番外編 冒険者のお仕事
この世界の冒険者とは多種多様な業務を請け負う『なんでも屋』といった一面もある。護衛、討伐、採取なんてのが花形で、依頼があれば引っ越し作業、建物の解体、場合によっては掃除に子守まで依頼が出ていることもある。
冒険者の9割以上がただの平民だ。何者かになりたくて家を飛び出した者、食い扶持を探して辿り着いたのが冒険者だった者、誰にも使われず気楽に生きたい者、こちらの理由は様々。
「お金と実績ね! ヒーラーならC級まで行けば治癒院で修行を積んだのと同程度の能力とみなされるし。何よりお金が稼げるからね~。引退後は治癒院を開くもよし、貯めたお金を元手に貸し部屋業を始めるもよし!」
という計画的な冒険者もいる。
残り1割が特権階級出身となるが、この場合理由がだいたい同じだ。実家があまり裕福でない場合、次男以降は将来的な生活に不安がある。多くの者がそこで目指すのは学者や実業家、聖職者や騎士だが、ごく稀に冒険者として名を上げようと目指す者もいた。手っ取り早く金を手に入れることが出来るからだ。
実家が裕福な場合、その多くが嫡子ばかり優遇されている状況への当てつけだ。有名冒険者になればこの国では人気者だ。アイドルのような存在になることができる。家族を見返してやろうと奮起する者が多い。
「女の尻を追いかけて冒険者になるお貴族の嫡子様がいるなんてな~」
「ほっとけ!!!」
茶化してくるのはガウレス傭兵団の団長、ギルベルト・ガウレス。褐色の肌に赤い瞳を持ち、薄い顎鬚をたくわえていた。彼はルークの幼い頃を知っている。一時期ルークの実家であるウィンボルト領にいたのだ。
「あ! まさかうちの親に……っ!」
「いやいや。ウィンボルト侯爵から手紙は貰ったが、奥様からはなーんにも」
「貰ってんじゃねーか!」
王城の第二王子リカルドの部屋……の隣の部屋で24時間体制の護衛についていた。リカルド専属の護衛が王子本人の部屋の中におり、ルーク達はその控えのような扱いだ。ルークはエディンビアに帰りたいとごねたが、暗殺の首謀者が捕まっていなかった為、それを放置して戻ることは許されなかった。
「ははは! 内容……気になるか?」
ニヤニヤとルークの顔を見つめる。
「どんな内容でも俺には関係ないからな!」
と、ルークは露骨に不機嫌な顔をした。そしてその反応をガウレスは満足そうな顔で見ている。
「大人になって随分と可愛げが出てきたな~。ほら、ちびっこい時はツンとした態度で、世の中のこと全部わかってますが? って感じ悪いガキだっただろ?」
「はぁ!? そんな風に思ってたのかよ!?」
「思ってたよ~! 無傷ではぐれメタウルフ倒しちゃってたしなぁ。あの時は俺の立場潰してくれてありがとよ!」
ガハハと大笑いしていると、王子の部屋から1人顔を覗かせた。煩いと言いたげに。
「あ、わりぃわりぃ……」
てへ、と可愛い子ぶるガウレスを見て、ルークは素直に引いていた。
メタウルフと対峙したあの日、実際は無傷ではなく、腕を一本食べられてはいる。そしてそれがトリシアの隠していたスキルを知るきっかけになった出来事だったのだ。
「ふん!」
その日の事を思い出して、ルークはますます早くエディンビアに戻りたくなる。護衛として守りを固めてはいるが、大した相手は出てこなかった。暗殺者のレベルが低いのだ。第二王子自身も高度な魔術の使い手なので、よっぽど凄腕でも現れなければ触れることすらできないだろう。探知スキルを持つルークが隣の部屋にいる王子の気配を探るのに苦労しているほどだ。
「もう俺達でさっさと首謀者狩りに行こう。話が早い」
「いやいや、お家騒動に手を出したら大火傷するぞ。お貴族様のくせにそんなこともわからんのか~?」
またもニヤニヤとルークの反応を楽しもうとするガウレスを見て、
「退屈しのぎに俺を使うなよ……」
呆れるような声を出した。
「うっ……そんなことを真顔で返されるとおじさん辛い……暇つぶししてスミマセンデシタ……」
と、本気でショックを受けたような顔になった。
「退屈させてすまないな」
笑いをこらえながらルーク達の部屋にやって来たのは第二王子リカルドだ。2人はサッと真面目な顔をして立ち上がった。
「もうじき終わるよ。兄上についている護衛も来週には返すと聞いたから、あと数日で従弟殿は地下牢行きさ」
「……そのようなこと、話してもよろしいので?」
「そりゃ魔法契約しているからね! ……まあそれと、私達の兄弟仲を誤解してほしくもないし」
曖昧な笑顔だった。
実際、この国の第一王子と第二王子は仲がいい。だが家臣同士はそうでもないのが彼らの悩みだ。今回はそこに目を付けた彼らの従弟の犯行だった。
どちらにも刺客を送りお互いを疑わせた。兄、そして弟の意思ではないとわかりながらも、彼らの家臣ならそうする可能性も考えられるというのが現状だった。
捕まえた暗殺者達はたいした情報はもっていなかったが、優秀な王子達の部下が少しずつ紐解いていき、王弟の息子……彼らの従弟に辿り着いたのだった。
「兄上の方もS級の冒険者を雇っていてね。だからこそ君を手放せなかったんだ」
リカルドというより、彼の従者や家臣が許さなかったのだ。
「いえ……」
ルークは少し気まずそうにしている。エディンビアに帰りたいという気持ちが王子に駄々洩れしていたことがわかったからだ。
「第一王子は誰を雇っているんですか?」
ガウレスが助け船を出すかのように話を自分に持ってくる。
「ヴァリアスだよ」
「そりゃあ高くつきましたね」
ヴァリアスへの報酬は高いことで有名だった。金さえ積めばあらゆる依頼を引き受けたので、高位冒険者にもかかわらず品格に問題がある、と大騒ぎした商人の店で暴れまわったという噂の持ち主だ。
「ふふ! でも兄上、あの人のこと結構気に入ってるんだよ」
秘密だよ、とリカルドはそんな兄を思い出したのか小さく笑っていた。
第二王子リカルドの言った通り、その翌週にはルークは解放された。王子の言っていた従弟云々の情報はかなり秘匿されているようで、王城の様子はいつも通りに見えたが、
「なーんか騎士の動きがヘンッスね」
と傭兵団のレイル達は訝しげに兵達の様子を眺めていた。
「は~久しぶりに飲むかー!!! おいルーク一緒に……」
「じゃあな!!! あんまり部下に迷惑かけんなよ!!!」
と、去っていくルークの背中をガウレス傭兵団の面々は見送ったのだった。