第3話 王都から
エディンビアから王都へ行くには多くのルートと方法があるが、一番利用が多いのは乗合馬車だ。ある程度の規模の街であれば必ず同規模の隣街までの乗合馬車が出ているので、利用者はそれを乗り継いで王都へと向かう。
「エディンビア便は冒険者が利用することも多いし、道中魔物の心配事が少し減るってのもあって人気あるのよね」
ふむふむ。と、双子が同時に頷いた。
「あとはまぁ、傭兵団にくっついて行ったり、商隊に混ぜてもらったりかな~個人で護衛雇う人もいるけど、私達からしたら雇われる側になって行く手もあるわ」
「……トリシア達は?」
「私達は今回個人旅行よ~! 気楽なもんだわ」
チェイスがトリシアとティアの為に馬車と護衛を手配する手筈になっていた。トリシアとしては護衛の依頼ついでに王都へ行くのも悪くないと思っていたのだが、今回はティアとスピンも一緒に行くのだ。アチラ持ちでより安全に行けるならそれがいいと判断した。
双子の方はトリシアが王都へ行くと聞いてこの街以外に急に興味が湧いたのだ。彼女がいれば初めての場所も心強い。
「護衛に私達を雇わないか……? それなりに腕は立つ……」
「護衛代金は安くさせてもらうから……」
双子にしては思い切った提案だ。彼らはいつも変化を楽しんではいるが、馴染むまでには時間がかかる。
「あはは! いいねぇ楽しそう!」
トリシアが笑って受け入れてくれて双子はほっとしたように微笑む。最近は表情筋が上手く動くようになってきて、トリシア以外とのコミュニケーションもスムーズだ。
(まあ、ルークが一緒だからあんまり不安もなかったんだけど)
それより心配なのはエディンビア領主代行、エリザベートの兄エドガーの反応だ。最近、現領主が王都へ出向いており、エドガーが名実ともにその代理を務めていた。彼はトリシアの規格外の治癒力に気が付いている。さらに言うと、トリシアがこの街にいるからこそS級冒険者のルークがエディンビアを拠点にしていることにも。最近話題になることが多い双子もだ。出来るだけ自領へ留まってほしいのが見え見えで、領主代行自ら節税方法を指南したり、トリシアの建物周辺の割れた石畳を綺麗に整えてくれたりと何かとサービスがよかった。
とは言っても、トリシアも王都で開催される魔道具の展示会は楽しみにしている。開催時期までしばらくあるが、ここ一年頑張ってきたご褒美に、少し観光でもして楽しもうと考えていた。
「エドガー様に私は絶対に戻ってくるってエリザからも伝えて……」
「もう! あれだけ言ったのに! ……兄はなにかと心配性なのよ」
「ここを残してどこかに行ったりなんかしないのに~!」
最近は毎日のように領城からトリシアに依頼が来ていた。大した治療はない。場合によっては馬や犬や猫に鳥も治療した。どうにかしてトリシアを呼びつけたかったのだ。
労働力の割に謝礼も悪くはなく、実績にはなるので仕事自体に不満はなかったが、この街に閉じ込めるつもりなのではと久しぶりにモヤモヤとしたネガティブなものがトリシアの体に充満し始めていた。
(領を守る立場って大変だわ……)
相手の立場になれば気持ちがわからないでもないが、どうも極端にやり過ぎなのではと思わずにいられない。
「弟がすまないな」
ある日の帰り道、エドガーの兄である騎士団長エドモンドにまで謝罪され、やはりこれやり過ぎなのだと確信し、トリシアは予定より早く王都へ行くことに決めた。
「王都のおすすめスポットといえば?」
この世界に観光本はない。だが冒険者仲間の多いトリシアは、王都の情報をちまちまと集めていた。
「王立図書館は圧巻だぞ」
「装飾凝ってる武器が多いな。専門店も多いしよ。ありゃ見るだけでも楽しい」
アッシュもダンも予想通り、彼らの好みの場所が印象に残っているようだ。
「区画によって建築様式が違うんですよ! 戦争や災害、火災なんかの度に建て直してて」
スピンの方も同様だ。
「街歩きだけでも楽しいですよ!」
ニコニコ笑顔のスピンには同じく笑顔で返すしかない。
(ギルドにいる冒険者にも聞いてみるかな)
そういって出かけようと巣の玄関を開けると、目の前にこれまたにこやかな顔をした男が立っていた。
「来ちゃった!」
「……!?」
なんだか可愛こぶったポーズを取っているチェイスを見て、思わず大声をあげてしまう。
「なんでここに!?」
「待てなくて来ちゃった! ティアー!!!」
トリシアとの挨拶もそこそこに、チェイスはティアを探して建物の中へ入っていった。
チェイスが待てないのも本当だったが、それ以上にトリシアの治療を待てない貴族がいたため、これ幸いとエディンビアまで舞い戻ってきたのだ。
「依頼人はまだ8歳なんだ。前に言ってただろ? 子供の頃の古傷は上手く治せないかもって。やっぱり早めがいいって」
「よく覚えてましたね~」
「そりゃこれを商売にしようって考えたくらいだからな! 注意事項はしっかりしとかないと!」
呆れるように言うトリシアのことなど何の気にもせずに得意気に胸を張っていた。
「で、その依頼人は?」
「今はお高いお宿でお休み中だ。流石に初めての旅行は疲れたんだろう」
道中トラブルもなく辿り着けたようだが、何事もなくても王都からエディンビアまで通常の街を経由するルートで1週間はかかる。移動続きで疲れてしまったのだろう。
「で、チェイスさんはどこに泊るんですか?」
ニヤリとトリシアは少し意地悪な顔つきで尋ねた。それの相手もニヤリと同じように返してくる。
「そりゃ~ここだろ~! まだ俺の部屋空いてる? 空いていなければ管理人用の部屋でも……」
「こらっ!」
トリシアに怒られてもなんのそのだ。
「実家の方は大丈夫なんですか?」
「祖母はまだ元気だしな! 俺があれこれ治療院を盛り上げるために動くのが嬉しいみたいだ」
ティアが入れてくれたお茶を大袈裟に褒めながら王都での生活を話してくれた。ティアの方は通常モードで仕事をこなしているが、耳が赤いのをトリシアは見逃さない。もちろんチェイスも見逃してなどいない。それで彼はこの話の着地点を、
「でもな~ティアがいないから、どんなに今の仕事が楽しくても寂しいって気持ちが消えないんだ」
という風に持っていっていた。
ティアの方はそれでもいつも通りの表情だが、トリシアにもチェイスにも彼女が浮かれているのがわかる。彼女が部屋を出たかと思うと、鼻歌が聞こえてきたからだ。
「私が依頼人に会うのは明後日なんですよね?」
「ああ。少し休みたいそうだ。というか、急に来たからトリシアの予定も確認してなかったし、余裕を見てもらうよう言ってる」
トリシアがダンジョンに入っていた場合、数日は街に戻ってこない可能性もあるからだ。
「じゃ。ティアは明日お休みね。チェイスさん、ゆっくりしてってください」
「流石敏腕経営者~!」
チェイスの褒め方に思わずトリシアは噴き出して笑った。
幸せそうな人を見るのはいい。こちらも穏やかな気持ちになれる。
(まあそれは、こっちも気持ちに余裕があるからこそなんだろうけど)
他人の幸せを一緒に喜べるかどうかで自分の幸福度を測る。そんな自分に呆れもしたが、これがパーティを追い出された直後だったら同じ気持ちにはなれなかっただろうことは簡単に想像できた。
そんなことを考えながら、帰ってきたルークに明るく声をかけたのだった。
「おかえりルーク! ねぇ! チェイスさんが来たよ!」