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第1話 新たな住人

 トリシアの貸し部屋、()()()には最近新しい住人が入居した。またもやソロの冒険者だが、まだ16歳。階級はD。にもかかわらず、家賃を払えるのには訳があった。


「おはよハービー! 今日もダンジョン?」

「あ! トリシアさんおはようございます。ダンジョン、行ってきます!」

「気を付けてね~」


 同じく返事をするかのようにガウガウと小さく鳴く、頭が3つ、ついでに尻尾も3本生えているケルベロスを連れて、ハービーは朝早くからダンジョンへと向かう。彼()は食事に向かったのだ。


 ケルベロスは魔物を食べた。ハービー自身に戦闘能力はないが、彼の相棒であるケルベロスが大体のことはやってくれる。ハービーは大量の()()()()の残骸から素材になるものを拾い集め、買取所に持っていったり、採取の依頼をこなしていた。これが日課ともなると、稼ぎはかなり安定していたのだ。


 ハービーとケルベロスを巣まで連れてきたのはダンだった。アッシュからの紹介だと言って。


「トリシア。こいつに部屋を貸しちゃあくれねぇか?」


 巣の庭で、ピコを背中に乗せたケルベロスを見てトリシアは久しぶりに悲鳴を上げそうになった。ポニーサイズだが、十分迫力がある。


「ちょっ! あああ危なくないの!?」


 ダンが落ち着いていたので大丈夫なのだと頭ではわかったが、冒険者としても初めて見る大変珍しい魔物を前にすると防衛本能が働いて落ち着かない。


「だ、大丈夫です……プレジオ達は害意のない人を攻撃することはありません……!」


 ハービーはオドオドした線の細い青年だった。1人で歩いていたら冒険者には見えない体格で、癖毛の明るい茶髪に青みがかかった灰色の瞳を持っていた。


(プレジオってこのケルベロスの名前?)


 ()ということは、それぞれの頭に名前があるのだろうとトリシアは予想する。


「あなたはテイマー?」

「い、いえ……違います……」


 そう言いながら小さくなっていった。


 この世界のテイマーはそのスキルを持つ者のみそう呼ばれる。魔物や動物を使役できる能力だ。使役できる種類や数は本人の能力次第だが、トリシアはケルベロスのような珍しく強力な魔物を連れたテイマーを見たことがない。


(というかテイマーでもないのにこんな上位魔物が言うこと聞くなんてあるの!?)


 おそらくここまで歩いてやって来た姿を見た誰もが、ハービーのことを腕のいいテイマーだと思っていただろう。テイマーが側にいるなら、恐ろしい魔物もそれほど怖くはないが、ハービーがソレではないということなら話は別だ。

 どういうこと? という混乱したトリシアの表情を見て、ハービーはどもりながら説明した。


「あ、プレジオ達は小さい頃から一緒にいて……そそ、その、家族みたいな……だから……ぼ、僕が嫌がることはしなくって……誰かに怪我をさせたり……ご、ご迷惑をおかけすることは……ありません」


 プレジオと呼ばれたケルベロスは言葉がわかるのか嬉しそうに龍のような尻尾を横に振っていた。

 

(オドオドしているけど、そこは言い切るんだ)


 ハービーがケルベロスのことを信用していることはわかったが、トリシアは大家としての義務がある。住人を危険から守る義務だ。


「それでも、貴方がテイマーでなければ絶対とは言えないんだよね」


 テイマーなら絶対の命令が下せる。もしくはケルベロスが人間であれば契約魔法でその強大な力を縛ることは出来る。ハービーはそのどちらも出来ない。


「はい……そうです」


 しょんぼりと項垂れるハービーをみて、トリシアの中に罪悪感が湧いてくる。ハービーが住処に困っているであろうことはトリシアには容易にわかる。トリシアが不安に感じているのと同じ理由で、どこからも宿泊を断られているんだろう。いつもは西門の外で野営をしていると話していた。


(この流れ、アッシュさんの考えだな~!?)


 これまで入居希望の話があれば、まず話だけがトリシアのところにきた。階級や役職、現状など簡単な情報だけだ。こんな回りくどく誰かが本人を直接、それも急に連れてくることはない。

 ハービー本人に会えばトリシアが受け入れるだろうとアッシュにはわかっていた。

 

 そして案の定、ハービーはトリシアが受け入れざるを得ない境遇の持ち主だったのだ。


「え!? 孤児院出身で半年前にパーティを追放された!?」


 だがトリシアと違って孤児院にいた期間は短い。ケルベロスとの生活を優先させるために、ハービーは早々に孤児院を出て生活していた。成人してすぐ正式に冒険者となり、ケルベロス目当ての冒険者達とパーティを組んだが、ハービーからケルベロスを奪おうとして返り討ちにあったのだ。


「そりゃあとんでもねぇ馬鹿だな。お前の元仲間!」


 ダンは大笑いしていたが、ハービーは苦笑いだ。


「じ、自分達にも懐いているものだと勘違いしていたようです……プレジオ達はわかってたんですね……彼らは僕を受け入れてくれてはいないことを……」


 寂しそうな笑顔を見てトリシアは陥落した。去年の自分を思い出したのだ。だが彼らが住むことによる懸念材料がなくなったわけではない。


「ここには戦闘力がない人も住んでるし、ご近所さんのことも」


 ここにはトリシア本人ももちろんだが、ティアやピコも住んでいる。何かあってからでは遅いのだ。


「俺はテイマーより、こいつらみたいな関係の方が信用できるけどな」

「えぇ!?」

「テイマーってのはスキルによる縛りだろ? 俺見たことあんだよ。テイマーが死んじまった瞬間、そいつが連れてた魔物達が途端に人間に襲いかかるの」

「うっ……なるほど」


 彼の死後のことを考えるなんて失礼極まりないが、残念ながら職業柄可能性がないわけではない。チラっとハービーの方を確認すると、


「プレジオ達はそういうことにはならないと思います。人間は味方だと思っているので、僕から長時間離れたとしても誰かを襲ったことはないんです……す、少なくとも今までは」


(う~ん……どうしたものか……)

 

 どんな不便があったとしても、自分がまともな生活を送れないとしても、あの魔物(ケルベロス)と生きていくことを諦めないハービーの意志がトリシアは気に入っていた。そんな彼女の気持ちを察してか、ダンは助け船を出すかのように言葉を出す。


「万が一がある前に俺がカタを付ける」


 急にあたりの空気がピンと張りつめる。ダンはすでにA級に上がっている。数ある冒険者の中でも上位数パーセントのエリートに1年も経たずに上り詰めた。

 トリシアの貸し部屋に住み始めて、ダンはこれまで以上に自分の力を発揮できていたのだ。生活環境の良さから十分な休息もとれる上、怪我や疲労もトリシアに頼めば一瞬だった。


「それに……」


 呆れ笑いをしながらダンが庭の入り口の方を見る。

 張りつめた空気の中がさらに痛みを増した。これまで穏やかだったケルベロスが急に低く唸り声を上げる。その姿をみて焦っていたのはハービーだ。


「え!? どどどどうした!?」


 庭の入り口に立っていたのはルークだった。ケルベロスの姿をみて、その前に立つトリシアを見てすでに戦闘モードだ。


「俺より容赦のなさそうな奴もここには住んでるしな」


 ハービーが冷や汗を流している。ケルベロスは人に危害を加えない、という話をしている最中のこれだ。


「ルーク! 大丈夫だから!」

「……なんだよそいつは」


 ルークはそっとトリシアとケルベロスの間に立った。


「新しくここに住むの。ハービーと……えっと」


 ハービーの顔がぱっと明るくなった。


「あ、あの! 向かって左からパース、プレジオ、フュリーです」


 3本の尻尾がそれぞれ横にフリフリと振られた。ルークから敵意を感じなくなったからか、すぐに元に戻ったようだ。


(あ、やっぱり頭それぞれにちゃんと名前があるんだ)


 ハービー達はベックが使っていた部屋に住むことになった。ダンの部屋の隣だ。


「ダンさんが誰かに肩入れするなんて珍しいですね」


 ダンはさっぱりとしたドライな性格だ。世話好きなチェイスやベックならともかく、彼がハービーの境遇に同情して行動したのが意外だったのだ。


「アッシュさんに頼まれたんですか?」


 アッシュはハービー達がこの街に着いた時から目をかけていた。ケルベロスのような貴重な魔物を使いこなせる人間などいない。エディンビアのギルドマスターとしては是非とも確保しておきたい人材だ。そして何よりハービーの人柄が気に入っていた。なかなかハードな境遇を持ちながら他人を恨むこともなく、たんたんと捻くれることなく生きていた。だから少しだけ手を貸したのだ。


「まあそれもあるが、ピコの命の恩人なんだよ」

「え!?」


 ダンとピコは先ほどまで職人街に出かけており、そこでボヤ騒ぎに巻き込まれてしまっていたのだ。火事が起こった時は、ダンとピコは別々に行動していた。彼が武器の調整の為に職人と話している間、ピコは彼女を可愛がってくれている他の職人達と散歩に出ていたのだ。


 火事から逃げようとする人の波をかき分け、ダンはピコを助けに向かったが、炎の中からケルベロスがピコや他の人々を助け出していた。ハービーのケルベロスは炎をものともしない。

 火はその場にいた魔法を使える冒険者や兵士達によってすぐに鎮火され、被害は最小限に抑えられたが、誰も大した怪我をしなかったのはハービー達のお陰だった。


「ピコの治療は!?」

「アッシュさんに頼んだから大丈夫だ」


 ハァ。とその時の緊張と恐怖を思い出したようで、ダンは地面に座り込んだ。先ほどの威圧感は風のように消え去り、大きな体が小さく見えた。


「もう絶対一時(いっとき)たりとも離れねぇ」

「まあまあ……今回は運が悪かっただけですよ……ずっと閉じ込めて生活なんて無理だし」


 彼の過保護に火が付きそうだったので、トリシアは彼の気持ちを落ち着けようと声をかける。


「バランスがわからねぇんだ……子育てって難しいな……A級になるよりずっと大変だ……」

「正解がないって言いますもんねぇ」


 ダンの悩みはまだまだ尽きない。


 ケルベロスは今、庭に新しく設置した小さな噴水泉で体を洗われている。ダンジョンから戻った双子が嬉々として手伝っていた。彼らは()()好きなのだ。


「あの、本当にいいんでしょうか……僕達、ここにいて……ご近所さんとか……」

「ん? まあそれは私が考えることだから。協力はしてもらうつもりだけどね」


 ニコリと笑顔を向け、ハービーを安心させた。それが大家の務めだと、トリシアはあれこれ考えをめぐらす。


(交流会でもしようかな……わりとこの辺の人たちパーティ好きだし)


 この建物が完成した時に開いたお披露目会の事を思い出していた。お互いを、住民の冒険者を知ってもらうことで受け入れられた人がかなりいたのを知っている。前世のトリシアだったら絶対に面倒くさがったが、今世のトリシアはそんなことを言ってられない。自分と他の冒険者の健やかな生活がかかっている。


 後日開かれたこの計画(パーティ)は見事あたり、ハービーとケルベロスは巣の住人として問題なく生活ができるようになった。大人しく友好的な魔物は、大きな番犬のような立ち位置として受け入れられたのだった。


「そ、その……ここの皆さんは全然この子達のこと、怖がらないですね」


 ゴシゴシと洗われているケルベロスは気持ちが良さそうだ。ハービーはそれを見て嬉しそうにハニカんでいた。


「戦闘力に自信がある人多いからね~」


 いつの間にか帰ってきていたエリザベートも噴水の側にいる。


 ケルベロスはブルブルと体を振るって水気を飛ばし、近くにいた冒険者たちが楽しそうに、きゃあきゃあと声を上げていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 意外とこう言う感じの純朴そうな、けれども引かない所はテコでも引かない子が故郷のお姉さん方に鍛え上げられた性豪だったりするんだ。 ウス=異本で読んだよ。
[気になる点] パース、プレジオ、フュリーそれぞれの性格 [一言] ワンコと年下の少年に恋の指南は望めないですね…。
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