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番外編 相談相手

 トリシアがルークへの気持ちを自覚してからしばらく、ルークの方も一歩前に出ようと意気込んでは尻込みし、また奮起しては急に自信がなくなる……を繰り返していた。


(最近トリシアは機嫌がいいし……今ならもう少し踏み込めるんじゃねぇか……?)


 そう勇気が出る日もあれば、


(やばいやばいやばい……今日の俺、ガツガツ行き過ぎだ……絶対に鬱陶しいと思われたっ!)


 と、自己嫌悪を膨らませる日も。


「えぇ~!? 貴族でS級なのに自信が持てないって……逆にこれ以上なんの肩書があればいいんだ?」


 最近の相談相手は専らベックだった。彼はもう間もなく別の街へ移動する。彼のパーティメンバーもエディンビアでかなりの経験を積み、少しは自信を持てるようになってきたのだ。

 ルークはベックが去ることを心細く感じている自分に驚いていた。他人に依存して生きてきた記憶がないのだ。トリシアを除いて。


 なにかと人の恋路に首を突っ込んできていたチェイスがエディンビアを去って、ルークはアドバイザーを失っていた。


(あの時ウザがって悪かったな……)


 アッシュは2人の関係を面白がっていたし、ダンはウジウジと悩むルークを理解できなかった。双子からは何を言ってるんだお前はという顔で見られるし、エリザベートには鼻で笑われた。

 その中でベックだけはいつも真面目に取り合ってくれた。ルークの悩みを一緒に真剣に考えてくれたのだ。


「この程度で依存!? 自分に厳しすぎだろ」


 ベックに正直に話すと、目を見開いて驚かれてしまった。ベックはS級に頼られて悪い気はしなかったが、こうなってしまったルークの過去を聞き出すと、貴族としての幼少期もなかなか大変なのだと思わずにはいられない。

 

「ルークは結婚したいのか?」

「そりゃしたいだろ!?」


 当たり前の大前提の話をなぜ今更聞くのか、といった顔だ。


「へぇ!」


(こんな女ホイホイな男が純粋で初心で一途なんて嘘みたいな話だよなぁ)


「へぇってなんだよ……」


 ルークはなぜベックが驚いた表情をするかわからない。珍しい生き物を見るようなベックの目を見つめ返す。

 

「いや、ただトリシアをモノにしたいってだけじゃないんだって安心したというか……」

「はぁ!? あ、当たり前だろ……!」


 顔を真っ赤にして非難するような顔になった。


「ごめんごめん。あまり真面目に女性に恋する冒険者って見たことなくて」


 冒険者だって恋愛を楽しんでいるが、男女ともに一時の恋だというのは暗黙の了解だ。そうしてもちろん拗れることもある。その時はどちらかが別の街に逃げてそのまま……なんてことは多々聞く話だった。

 パーティ内恋愛はイーグル達の例(しか)り、うまくいかなかった場合のリスクが高いため、出来る限りそういう環境を作らないよう冒険者達は注意している。たいていの冒険者は娼館で楽しく過ごすことで満足していた。ルークのように一途に一人だけを思い続ける冒険者は少数派なのだ。


「でも結婚してるやつだっているじゃねぇか! 夫婦で冒険者とか。ピコの生みの親もそうだったって話だ」

「だな~。でも結婚すると色々縛られるからって嫌がるやつは多いぞ」

「縛られるって?」


 ポカンとした顔のルークをみてベックは思わず吹き出して笑いそうになる。が、S級の怒りを買ったら大変だ。


「他の女に手を出しづらくなるし、子供が出来たらそれこそ冒険者としては大変だろ」


 実際ピコの両親はそれで懐が厳しくなり無茶をすることになってしまった。


「!!!?」


 一瞬で顔が茹で上がるS級冒険者を見て、いよいよベックはどうしたらいいかわからなくなった。


「……今のは忘れてくれ」


 とは言ってもルークは忘れられない。今までがネガティブだったせいで幸せな想像に慣れていなかった。両手で顔を覆い、にやけた自分の顔を隠す。


 名実ともに『家族』になった自分達を想像したのだ。それは今まで思い描いたこともない穏やかで壮大な幸せのように感じた。

 ルークは冒険者として外の世界に出て、自身の家族が一般的ではないと気が付いた。貴族という身分だとしても特殊だった。だからお互いに慈しみあう共同体が羨ましくて仕方がなかった。


 そもそもルークが冒険者になったのは、彼の夢が冒険者だった……からではない。トリシアが昔から将来は冒険者として生きていくと聞いていたからだ。ルークに何も告げず、突然いなくなったトリシアを追うように、何もかも完璧なルークが全く無計画なまま冒険者になった。


『貴族である貴方が冒険者になんてなれるものですか!』


 母親の悲鳴のような叫び声を振り切って屋敷を飛び出した。父は寂しそうな瞳をしていたが、決して止めることはなかった。


 母親の心配をよそに、冒険者になってもルークは完璧だった。だがそれ以上に、生きていても少しも苦しくないことに驚いた。いつも心がスッキリとしていて、重荷も楔も感じない。


(生きるってこんなに簡単だったのか?)


 領地での生活は、ルークにとって息苦しくて仕方がないものだった。いつも水の中に頭を押さえつけられ、息が出来ない気分だったのだ。トリシアの側にいる時だけは自由に息が出来ていた。

 全ては親や教師からの教えに従い、義務感だけで生きてきた。これまでは雁字搦めの人生だったことに、冒険者になってやっと気づけたのだ。


 この事実に、自分のこれまでの人生はいったい何のためにあったのかと少なからずショックを受けたが、同時にこれまで生きていられたのは間違いなくトリシアという存在のお陰だった。彼女が生きる希望だったのだ。

 だからトリシアの近くにいるだけで満足しようとしていた。彼女の近くにいるだけでいつも幸せだ。これ以上は望みすぎ。そう思い込んで自分自身を納得させた。

 

 そう納得していたはずなのに、結局トリシアがさらに特別な存在になるだけだった。気持ちは今でも膨らむ一方だ。そして特別な存在から自分も特別に思われたくなってしまった。


「特別な男って肩書が欲しいんだ」


 正直に自分の願望を口にした。顔はまだ赤いが項垂れてしまっている。それが過ぎた望みだと言わんばかりに。欲深い自分を恥じるかのように。


(すでに特別なんだけどな~)


 ベックは呆れるを通り越して、慈しみに近い感情をルークに抱き始めた。ここまで肩書と実力と自己肯定感がチグハグな人間がいるとは……世界は広い。


 トリシアの時折みせる幸せそうな表情や、挙動不審な行動でベックは彼女の気持ちがわかっていた。だがそれを自分が口にするのは野暮だと思って何も言わない。他の住人も同様だった。あれだけトリシアを見ているルークが気づかないのは、トリシアだけに発動する強烈なネガティブ思考のせいだった。


 ベックはそんな二人の感情を知ってはいたが、これまでは少しも応援していなかった。トリシアとルークの生まれの差から、どう考えても彼女が不幸になる未来しか見えなかったのだ。……権力のある男に騙され遊ばれ捨てられた女冒険者を彼は知っていたし、真剣に愛し合っていても最後は実家を選ぶ貴族のなんと多いことか。

 だからベックの常識では孤児のヒーラーが貴族生まれのS級冒険者と幸せになる純愛物語はありえなかったのだ。


(いや~こういうことって物語以外でもあるんだなぁ~)


 この巣での付き合いでルークの覚悟がわかり、安心して背中を押すことが出来た。


「今のをそのままトリシアに伝えなよ」

「でもよ……」


 うつむいたまま自信なさげに言い訳を始めようとするが、ベックがそれを遮る。


「そう言ってほしくて俺に話したんだろ?」


(他の住人じゃこうはいかないだろうからな)


 ベックは住人達の顔を思い浮かべ、思わずまた笑いだしそうになる。


 ルークは観念したように、コクリと小さく頷いた。

 気持ちが大きくなりすぎて、もう1人では抱えきれなかったのだ。


 ベックが巣を旅経つとき、一番名残惜しそうにしていたのはルークだった。


「もう少しこの街で経験積んでもいいんじゃねぇか?」

「少し他の街にも挑戦してみようってなったんだ……もう少し実力が付いたら今度はパーティで最深層まで挑戦しに戻ってくるよ」


 いつの間にこの二人は仲良くなったんだと巣の住人達は首を傾げるくらいだった。


 ベックの心配の対象もいつしかトリシアからルークに移っており、


「居場所は知らせるよ。何かあればいつでも連絡してくれ」


 そうルークの方を向いて伝えている姿をみて、また住人達は首を反対側に傾げたのだった。

 

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