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第20話 王都からの手紙(大家の日常②)

 朝食の片づけが終わる頃、風に吹かれて小さなテーブルの上に置いてあった手紙が滑り落ちた。 


「そうそう! 王都から来た冒険者がうち宛てに手紙届けてくれたらしいの」


 昨夜アッシュがギルドから持ち帰ってくれた。冒険者はこうやって時々ギルドからギルドへと手紙を運ぶことがある。小遣い稼ぎにもなるのだ。届くか届かないか賭けではあるが、エディンビア領宛ての場合はそれほど分の悪い賭けにはならない。手紙を運ぶ冒険者はある程度実力がないとこの領のダンジョンに挑戦しようとは思わないからだ。

 差出人はチェイス。おそらく王都に戻ってすぐにこの手紙を書いたのだろう。トリシアとティア、それぞれにあった。どう見てもティアの封筒の方が分厚い。


「無事王都に着いたって知らせかな?」


 トリシアはティアの分を手渡した後、自分宛ての手紙を開いて読み始める。


(あーらら。アネッタ……やらかしたわね)


 手紙によると、アネッタは今、娼館で借金奴隷として働いている。娼館の運営には王国の認可が必要だ。第二王子の命の恩人(ということに何故かなっている)トリシアの悪口を言う娼婦がいると聞きつけた王国側が、娼館の認可取り消しを通告した。

 焦った娼館側は急ぎアネッタを運び屋に売り飛ばそうとしているが、王国側に睨まれた奴隷など誰も欲しがらないそうだ。手紙の一枚目にはそんな内容が書かれていた。


「ま、アネッタは死んでも死なないでしょ」


 彼女を心配するつもりはそもそもないが、そんな心配が湧いてこないほど、以前からアネッタには群を抜いた生命力を感じていた。憎まれっ子世に憚る、そんなたくましさがある。


 二枚目は、まさかの商売の相談だった。

 

 トリシアの古傷治療が王都で話題になっており、貴族や商人からチェイスの実家の治療院に問い合わせが相次いでいるといった話だった。

 治療院の息子が冒険者をやっているということは前から噂があったため、ヒーラー同士の横の繋がりから情報を得ようとしているらしい。

 アネッタが起こした騒ぎも加わって、王都のヒーラー界隈ではトリシアと繋がりを持ちたがっている人間が多く出てきていた。


「めんどくさっ!」


 思わず本音が漏れてしまった。トリシアは高貴な人間相手の仕事はなかなか疲れることを知っている。


「えーっと……」


 目をしかめて手紙の続きを読む。


『……面倒くさいことはこちらでやる。トリシアにはヒールだけお願いしたい。だってコレ読んだ瞬間、面倒くさいと声を出しただろう? 手数料は三割でどうだろう。王都に来てくれるならもちろん宿泊場所やその間の生活費はこちらで持つ。もちろんティアの分も!』


 チェイスはトリシアの性質をよく理解していた。


「三割!? って高いのか安いのかわかんないな……」


 お偉い人達の相手をしなくていいなら楽ではあるが、ギルドの常駐ヒーラーの手数料が一割だったことを考えると高く感じてしまう。ただ、貴族や王都の商人相手と考えると、治療単価はかなり高いだろう。古傷の治療など、トリシアには何のことはない。金額次第ではかなりおいしい話だ。


「商魂たくましいな~」


 チェイスの実家の治療院がお家騒動が起こりそうなほどの資産がある理由を感じさせる手紙だった。


「ていうか! やること前提だし!」


 ここを去っても騒がしいと、トリシアは思わず笑ってしまった。


「ねぇティア聞いてよ~ってどうしたの!?」


 ティアは真顔のまま真っ赤になって固まっていた。顔どころか耳も首も真っ赤だ。

 彼女への手紙にはビッシリと愛の言葉が書かれていた。


「もう……どうしようもないことを……」


 嬉しいのか悲しいのかわからない表情をしている。


 ティアは奴隷になった経緯もあって、自分を女としてみる男性への不信感が強かった。ティアを()()()として扱う巣の住人は問題なかったが、チェイスだけは最初から全力で包み隠すことなく好意を伝えられ、正直戸惑った。

 その為最初は仕事だと割り切った付き合いをしていたが、日に日にチェイスとのやり取りを楽しんでいる自分がいることに気が付かないフリを続けていた。


 トリシアは目も口もあんぐりと開いたままだ。いつものクールなティアではない。どう見ても脈ありの人間の反応だ。こうなると自分の恋愛どころではない。


「え!? いつから!? いつからなの!?!?」


(二人はいつからそんな仲なの!?)


「ご主人様が思われているような関係では決してありませんでした……」


 ティアは困ったような笑顔で言う。


(か、過去形……!?)


 トリシアが別に鈍かったわけではない。実際何もなかった。ティアはいつもうまくチェイスをあしらっていただけのように見えていたのだ。

 二人は一緒に出かけたり、贈り物をしあった事すらあるが、特別な男女の関係ではなかった。


「チェイスさんが一方的に言ってる!? ってそうじゃなさそう……ね?」


 口をキュッと結び、目に浮かぶ涙が決してこぼれないように、ティアはいつもより大きな声でトリシアに謝罪した。


「申し訳ございませんご主人様! 立場もわきまえずこんな! こんな過ぎた願望を持つなんて……」

「そんな! ティアに大切な人ができて嬉しいよ!」


 いつも自ら奴隷として扱いを受けようとするティアが、自分の幸せな気持ちを認めトリシアは安心していた。

 ただティア本人は苦しそうでもあった。犯罪奴隷は結婚を許されていない。公的には決して一緒にはなれないのだ。チェイスのことを考えるとティアが罪悪感を覚えているのはすぐに予想できた。


「チェイスさんはなんて?」


 トリシアはどうやってあの堅物ティアを真っ赤にさせたのか気になった。


「……いつか一緒になろう……必ず方法を考えるからと」


 トリシアにはそれが()()()かいつまんだ要約だとわかった。手紙の枚数がトリシアに来たものよりずっと多い。


「ティアはチェイスさんに気持ちを伝えてないのに、ずいぶん自信があるのねぇ」

「ふふ……本当に……どこでバレていたんでしょうか」


 今度はただ幸せそうな顔だ。

 

 トリシアもこの二人が結ばれる方法を考えた。そもそもティアを犯罪奴隷から解放する方法はずっと考え続けていた。アイディアがないわけではない。だがまだ不確定だ。ぬか喜びはさせたくなかった。


「一緒に考えようね。良い方法」

「ありがとうございます……」


 ティアはまた涙を我慢するように口元に力を入れているのがわかった。


 ティアがトリシアの部屋を出て行った後、窓際のヌックのフワフワスペースに倒れ込んだ。


(いいいいい、いいなぁ~~~!)


 クッションに顔を埋め、足をバタバタさせ、他人の甘い話を聞いて羨まずにいられない。


 ティアの立場を考えるとこんなこと思うのは不謹慎だとわかってはいるが、どうやってチェイスと気持ちが通じ合ったのか、少女漫画を読んだ後のような、ほわほわとした頭で分析しようとした。

 二人は出会って半年程度、トリシア達は十五年以上……時間は関係なさそうだ。


(う~ん……まずはどうやって気持ちに気づいてもらったらいいんだ……)


 これまでと一緒ではダメだとはわかっていた。いつも通りに食事に行ったり定期市を見に行ったりしても状況は何一つ変わっていない。()()()()()楽しいだけだ。


 一番簡単で確実な方法はもちろん知っている。


(好きって言うの!? 無理無理無理無理! 恥ずかし過ぎて爆発する!)


 再度顔を埋めて今度は腕も一緒にバタバタとクッションに叩きつけた。


(じゃあチェイスさんを見習って好き好きアピール……?)


 それも恥ずかしいことに変わりはない。


(でも……)


 このままじゃ悶々として落ち着いて眠れそうもなかった。


(はぁ……出来そうなことからやるか……)


 小さなことからコツコツと、冒険者としてもそうやって確実な足場を固めてきた。


 窓の外で風に乗って真っ白な鳥が飛んでいるのが見ながら、トリシアは小さな春を噛みしめていた。

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