第11話 引退間近の冒険者の憂鬱②
トリシア達が西門の外へと出ると、目視できる範囲だけでも、あちこちに冒険者や兵士が倒れこんでいるのがわかる。そしてそれ以上の数、魔物の死骸もゴロゴロと転がっていた。門外にある建物もかなり破壊され、まだそこかしこで戦闘は起こっていたが人間の方が優勢なのがわかる。
(これが魔物の大暴走……)
まるでトリシアが前世の映画でみた、大昔を題材にした戦争映画だった。西門の手前でギリギリ食い止められている。
不幸中の幸いで、スタンピードが始まったのは冒険者が一番ダンジョンに出入りしている午前中、尚且つちょうど西門の門兵やダンジョン周辺の警備兵の交代の時間帯だった。いつもより兵士も多かったのだ。それに西門の側には冒険者街もある。彼らがスタンピードの鐘の音と共に一目散に西門外へと飛び出した。スタンピードへの参戦は、ギルドから高評価を約束されていると言ってもいい。治療費の心配もいらなかった。
「オイオイ! マジかよこの数……!」
珍しくアッシュが焦っていた。ヒーラーの人数を考えても怪我人が多すぎる。しかも怪我人はあちこちに散らばっていた。かなりの経験値を持つアッシュもここまで混乱した状況に居合わせたことはない。スタンピードなど滅多に起こるものではないのだ。
「リリ! ノノ! お前らはダンジョン入口で出てくる魔物を叩け!!!」
「わかった」
アッシュに言われ、双子はチラリとベックの方を確認し、彼が頷いたのを確認すると向かってくる魔物を切り捨てながらダンジョンの方へと走って行った。トリシアの緊張した表情を見てこれはただ事ではないのだと改めて理解もしたようだった。
「おーし! ヒーラーの紳士淑女諸君~稼ぐぞー!」
そこでまたも大声を出したのはチェイスだった。その場で固まっているヒーラー達はそれでハッと我に返った。
「トリシア! とりあえず知ってるヒーラーの治療を!」
「わかった!」
アッシュに言われた通り、トリシアは顔見知りのヒーラーを片っ端から治療した。それにヒールを使える魔術師も。少しでもヒーラーの数を増やすためだ。死にかけのヒーラーもトリシアにかかれば一瞬で治る。
「呼吸が弱いやつからドンドン治してくれ! それ以外は安静にして待たせろ! 頭やってるやつは下手に動かすな! 出血してるやつは圧迫しろよ!」
チェイスは怪我人の様子を見ながら、ヒーラー達に指示を出し、知らない魔術師達に指示を飛ばし、尚且つ騎士団ともうまくコミュニケーションをとって魔力回復ポーションを融通してもらっていた。
「回復魔法も使える魔術師~! ヒーラーにデカい顔させんな~!」
「そこの騎士団の人! 魔力回復ポーションはどんどんヒーラーにも回してくれ~!」
「そしてヒーラーの皆さーん! 腕の見せ所~恩の売り時ですよ~! 頑張りましょ~!」
よく通る声だった。
「そこの人、こっちにきて傷口押さえてくれ!」
「そのヒール終わったら、コイツを頼む! 急いで頼むぞ!」
「すまん! そこの人! 騎士団から魔力回復ポーション貰ってきてくれ!」
その声を聞いて混乱状態の冒険者や兵士達は頭でもスッと切り替え、それぞれ出来ることに注力した。
(あれだけうまくクッション役をこなせる人間もなかなかいないわね)
彼は全体を把握できていた。かつて祖母からスタンピードに遭遇した場合の対処法を聞かされていたのだ。その時しきりに話していたのは、各団体との連携だった。不安から発生する混乱が一番恐ろしいと。足並みが揃えば、スムーズにことが進み多くの人を助けられる。
トリシアはチェイスの言った通り、呼吸が弱っている人間からドンドン治療する。この中で一番自分が魔力消費量が少ないことはわかっているので、少しでも早く、多くの冒険者や兵士たちを治療していった。
「トリシア! 完璧に治さなくていい! 魔力消費量には気をつけろよ!」
案の定、トリシアに治療を受け完全回復した冒険者を見てチェイスが声をかける。
「はーい!」
(とは言ってもごちゃごちゃ考えて中途半端にリセットかける方がよっぽど難しいのよ……!)
今は自分のスキルを隠すなんて考えている場合ではなかった。ただ元に戻すすることに集中する。トリシアの護衛役のベックが気を利かせて魔力回復ポーションを持ってきてくれたのを、水分補給代わりに摂取した。
アッシュは自身も治療を行いながら回復した冒険者たちを取り仕切って、他の怪我人たちを運ばせたり、ヒーラーがヒールをかけることだけに集中できるよう、細かく指示を出していた。
「ヤベェやつは急いであのトリシアの所へ連れてけ! 俺の名前を出していい!」
「わかった!」
アッシュはトリシアが何か特別な力を持っていると気がついていた。もちろん今までそれに頼ることなどなかったが、今日だけは別だ。遠慮なくドンドンと命が危ない怪我人を送り込む。彼女も期待に応えるように治療を続ける。今日はとても寒い日だというのに、ヒーラー達は皆汗だくになっていた。
気が付くと魔物の気配は消え、動き回る冒険者や領の兵士達で溢れていた。それだけではない、一般市民まで西門の外に出てきている。領民が一丸となって街を守ってくれた怪我人の彼らをいたわっていた。
「おい! そいつはもう大丈夫だ。とりあえず寝かせとけ!」
怪我人に肩を貸しながら右往左往している兵士にルークが声をかける。
「お疲れ」
聞き覚えのある声を聞いて、チラリと彼の顔だけ確認すると、トリシアは治療を続けた。
「おう。こっちはもう終わったぞ」
「……よかった」
心の底から出た言葉だった。死にかけの冒険者達を前に緊張しっぱなしだったのだ。こんなに多くの死の間際に立ち会ったことはない。
(私がいるのに死んでもらっちゃ困るのよ)
ただ助けられる人を全力で救う。そのことだけに意識を集中させた。
「手伝う」
「ありがと」
出発前に揉めたことで少しギクシャクしたが、付き合いが長いせいか次第にいつも通りになっていった。
フと顔を上げると、トリシア待ちの患者はもういない。アッシュの期待通り、トリシアは仕事をやり遂げたのだ。ルークがボトルに入った水を手渡してくれた。
「はぁ……おいしい……」
少しの間息をつくが、まだまだ怪我人はたくさん待っている。だがもう、今すぐ死んでしまう人間はいなくなっていた。
「あっち見てみろ」
少し面白そうな顔をしているルークに促されて西門の方を見ると、エリザベートと同じ瞳を持ったブロンドの女性が見えた。チェイスの肩に手を置いて、なにか話している。
「領主様!?」
「チェイスのやつ案の定デレデレしてんな~」
話し終えたチェイスは深く頭を下げた後、飛び上がって喜んでいるのがわかる。そしてまた指示と治療に戻っていった。
「チェイスのやつ、あんな特技持ってたなんてなぁ」
「アッシュさん!」
「お疲れトリシア。流石だ」
アッシュも水を飲んでいた。飲まず食わずでどれだけ時間が経ったのかわからない。太陽は沈み始めていた。
「スタンピードの対応マニュアルなんてあったんですね」
「その知識をチェイスが持ってたのはこの領最大の幸運だぞ」
「つってもアイツも初めての経験だろ? よくやったよ」
珍しくルークが他人をほめたのでトリシアもアッシュも驚いた。とは言っても最近のルークはだいぶ丸くなったと彼女は気づいている。冒険者になる前のルークは、とってつけたような外面の良さはあったが、一部の人間以外には大きく厚い壁を作っていた。トリシアの貸し部屋に入ってからは他人への無関心さもなくなってきた。
「おーい! まだまだ仕事は残ってますよ~!」
トリシア達に駆け寄ってくるチェイスの顔はまだ緩んでいた。彼も疲れているはずなのにルンルンとしている。
「何話してたの?」
「いやぁ~! 領主様からお褒めの言葉いただいちゃったよ~帰ったらティアに話そ!」
体をクネクネとくねらせて、夢見る乙女のような表情のチェイスを見てその場にいたメンバーは笑ってしまう。
「間違いなくお前の功績はデカいからな」
「そうね。こういうのって初動が大事って聞くし、チェイスさんいなかったらこれだけ救えなかったかも」
「え!? 何!? どしたの2人とも!? マジで褒めてる!?」
「褒めてる褒めてる」
チェイスは頭の中で今の言葉を噛み砕いていた。
(俺、褒められてる? この2人に?)
「チェイスさんがここにいてくれて本当によかった」
尊敬するヒーラー仲間に称賛の言葉をかけられたチェイスは顔が真っ赤になっていた。
自分はなぜ冒険者や治療院にこだわっていたのかチェイスはもう思い出せもしなかった。そして自分こそがソレにこだわりすぎていたことに気がついた。自分は自分だ。肩書も所属もただの後付けの存在でしかない。
それから実家へ戻るまで、チェイスはこれまで以上にエディンビアでの冒険者生活を楽しんだ。
(トリシアもアッシュさんもこの家の生活楽しみながら冒険者やってんじゃん! 俺は何を落ち込んでたんだ?)
彼の功績はエディンビア領主に認められ、金の細工に赤紫色の高価な魔石が埋め込まれた指輪が贈られた。
「いやぁ俺すごいよな~!? 治療院も冒険者もどっちも向いてるなんてよ!」
元来ポジティブなチェイスはあっという間に元通りどころかさらに元気になっていた。
「ティア~見て見て~!」
今日も彼の声が建物の中に響いている。