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第1話 管理人の日常①

 トリシアの貸し部屋は、いつからか『銀龍の巣』と呼ばれるようになっていた。


「なんで!? いや、なんでこの名前かはわかるけど!」


 だが叫ばずにはいられない。これは明らかにルークを意識した名前だ。『銀龍』は彼の異名だった。美しい銀髪と、龍のような強さを持つ冒険者が眠る場所だという世間の認識になっている。


「龍って……玄関のドアノブだけなんだけど!」


 口をへの字にするが、ここまでこれたのはルークのおかげだと思わなくもないので強く否定も出来ない。


(この街に誘ってくれたのもルークだしな……)


「前もって考えておくべきでしたね」


 自分が失念していたせいだとばかりにティアはトリシアに謝った。この名前には少々不満がある。


「私が忘れてたのよ~! というか、普通の貸し部屋に名前なんかないじゃん! なんで名付けられちゃったの!?」


(まぁ、前世のアパートやマンションも名前は付いてたけどさ!?)


 宿屋でもなかったので、そんな前世の記憶を思い出しもしなかったのだ。どうせならこ洒落た雰囲気が漂う名前を付けたかったところだが、改めて考えるとなにも思いつかない。


(メゾン……? ヒルズ……? レジデンス……? うーん……どれも似合わないな)


「思ったよりイカツイ名前になっちゃったけど……まあいいっか! 冒険者専用だし、強そうな名前だと皆ありがたがるかもしれないわよね」


 そう納得したトリシアを見て、ティアもそれ以上は言わなかった。


「ここに住む皆さん、すごい方ばかりですもんね」


 この頃にはティアも、ここの住人の、誰がどう凄いかというのがわかってきていた。


 S級のルークを筆頭に、滅多にいないソロのB級 回復師(ヒーラー)のアッシュ、飛び級でA級となったリリとノノのドラゴニア姉弟、圧倒的なパワーを持つ領主の娘エリザベート、話題の傭兵団から冒険者となったダンと姪のピコ、トリシアの昔馴染みの氷の魔術師ベック、それから……、


「ティア~! ただいま~帰ったよぉ!」


 そしてデレデレした声でティアを呼ぶのはトリシアと同じC級ヒーラーのチェイスだった。


「お帰りなさいませ」


 ティアからいつも通り冷たい目を向けられたチェイスは嬉しそうに顔がほころんでいる。


「よかったらこれから定期市に出かけないか? 最近ワインを出してる店が増えてるし、試飲もさせてくれるんだ!」


 いつも通り元気にティアを誘う。


「まだ仕事が残っておりますので」

「じゃあそれまで待つからさ!」


 女たらしのチェイスだが、ティアを口説いてもトリシアから脅しをかけられない数少ない人物だ。それは彼がティアをここの管理人として接していたのと、何度誘いを断ったとしてもめげず、毎度自分を守ろうとする主人の事を考えて、ティアがもう気にしなくていいとトリシアに伝えたためだった。


「ダメ! セクハラ禁止!!!」

「せくはら……?」


 鼻息荒く自分の為に怒ってくれる主人がティアは愛おしかった。


 それにティアは、自分を対等に扱ってくれるチェイスのことをどうにも嫌いにはなれない。誘いを断ってもその後もいつも通りご機嫌に話しかけてくるし、会話を返しただけでただ嬉しそうにしてくれる。そのことに気が付いたトリシアはようやく矛を収めたのだった。


 そうしてその内、本当に時間があればチェイスと一緒に出掛けるようになった。トリシアも、奴隷身分のティアを1人で出かけさせるよりも、ヒーラーとはいえ街中の護衛役にはなるチェイスが一緒の方が安心だった。


(ティアも私がいたんじゃ好きにできないかもしれないし)


 トリシアはあくまで自分は彼女の奴隷だというスタンスを崩さないティアに、少しでも息抜きをしてもらいたかった。


(ワイン……ご主人様が気に入っていたのがあったわね)


「では後ほど」

「やったー!」


 ティアはトリシアから給金を貰っていた。もちろん最初はまたトリシアが変なことをしていると断ったのだが、


「これで私の罪悪感が少し救われるからお願い! 私を助けると思って……!」


 毎月銀貨8枚を渡されている。衣食住が付いてのこの額は以前働いていた時よりも多い。だからティアはトリシアからの恩に報いるため精力的に働いた。この建物の管理人として、毎日隅から隅まで掃除をし、庭の草木の手入れをし、入居者達に気を配った。


「すまねぇティア。来週3、4日ピコを頼みたいんだが……」

「かまいません」


 ダンは月に何度かガッツリと稼ぐためにダンジョン深くまで潜っていた。どうやら穴場をみつけたらしい。彼がダンジョンに行っている間は、ピコはティアが面倒を見ているのだ。

 言い出したのはティアだった。この建物の管理と言っても毎日たくさん仕事が山積みというわけではない。子守の経験も十分にあり、少しでも誰かのために働きたかった。


「ご主人様は私を甘やかしすぎです。どうかアレコレと使ってください。それしか恩をお返しできないのですから」

「恩返しを期待して買ったわけじゃないよ。今だって十分働いてくれてる。それに何より私の味方ってだけでありがたいんだから」


 トリシアは時々ティアの熱意への対応に困っていた。この件に関して、自分がこの世界の感覚から外れていることは理解しているが、奴隷を買ったというだけですでに抵抗があるのだ。どんな指示をするにしても、奴隷扱いに繋がりそうな()()になるのではないかといつも不安になった。


「それじゃあ、ティアがやりたい仕事があったら教えて。とんでもないこと以外はお願いするから」

「わかりました! ではピコの面倒は私がみたいのですが」

「ええ!? ま、まあいいけど……」


 最初、ピコの面倒を主に見ていたのはトリシアだったのだ。それをティアが手伝うような形で預かっていた。冒険者としてトリシアの役に立つことはできないが、これなら自分も役に立てると。


 ティアがピコを預かる上でトリシアはいくつか条件を付けたが、ダンからしても冒険者のトリシアからダンジョンへ出かける機会を奪うというのは心苦しい。それよりいつもこの建物内でしっかり仕事をこなしているティアに頼む方が気楽だった。もちろん、ピコがティアにも十分なついていることも知っている。

 保育料もダンからもらっていたので、トリシアはその支払いを全てティアの給金とは別に渡そうとした。


「ご主人様、これはいけません」

「だって今全部やってるのティアじゃん」

「いけません!!!」


 ということで、保育の場所代として支払いの2割をトリシアが貰うことになった。



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