストッパーがいなくなったのはマズイかも」

「……気を付けないとですねぇ」


 王都前の中央広場のすぐ側には大きなホール型の展示会場があった。1年中なにかしらの展示会が行われているが、この時期は一番の目玉である魔道具の展示会が開かれている。各工房の新作商品のお披露目や、既存の魔道具の改良品などが所狭しと並べられていた。

 展示会ではもちろん魔道具の注文が可能だ。新しい計画を考えているスピンとトリシアが2人合わされば、盛り上がり過ぎて予算オーバーするのが目に見えている。


「あらかじめ買うものを決めていくのは……だめ?」

「予算を決めていくとか……」


 リリもノノも不思議そうな顔をして尋ねる。トリシアは2人にこの社会の常識を教えてきた。特に金銭感覚に関しては、元相棒のイーグル相手にしていたのと同じように口を酸っぱくして言っていた。トリシアが双子に言っていたセリフが、今そのまま本人に返ってきている。


『冒険者の老後に年金なんてないんだからね!』

『ねんきん……?』


 双子はよくわからない単語も受け入れて、教えの通り予算の範囲内でいつも買い物をしていた。彼らはA級だ。収入も多いが、トリシアに言われた通り地道に貯蓄も進めている。


 双子に当たり前の言葉を投げかけられてトリシアの目が泳いだ。自身もリリとノノに厳しく教えていた自覚があるだけに気まずい。だがしかしこの物欲を止められる気がしなかった。


「あの、あのね……言うは易く行うは難しって言葉があってね……」


 オロオロと見苦しい言い訳を始める始末だ。それを聞いて双子は頭を左右に傾げている。彼らはいつも他人の話を最後まで聞いて、理解できるか判断していた。だが今回は終始しどろもどろなトリシアの要領を得ない言葉にどうしていいかわからない。


 エディンビアで買う魔道具は中古だ。壊れているか、壊れかけのものが多かったため、1つ1つの価格も安かった。……そう思ってアレコレ買い集めた結果、今新しい物件の購入に四苦八苦しているのだが。

 今回はどれも新品だ。しかも新作。ただでさえ高い魔道具が最も高い時期でもある。


(うわぁぁぁ中途半端にお金持っちゃうとこうなるのよ~……)


 ここ1年は今世、いや前世も含めて最も稼ぎ、最も使った。

 双子に常識を説く権利など自分にはなかったと頭を抱えたくなる。


(私の自制心はどこ行ったの!?)


 呼びかけてもトリシアの自制心は返事をする気がないようだった。


「……今日は貴方達が私の最終防衛線よ」


 開き直るかのように、トリシアは双子の肩に手を置いて、ルークの代わりにストッパーに任命することにした。双子はトリシアに頼られたのだとわかり、嬉しそうにコクコクとうなずいた。


(リリさんとノノさんじゃトリシアさんを止められないんじゃ……)


 と、スピンが思ったことは誰も知らない。


 魔道具の展示会場は今日も賑わっている。国内外の多くの商人がこの展示会目当てに集まっていた。もちろん誰でも入れるので、個人的に金持ちが商品を見に来ることも多い。価格帯が安いものもあるので、一般庶民や冒険者までいる。


「空調が利いてる!」

「……涼しい」

「……ここだけ秋みたいだ」


 広い会場の中に多くの人がいるにもかかわらず、真夏の王都の展示会場はひんやりとしていた。


「この大きな空間をここまで冷やせるとは驚きです」


 入口近くに設置された看板に、この空調は今王城内でも利用できるよう設置を進めていると書かれていた。もちろんこの魔道具に関する連絡先も。


(やっぱりクラウチ工房か……連絡先は代理店ね)


 最新鋭の魔道具といえばいつだってクラウチ工房の名前があがる。トリシアはこの人物は自分と同じように前世の記憶があり、それもトリシアと同じ世界からやってきた人物だと見当を付けていた。あまりにも出てくる魔道具が前世の家電と性能が同じものばかりなのだ。


(お陰で最近は楽に暮らせてるけど。どうにか会えないかな)


 今回の目的の1つは、このクラウチ工房の魔具師になんとか連絡を取ることだった。この魔具師は、1人前世の記憶を抱えたトリシアの孤独感を消してくれた存在だ。生活水準を上げてもらった恩もあるが、『自分だけじゃない』という心の支えになったという点においても一方的に恩義を感じていた。


「やっぱりまずはクラウチ工房からですかね! 代理店のブースになりますが」


 スピンもトリシアに負けず劣らずワクワクしていた。魔道具業界においていつも驚きの商品を繰り出すクラウチ工房はトリシア以外からも注目の的なのだ。


「行きましょう! リリ、ノノ、頼んだわよ!!!」

「ま、任せて……!」


 スピンの予想通り、リリとノノはトリシアの熱意あるプレゼンに押し負け、彼女の物欲を止めることは出来なかった。


自動温め機(電子レンジ)だー!!!」


 前日の稼ぎはすべて消えてしまったが、トリシアはとても満足気な表情に包まれていた。

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― 新着の感想 ―
電子レンジはしょうがない……買っちゃってもしょうがないよ……
[一言] 電子レンジは便利だから! 無駄じゃないから!
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