第4話 拒否
ルークはチェイスがエディンビアにいることをすでに知っていた。先ほどまで領城に行っていたのだ。そこで領主代行直々にチェイスが連れてきた依頼人の護衛を頼まれていた。
「たぶんエディンビア領側がけしかけたのもあるんだろ。早目にここまで治しに来いってな」
「私の評価高すぎじゃない!? いや、そりゃそれなりにできるけど……!」
「スタンピードでは派手に働いたし、トリシアありきの貴重な人材も多いからな」
ルークはそう言った後に自分もその中に入っていることに気づき、自画自賛したことよりも、自身がトリシアに引っ付いていると認めてしまったことが少し恥ずかしくなる。
(巣がないと冒険者を続けにくいって言うか、普通の生活が送りにくい入居者は確かに多いかもしれないけど……)
ダンはピコがいるし、ハービーにはケルベロスが。双子はコミュニケーション能力に本人達はまだ不安に感じている。とは言え、
「あの家がなくってもそれなりに生きていけそうだけどね。皆たくましいし」
「そんなのわかってるだろ。その上でここに住んでんだ。住みたくて住んでるやつらばかりだろ」
「へへヘ」
ルークが当たり前だと言わんばかりに力説したのが、トリシアにはとても嬉しい。
◇◇◇
トリシアの治療は、依頼人が滞在している貴族専用の宿屋でおこなうことになった。約束通り、治療以外の段取りはチェイスがおこなったので、トリシアは当日その場に行き、治療するだけだ。
(おぉ~! いかにも高級! って感じの宿!)
領城のすぐ近くの高級宿屋は、敷地内に入ると綺麗に整えられた緑の芝に整えられた花々、広いエントランスの奥にはこれまた広い中庭が見える。どこもかしこも金の装飾に大小様々な絵画が飾られていた。エディンビアの領城内よりも豪華絢爛だ。そのせいか、領主が招いた客はこの宿に部屋を用意されることもあるのだと、エリザベートが以前話していたことをトリシアは思い出していた。
「宿っていうよりこれは……宮殿?」
「だなぁ。気合入ってるよ」
チェイスと二人、あれはなんだこれはなんだと建物を見渡した。外から見たことは何度もあるが、高い塀で囲まれており警備兵もいたので、あまりマジマジと観察すると目を付けられかねなかった。
(こんな機会がなきゃ中には入れなかったわねぇ)
招かれた部屋の外でチェイスと別れる。彼は隣の部屋で待機だ。治療姿をあまり人に見られたくないという依頼人の希望があった。この街まで同行したチェイスだったが、その最中も依頼人の怪我の状態は確認させてもらえなかったと言っていた。
広い室内の照明は全てシャンデリアで、あちこちに大きな花瓶に色とりどりの美しい花が飾られている。調度品も細工の細かいものが多い。絨毯もこの国ではこれまで見たことがない幾何学模様のデザインだった。掃除も手間暇かかりそうな部屋だ。
今回、患者が誰かトリシアは教えてもらっていない。匿名希望だ。とは言ってもこれだけ豪華な宿に泊まり、S級冒険者が護衛につくというのだからある程度の身分だと想定できる。
「まもなくお嬢様が参りますがくれぐれも……」
「承知しております。ご不快にさせるような反応はいたしません」
侍女が心配したのは、患者の今の姿を見てトリシアが顔をしかめることだった。おそらくこれまでそのような反応を受け、傷ついてきたのだろう。
「日頃は冒険者相手の商売をしております。それなりの症状の治療はおこなってきておりますのでどうぞご安心を」
「……ありがとうございます」
そう言うと、奥の部屋の扉が開いた。黒いヴェールを顔にかけたままの女の子がゆっくりとこちらに近づいてくる。そのすぐ後ろにはルークが。
「ヒーラーと二人だけにして」
「いけません!」
「少しは言う通りにしてよ!」
少女がヒステリックに叫ぶ。よほど他の誰にも姿を見られたくないのだろうとトリシアは思った。
「では護衛だけでも側に!」
「いやだって言っているでしょう!」
「お嬢様……!」
侍女と揉めているが、身分が高い相手のようだしなかなか口出しも出来ない。
今回の傷は魔物によるものだったが、その魔物が彼女のいた領地に現れるのは非常に珍しいため、誰か悪意のある者が放ったのではないかと疑われていたのだ。だからチェイスは事前にエディンビアにやって来ることをトリシアに知らせなかった。もし敵がいたとしたら、どんな情報が使われるかわからない。
「じゃあ治療はうけないわ!」
そう叫んで元いた部屋に戻ろうとしたので、結局侍女側が折れた。
(こりゃあ何かあるわね)
わざわざエディンビアまで来て、治療を受けない選択肢がこの少女にはあるのだ。一方で侍女側はどうしても治療を受けてもらいたい理由がある。
「俺が部屋ごと感知能力で見張ってる。ここはトリシアに任せることを勧めるよ」
そう優しく侍女を慰めていた。侍女の方は頬を染め、コクリとうなずいた。そしてそんな二人を見て、トリシアは少しだけモヤモヤとした気持ちになる自分に絶望する。
(うわぁ~……私、面倒くさい! これはマズイわね……)
頭の片隅にいる冷静な自分がそんな感情に警鐘を鳴らす。だがその冷静さをもってしてもコントロールを失ってしまうのが恋という感情であることを彼女は知っていた。
(ルークが他人と健全な関係を築こうとするのは良いことよ! 良いことなのよ!)
なんとか自分を納得させる。それにこんな小さなことでいちいち妬いてたら大変だ。ルークはモテる要素を盛りだくさん詰め込んだ男なのだと改めて認識する。
少女と広い部屋で二人きりになると、トリシアは気を取り直すよう呼吸を整え、患者に向き合う。
「ではお嬢様、失礼致します」
ヴェールを上げ、トリシアは出来るだけ淡々と感情を込めずに言った。
(これは……)
顔の半分が焼けただれていた。一部髪の毛もなくなっている。痛くて怖い経験をしたのだろうと、そっと撫でたくなるがそれが許される立場ではない。
(治療痕もいっぱいあるけど……これを綺麗に治すのは難しいでしょうね)
魔物によっては魔力を練り込んだ炎を吐き出し、それで怪我を負うと通常の治療では根治が難しいことがある。ここまでの怪我の規模で命に別状がなかっただけでもすごいことだ。今は痛みもないようだが、通常であれば痛みも続くものだ。
ここまで治したヒーラーはかなり繊細に、そして時間をかけて根気よく治療を続けたのだと、同じヒーラーであるトリシアにはわかる。そして同時に回復魔法では限界があることも。
(お~し! いっちょスキルで治しちゃいましょうかね!)
そっと優しく少女の顔の傷跡に触れる。
「治療に痛みはありませんのでご安心ください」
「ちょっと待って!」
少しの間黙っていた少女が急に声を上げた。
「貴女には悪いのだけど……治してほしくないの」
(なんで!? え? なんでぇ!?)
困ったことになった。本人の希望ならその通りにしてあげたいとは思うが、高額な報酬はすでに半分貰っているし、治療出来ないとなるとトリシアの評価も下がる。
「……左様でございますか」
それに身近にいる高貴な身分の持ち主たちと違って、トリシアはこの少女と特に関係を築いてきたわけではない。トリシアの身分では簡単に理由を聞くことはできなかった。が、それはすぐに解決する。少女が話したくてたまらないと、前のめりになって事情を説明し始めたのだ。
「治ったら第二王子と婚約させられちゃうの!」
(第二王子ってリカルド様!?)
トリシアが面食らっていることなど関係ないと言わんばかりにさらに話し続ける。
「それに私他に好きな方がいるの! ヒーラーで、一生懸命この傷を治そうとしてくれたわ!」
少女は訴えかけるかのようにさらにトリシアの方に体を寄せる。
「彼のおかげで目の周りはだいぶ良くなったのよ! 見えるようにもなったし!」
ほら! ここよ! わかるでしょう? と、治療痕に指をさす。トリシアがなにも反応しないので、少女は必死だ。もし第二王子との婚約を推し進める家族や侍女の味方につかれたらと心配になっていた。
(リカルド様、相変わらずエリザにアピールしまくってるけど……どうなってるんだろう……)
8歳の恋バナより、友人の近況の方が気になってしまい集中できない。
「聞いてる!?」
「え!? はい! 聞いております! はい!」
慌てて返事をする。必死になって訴えている少女に対し失礼な態度だったと反省する。
「じゃあどうして何も言わないの!?」
「詮索はしないよう、初めに言われておりますので」
これは本当だ。今回は秘密厳守の契約魔法を結んでいないが、口頭で強めにそう言われている。おそらく少女のこの傷は貴族社会では知れ渡っているのだろう。今更隠す必要もない。だが高位貴族が身分の低いヒーラーの治療を受けるのは抵抗がある。彼女達は身分の差を見せつけたかったのだ。
『貴女にこのお方の名前を知る権利などありませんよ』
暗にそう伝えられていた。孤児出身のトリシアへの小さな抵抗、拒絶だったのだ。そういう経験はこれまでたくさん積んできているので、意外だとも不快だとも感じなくなっている。
(貴族なんてそんなもんだし。今更別にどうでもいいんだけどね。なにより貴族相手は報酬はいいし! 取りっぱぐれもないし!)
そういう現金なところがトリシアにはある。これも身分も金も持たずに生きていかなければならない者の宿命だと自分に言い訳をしていた。
ハッとしたような表情の少女はついにまくしたてるのをやめた。そして恥じ入るような、申し訳なさそうな顔になる。まだ幼いが世の中のことがわかっているのだろう。トリシアに対して自分の世話係達が無礼な物言いをしたことに気が付いたのだ。
(ささっと治療して終わりのはずだったのに~!)
少女の表情を見て、どうやらそうはいかなさそうだと、トリシアはバレないように小さく深呼吸をしたのだった。




