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第10話 旧友

「あれ!? イーグルじゃねぇか! お前その顔どうしたんだよ!?」


 冒険者が集まる酒場でイーグルにそう声をかけたのは、駆け出しの頃よくつるんでいた魔術師だった。彼のパーティメンバーが、先に宿に帰ってるぞ~、と声をかけているのに手を上げて答えている。そして変わってしまったイーグルの顔に驚きつつも、懐かしい顔をみつけたと嬉しそうに駆け寄ってきた。


「あぁ……ベック。久しぶりだな」


 ベックはこの世界では珍しい氷の魔法を使いこなせる冒険者だ。だからと言って少しも偉ぶることはなく、誰にでも優しく親切だった。だからこそトリシアやイーグルと気が合ったのだ。


 イーグルは早くこの場から離れたくなっていた。何を言われるかは簡単に想像がつく。


 彼らはトリシアを追い出した街からはかなり離れた所まで来ていた。周辺ではイーグルとアネッタの悪評が広まっていて過ごしづらかったのだ。


「トリシアはどうした? アイツのヒールなら余裕で……って……ま、まさかトリシア!」

「……死んでないよ」


 絶望するような顔で最悪の想像をしていたベックは、その言葉にあからさまにホッと息をついた。そして次は少し寂しげな笑顔をイーグルにむけた。


「お前らそうか……ついにトリシア、お前と離れる覚悟ができたんだな」

「え?」


 イーグルはベックが言っている言葉の意味がわからなかった。


「え? ってお前……トリシア、冒険者始めて間もないってのに、いつかお前と別々の道に進むこと寂しがってたんだぞ」


 思い出したようにふふっと軽く笑った。


「イーグルは才能があるからそのうち回復師(ヒーラー)の自分はついていけなくなる。離れる時のこと考えると寂しい! ってな。まだ冒険者に成り立てだってのに気が早いって皆で笑ってたんだよ」

「そんなこと言ってたのか……」


 トリシアはイーグルの前ではそんな素振り、少しも見せなかった。常にトリシアと離れた後のことを教え込むように話していた。


『イーグル、大切なのは自分の命。その次が仲間()の命。で、その次がお金よ! お金!』

『地道でいいのよ! 美味しい話に簡単に飛びついちゃダメ! 実際私達、それでC級まで来たんだし』

『うまくいかない時はとりあえず出来ることをやるのよ。その時出来ることを。続けるのが一番大変なんだから』


 トリシアは堅実なやり方を好んだ。基本的にはイーグルのレベルに合わせて狙う魔物を選び、自分も活躍できそうな依頼をこなし、どの仕事も丁寧に誠実にやり遂げた。そして貯めた報酬できっちりと装備をそろえた後、話題の魔物や大きな依頼に挑戦したのだ。

 あまり派手なことが好きではないイーグルにはそれがちょうどよかった。たまにそんな2人を地味だと揶揄する冒険者もいたが、サクサクとC級まで上り詰めたトリシア達を見てそれ以上何も言わなくなった。


 最近イーグルは初心にかえって地道に魔物を狩っていた。かつてトリシアが考えてくれたやり方を参考にしている。少々見た目がグロテスクだが、薬に使えるという魔物だった。今のイーグルも問題なく倒せるレベルの相手だ。ただこの魔物は倒した際に発する臭いがきつく、冒険者もあまり手を出したがらない。最近魔法薬界隈が活発に動いているせいか、急にこの魔物の取引額が上がっていた。そこに目を付けたのだ。


(ある程度金が貯まれば武器の修理費や治療費の不安がなくなる。それからまた再出発だ)


 今は我慢の時期と割り切っていた。そうすると少し気が楽になった。D級まで落ちることは決まっているが、それでもかまわないと思えた。


「どうせどこかで聞くかもしれないから正直に言うよ……トリシアはパーティから追い出したんだ」

「は? パーティってお前ら2人じゃん。喧嘩でもしたのか?」


 どういうことかわからないと、批判するわけでもなくベックは首を傾げた。

 冒険者パーティの解散理由にありがちなのは、方向性の違い、というものだった。命が惜しいから現状維持、という生業としての冒険者でありたい者も、もっと向上心と野心を持って上の階級を目指すべきだと考える者もいるからだ。


 だがもちろん、イーグル達には当てはまらない。


 イーグルはアネッタのことも含め、トリシアを追い出した経緯を話した。自分の口で誰かにちゃんと話したのは初めてだった。トリシアと別れて半年以上経って、やっと自分を客観視出来始めていた。


「そりゃあお前が悪い」


 少し怒った顔をして、ズバリとベックはイーグルに伝えた。


「そうなんだよ。僕が……馬鹿だった……」


 振り絞るように自分の非を認めるイーグルの姿が痛々しくて、ベックはそれ以上責め立てることが出来なかった。彼がトリシアと離れてから心身ともに痛い目にあっていることはその姿から簡単に想像が出来る。


「……でもそのアネッタって奴が唆したんだろ?」

「僕も同意してトリシアに告げたんだから彼女のせいには出来ないよ」


 トリシアのことを鬱陶しく思ったアネッタは度々イーグルに愚痴を言い、ついには自分かトリシアどちらかを選べと迫ったのだ。初めて自分を男性として熱烈に求めてくる女性に、戸惑いつつも嬉しかった。そしてイーグルはアネッタを選んだのだ。


「あの時はアネッタに嫌われたくなくて……」


 今はあの日あの時の事をとても後悔している。

 

「自業自得だ」


 何度も自分に言い聞かせた言葉だった。


「しかしあのトリシアがよくそんな変な女受け入れたな……お前に近づく変な虫は全部追い払ってたのに」


 ベックは思い出したようにトリシアの過去の行動を振り返っていた。イーグルはモテていた。顔もよく、冒険者には珍しい穏やかな性格なのは知られていた。だがトリシアがヨシとした女以外、イーグルにはなかなか近づけなかったのだ。

 トリシアはイーグルの性格を知っていたので、変な女に絆され、都合のいい男にされないよう警戒していた。実際イーグルは何度か()()()を装った女に騙されて、いくらかお金を渡したことがある。そして自分が騙されたことを、しかたない、で終わらせるような人間だった。


「今思えばそれもダメだったんだろうな。過保護にお前を守ってたから、変な女かどうか自分で判断出来なかったんだろ」


 ベックもイーグルの性格を知っていたので、ついつい彼を庇い、アネッタのせいにするような台詞を吐いてしまった。


「おっと悪い……変な女って……」

「いや……」


 アネッタは今イーグルと一緒に行動してはいなかった。トリシアが用意(リセット)した、高レベルの装備を売り払って貯めた金を握りしめ、傷痕の治療が得意という噂の治療院へと行っていた。


「それ大丈夫かよ……」

「どうかな……」


 当たり前だが、今この2人はうまくいっていない。アネッタはすでに他の冒険者(寄生先)を探し始めていることにイーグルは気づいている。彼から話を聞いたベックもそうなることは予想できた。

 

「でも正直、そいつとは離れた方がいいな! お前の実力ならソロでもいけるだろ!」


 励ますようにイーグルの肩に手を置いた。


(一緒に行こう、とはやっぱり言わないよな……)


 ほんの少しだけ、パーティへの勧誘を期待していた。駆け出しの頃、トリシアと3人でダンジョンに挑戦したこともある仲だ。

 しかし残念ながら人がいいベックですら、私情でパーティのメンバーを追い出したという経緯のある人物と一緒にやっていこうとは思わない。


「話せてよかったよ! じゃあな! 頑張れよ!」

「ああ」


 少し寂しそうにイーグルはベックを見送った。彼はきっと自分のパーティの下へと帰ったのだろう。


 イーグルは1人……もう何度目かになる、トリシアと2人で冒険者を楽しんでいた時のことを思い出していた。


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― 新着の感想 ―
[一言]  もうアネットとは別れた方がいい。後悔しているなら尚更。
[一言] ルークとイーグル、立場や経緯が違えど「トリシアに対する罪悪感」で同じように苦しんでいるのはなんとも奇妙な縁ですね…
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