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第2話 管理人②

 道中出会ったアッシュに広場へ行くよう言われ、何事かと思えばトリシアとボロボロの奴隷が噴水の縁に座っているのが見える。そうして予想通り、トリシアが奴隷を買ったことを知ったルークは驚愕した。だが苦言を呈される事を覚悟して身構えているトリシアを見て、言いたい言葉の8割を飲み込む。


「奴隷なんか抱えて大丈夫かよ……」

「……あの時無視するよりはよかったと思う」


 ルークは彼女の性格がわかっていた。奴隷の主人としてきっちりと、そして必要以上の責任を抱え込むだろうと。ほかの多くの奴隷の主人のように、非情にはなれないことを。所有物として扱えないことを。


 ため息はついたが、トリシアと奴隷の魔法契約を引き受けた。スピンの時と同じくトリシアの秘密を絶対に他に漏らさないという内容だ。奴隷はその後も売買出来る()だ。その時に備えて事前に手を打つには別途個人的な契約魔法をかける必要がある。


 トリシアはすでに奴隷の顎やのどの周りの治療を終えていた。彼女は久しぶりのまともな食事を張りつめた表情でスプーンを震わせながら、ゆっくりと噛みしめていた。自分に起きた出来事がまだしっかりと飲み込めていないようだった。


「そんでこいつの寝床はどうするんだ?」


 間もなくあたりは真っ暗になるであろう時間だ。


 犯罪奴隷は家の中に部屋を与えられなかった。それは法で許されないのだ。たとえ有力者やその親族が犯罪奴隷となったとしても、通常は物置小屋のような空間が彼らの寝床として許された。


「とりあえずスピンさんのとこの倉庫に置いてもらえることになったの。貸し部屋の庭に小さな小屋も作ってもらうことにしたわ」

「お高い魔道具付きのか?」


 いつものように彼には全てお見通しだった。


「さぁー! 明日からまたきびきび働くわよ!!!」


 だからいつものようにトリシアははぐらかすしかない。


◇◇◇


 奴隷の名前はティアと言った。年齢は19歳で、女子爵の屋敷で下女として働いていたところ、子爵の夫に見初められてしまった。


「もちろん、強く拒絶いたしました。あの方(女子爵)が嫉妬深いことは周知の事実でしたので」


 だが結局、嫉妬に狂った女子爵によって顔を焼かれてしまった。炎の魔法で。屋敷中を逃げまどい玄関ホールに繋がる階段で鈍器(メイス)で殴り掛かる女子爵を抵抗しながら掴んだところ、一緒に転がり落ちた。


「ちょうど玄関に他家の貴族がいらしていて、子爵が先に手を出したところを見られていたおかげで死罪だけは免れましたが……」


 トリシアは奴隷になった経緯について嘘をつかないでと()()()している。だから彼女の話を聞いてとてつもなく苦しくなった。


「倉庫の扉は内側から鍵をつけときましたからね! 安心して寝てください」


 スピンが気を利かせてくれていた。トリシアはあえてまだ顔の傷は治していない。変な輩に狙われる確率を少しでも減らすためだ。


「ありがとうござ……い……ます……」


 ティアは目に涙を溜めながらお礼を言った。このような人間的な扱いをされたのは久しぶりなのだ。ここまできてようやく自分はあの地獄から少し抜け出せたのだとわかった。もう自分が死ぬのを面倒くさそうに待つ目を向けられることはない。

 トリシアはスピンがティア(犯罪奴隷)に紳士的な対応をしたことにとても驚いた。残念ながらこの世界では奴隷が当たり前。そうして彼らは人として扱われないのが当たり前。トリシアの前世の世界とは価値観が違う。


「おかげ様で追加のご注文(管理人用の小屋)をいただいたので」


 などと冗談を言いながら笑っていたが、


「僕達も仕事で奴隷を使うことがありますからね。本当の罪人かどうかはわかりますよ」


 いつも通り、穏やかな笑顔だった。


「じゃあ今日はとりあえずゆっくり休んでね。明日朝またくるから。ちゃんと鍵はかけてね!」


 トリシアは久しぶりに誰かの面倒を見ているせいか、後から後から気になることが出てきている。


「寒くない? 何か軽食置いとく? あ! 水を用意しとかないと! 着替えはまた明日予備を」

「そろそろ休ませてやれよ……」


 それをルークがやっと止めたのだった。トリシアがでも、と言いかけたところで、


「体は治せても気持ちはまだ落ち着かねぇだろ」

「そ、そうね……」


 トリシアの気持ちも奇妙に昂ぶって空回っていた。何しろ()()()()()のだ。とんでもないことをしてしまったかも……という後ろめたい自分の気持ちを誤魔化すためかもしれない。


建物()を買った時とはまた違う……)


 それは自分の倫理観に反することをしてしまったからかもしれない。と、トリシアはティアの目をまだしっかりと見つめ返せない自分に気が付く。だが、買われた方はそんなこと少しも気にしていなかった。


「……ご主人様に救っていただいた命の御恩、一生をかけてお返しいたします」


 改めて深く深く頭を下げるティアだった。


「いやいや! 私はあなたを従業員の1人として雇ったつもりでいるから! 必要以上にかしこまらないでね」


 そういうわけにはいかないのはわかっているが、そういうことにしておきたいのだ。


 

 ティアを買った最初の数時間は、やってしまった……と後悔という単語が何度か頭に浮かんだトリシアだったが、夜寝る前になるとやっと少し気持ちが落ち着いてきた。


(考えてみれば絶対に裏切らない味方が出来たってことだもんね!?)


 噂では、とある大金持ちは自分の周りにいる人間すべてを犯罪奴隷にしているなんて話もあるくらいだ。


 犯罪奴隷との()は、長い年月を使って積み上げてきたイーグルとは違い、強制力が働いている関係だ。それがわかっていない彼女でもない。それでも新たに出来た関係をきっといいものにしようと思えたことが嬉しかった。


 トリシアはティアが恐怖で震えながらも、決して不当な罪を認めなかった強さを気に入っていた。女子爵に立ち向かう根性(強さ)が好きだった。


 そうして、トリシアが作り上げる貸し部屋に住む人がまた1人決まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] まぁ確かにナンパだとか人攫いだとか面倒事に巻き込まれる可能性はあがるけどそれでも女の子なんだし顔は治してあげたほうがいいと思うんだよね。 [一言] 社員雇うのとそう変わらないし命まで救…
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