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第9話 氷の魔術師、冒険者の街にやってくる②

 トリシアはベックの気持ちも、ベックの仲間の気持ちも理解できた。

 ベックほどではないが、トリシアも心配性だ。少し前まではイーグルのことをいつも心配していたし、今はティアだ。彼女の置かれている境遇を思うと、自分がいない時に他の誰かに傷つけられやしないか不安になる。


(見下してるつもりはないんだけどなぁ……)


 周囲からは過保護すぎるとしょっちゅう言われている。ティア本人からはいつも過剰なほど感謝されるので、やはり客観的に見てやりすぎなところがあるのだとはわかっているが、自分の不安を解消するためにどうにもやめられなかった。

 お節介、出過ぎた行動、過干渉……そんなトリシアにとって痛い単語が頭の中に浮かび上がる。


 心配される側としては……ルークはトリシアをいつも心配してくれている。そして心配する彼の力の恩恵を受けているにもかかわらず、たまに心配し過ぎだと感じてしまうのだ。


(うーん……本当に自分勝手な思考だな)


 そこまで心配されるほど自分は弱く愚かじゃないと言いたくなるのだ。同じことをティアにしているというのに。

 

 ルークが心配してくれたおかげで、トリシアはこの冒険者の街にやってこれたし、ガラの悪い冒険者は軒並み彼女と関わることを避けた。街にいるエディンビア領の兵もトリシアには親切だ。この街で過ごす者達には彼女の背後に、S級冒険者の姿がチラチラと見えている。そのおかげでトリシアは戦闘力の低いヒーラーの女冒険者としては随分気楽にこの街で生活を送れているのだ。

 ルークの影響力はいい風に作用している。彼女はその恩恵を受けている自覚がきちんとあった。だが、トリシアのわずかなプライドがそれでいいのかと疑問を投げかける。


(はぁ~~~ルークが安心できるよういい加減強くならなきゃ)


 お互い大切に思っていることはわかっている。だからこそルークに認められるような人間になりたいという気持ちが湧いてくる。少なくとも、そうあろうと行動しなければ何も変わらないだろう。


 トリシアは頬張っていた肉まんを皿に置いて、少しだけ口に水分を含ませた。そうしてベックと目を合わせる。


「2人はきっと、ベックに力を認めてもらいたいだけだよ。一緒にいたいから肩を並べられるように、今はもがいてるんじゃないかな」


 心配する方もされる方も、どちらも自分勝手でいい。それが良いか悪いか、答えはそれぞれの関係性の数だけあるのだろう。


「うん……」


 ベックも、本気で仲間が自分を追い出そうとしてるなんて信じたくなかった。だが、今の今まで2人の悩みに気づかない自分は、パーティから追い出されても仕方ないとさえ思えていたのだ。


「自分が追い出されるかもしれないことより、その仲間の生死の方が心配なんてベックらしいね」

「そうかな……?」

「追い出されたら守れないって考えてるんでしょ?」


 ベックは少し考えた後、こくりと頷いた。


「俺が一番嫌なのはそこかぁ……」

「氷の魔術師様は傲慢ねぇ~」


 トリシアが少し揶揄うように言う。


「ほんとその通りだよ」


 小さく笑ったベックはその後長く、ゆっくり息をはいた。


 不安の輪郭が見えて、自分の気持ちに納得がいったようだ。原因もわかっている。


「いつまでも前のパーティのこと引きずってるから、今のメンバーに呆れられてんのかな」

 

 寂しそうな呟きだった。


「いい加減ふっきらないとなぁ」


 そんなことを言っても、彼自身それは無理だとわかっている。


「引きずったままでも、新しい冒険を始めることは出来ると思う」


 トリシアは強くハッキリと答えた。前世の記憶も、イーグル達に追い出されたら経験もあるからこそ言えるのだ。


「過去なんて捨てられるモンでも逃げられるモンでもないんだし」

「……それもそうだな」


 ベックは悲しそうに笑った。そしてトリシアもまだ、パーティを追い出されたことを引きずっていることを知った。


(当たり前だよな。あれだけ信頼しあってたんだから)


「なんだなんだ? しけたツラしてんな」


 シーンとしてしまった2人に声をかけてきたのはダンだ。ピコを片手に抱え、もう片方の手には麺料理の入った皿を持っていた。


「ピコ~~~!」


 名前を呼ばれ嬉しそうにニコリと微笑んだピコを見て、トリシアの真剣な顔が途端にデレデレになる。ベックも思わず顔が綻んだ。


「一緒に部屋まで運ぶね」

「ありがとよ」


 ピコと2人、部屋で食事をとるのだ。部屋にはピコの身体に合った椅子もある。その方がダンは落ち着いて食事ができた。


「お子さんがいらっしゃるのに……すごいですね」

「よく危険な冒険者なんてやってるなって?」

「いえその! ……そうです。失礼を言ってすみません」


 素直に頭を下げるベックを見てダンはガハハと笑った。

 トリシアは器用に箸を使いこなし、ピコに麺を食べさせている。ダンはトリシアに感謝しながら自分の分の食事をとり、ベックのお悩み相談を引き受けていた。


「全部自分でやっちまうのか~たまにいるって聞くな。なんでソロじゃねーのかわからんやつ」

「うっ……そうですよね」


 ダンとは初めてあったが、裏表もなく話しやすい人物だとすぐにわかった。


「自分の身は自分で守る。冒険者の基本じゃねぇぞ。生き物の基本だ。お前もお前の仲間も強いに越したことはねぇんだから、そうあろうとする仲間を誇るべきだろ」

「そうですよね……」


 だが、ダンはピコの方を見て声のトーンを落とした。


「……とは言っても、お前の気持ちがわからんわけでもない。大切なものはなんとしても守りてぇ。相手に嫌な顔されてもな……」


 ピコはベェと舌で野菜を吐き出していた。トリシアがワタワタと慌てている。


「ピコ~野菜も食べなきゃダメだぞ~」


 ダンが声をかけるがピコは聞こえないフリだ。

 やれやれといった顔をしながらまたベックの方に向き直った。


「お前の仲間も同じなんじゃねぇか?」

「え?」

「お前を守れるくらい強くなりたいのかもしれねぇぞ?」


 そんなこと考えもしなかったとベックは驚く。残念ながらそういう風に前向きに捉えることが彼にはなかなかできなかった。


「明日もう少し仲間と話してきたら? なにごとも素直に話すのが一番よ」


 トリシアも声をかけた。


 ベックはあの時動揺していたせいで、仲間とほとんどまともに会話できていない。翌日、ガチガチに緊張してトリシアに言われた通り仲間に話を聞きにいった。と言うより、追い出さないでくれと縋りに行った。


「はぁ!? 追い出す!? 俺達が!? お前を!?」

「逆ならわかるけど、なんでそんなことになってんだ!?」


 パーティの2人は本気で驚いていた。2人は逆に実力不足のせいでベックが出ていくのではないかと不安になっていたのだ。いつも全部背負ってくれるベックに申し訳ないとも感じていた。だからまさかベックがそんな想像しているとは思いもしなかったのだ。


「つーか言ったよな修行のつもりって……」

「うぅ……ただの理由付けかと思って……」

「なんでだよ!?」


 いつも頼もしいベックがオロオロしっぱなしになっているのを見て、仲間の2人は呆れながらも笑っていた。


「俺ら頑張るからよ!」

「お前を守れるくらい強くなってみせる!」


(俺の被害妄想だったのか……)


 へなへなと床に崩れ落ちそうになりながら、ベックはくれぐれも無理はしないでくれと2人に頼みこんだ。


「お前らいないと俺、生きてけねぇよぉ」

「俺ら愛されてんなぁ」

「そうだな~知ってたけど」


 彼らもベックの過去は知っている。これ以上彼に心の傷を増やすつもりもなかった。


 ダンの隣の部屋はまだ空いていた。最後の一室だ。


「なぁトリシア、ここの部屋借りたいんだけど」


 仲間と一緒にいるとまたアレコレ口を出しかねないと自分でわかっている。だからほんの少しだけ離れることにした。


 部屋の扉を開けると冒険者宿とは違い、広い空間が広がっていた。玄関には冒険用の道具を収納できる棚、その扉には大きな姿見もついている。


「靴は履いても脱いでもどっちでも。脱ぐなら床にカーペット敷くね」


 トリシアは嬉しそうに部屋の中を案内する。この部屋が埋まれば満室になるのだ。冒険者ギルドの掲示板に貸し部屋の案内は出していたが、やはり価格をみて尻込みされてしまっていた。トリシアの貸し部屋は魅力的には見えるが、目先の安さで判断する冒険者は少なくない。

 

 部屋に入って左手の廊下を進むと手洗い場兼脱衣所と風呂場、突き当りはトイレ。リビングは玄関から入ってすぐのガラス扉の向こう側にあった。ふかふかのソファーとクッションが見える。小さなコンロの傍には銅製のやかんや鍋が吊るされていた。蔦模様が彫られた戸棚には皿やカップも揃っている。


「風呂があんのに手洗い場も!? リビングの炊事場にもついてただろ!?」

「うっ……分けてた方が衛生的でしょ?」

「衛生……? ヒーラーはその辺厳しいんだなぁ」


 ベックは呆れているわけではなく、素直に驚いていた。


「俺こんな部屋見たこともないよ。これで月に大銀貨3枚は安い」

「そう!?」

「トリシアはあるのか?」


(前世ではね……)


 なんてことは言えない。

 ベックはそのまま正式に契約をしてくれた。トリシアはすでに弱気になっていて、早くも家賃を下げるべきか考えていたので心底ほっとしたのだった。


「扉の色変えさせてね。薄いグレーに!」

「なんでその色なんだ?」

「ベックの瞳の色だよ」

「えぇ!? なんだか照れるなぁ~」


 と、嬉しそうに笑っていた。その顔を見てトリシアも釣られて笑顔になる。


「仲間との話し合い、うまくいったんだね」

「ん。俺の勘違いだったよ……ごめんなぁ騒いで」


 彼はひどく反省していた。トリシアが心配でこの街まできたのに、トリシアに心配をかけた上、自分は彼女と違ってパーティを追放されることはなかった。


「気にしなくていいよ。……わざわざ私を心配してここまで来てくれたんでしょ? それだけでどれだけ嬉しいか」

「当たり前だろ。トリシアは命の恩人なんだから」


 2人で顔を見合わせて少し照れ笑いした。 


「月に1、2回は一緒に依頼受けようってことにしたんだ。仲間外れにすんな~って、子供っぽかったかな?」

「あはは! いいんじゃん。修業期間とは言っても全然会えないのは寂しいよね」


 入居後、ベックもここの住人達とダンジョンへ行ったり依頼を受けたり、彼なりに新たな試みにもチャレンジした。


「ここの住人はゴリゴリの武闘派かヒーラーって……二極化が酷いな!?」


 彼は久しくなかった守られる立場になって感じることも色々とあったようだ。仲間を信じて待ちながら、自分の変化や成長も楽しんでこの街での日々を過ごした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しみに読ませて頂いてます。 このお話はトリシアを中心にした群像劇の様で、出てくる人物はみんな癖が有りながら気のいいキャラクターばかりで、、読んでて暖かい雰囲気があるのが好きです。 …
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