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第1話 管理人①

 トリシアが買った奴隷は痩せ細り、顔が焼け爛れ、まともに喋れない状態だった。足も引きずっていて、運び人として使うには回復師(ヒーラー)にそれなりの額を払う必要があるのは明らかだ。

 しかも怪我をしてしばらく経つのか、傷痕も固定され始めている。そうすると並のヒーラーでは綺麗に治すのは難しい。


「罪状は?」


 彼女は犯罪奴隷だった。


 債務奴隷、所謂借金奴隷は自身の借金を買い主に肩代わりしてもらっている状態で、肩代わりしてもらった代金を労働によって返済し終えれば自由になれる。実際は労働単価がかなり安く設定されている為、自由を得るのはかなり困難だが、待遇は犯罪奴隷よりもいくらかマシではある。

 

 だが犯罪奴隷は死ぬまで奴隷だ。人間的な扱いをしなくても許された。ただ唯一、奴隷と言えど故意に殺す事は許されない。それ以外は必要最低限の衣食住だけ与えればいいとされたのだ。


「姦淫の末に相手の奥方……女子爵に大怪我をさせたとなっている」


 奴隷商が書類に書かれた内容を淡々と読み上げる。


(そのまま相手の言い分を受け取ったらとんでもない悪女だけど……)


 奴隷の女が急いでブルブルと首を横に振る。奴隷に落ちた今となっても自分の罪を否定し続けているのだ。


(貴族相手じゃまともな裁判なんてなかっただろうし)


 残念ながら冤罪の末に奴隷となる者はいる。特に貴族相手だとそういうことは多々あり、それは周知の事実だった。だからトリシアはその罪状をそのまま受け取る気にはとてもならない。


「取り調べに契約魔法は?」

「あの奴隷は平民だぞ……」


 奴隷商は呆れるような物言いだ。嘘をつくのを禁止する契約魔法を使う方法だってあるにも係わらず、平民相手に一切コストはかけなかった。


(犯罪奴隷って本当に闇だわ……)


 平民であるトリシアにとっても他人事ではない。


 彼女の首元には犯罪奴隷の証である消えない奴隷印が押されている。


「拷問でも受けたの?」


 痛々しい姿の奴隷の外見に言及した。


(拷問されて冤罪を認めたのかしら)


「顔と足は女子爵が襲われた後抵抗した際にできた傷だと書いてあるな。背中の傷は鞭打ちの跡らしい。こちらは取り調べの時の傷だそうだ」

「んん? どういう事?」


 どうやって大怪我した女子爵がこの奴隷をここまでの姿にしたのかトリシアには想像が出来ない。


(えーっと大怪我した後でこの奴隷の顔を焼いてボコボコに殴って足を折ったってこと?)


 大怪我というのがトリシアと思っている怪我と違うのか、()()()()()()か……実際この奴隷は喋れないようされている。


(傷が顔に偏ってるわね……)


「こちらに聞かれても困る」


 奴隷商はただの仲介だ。彼が彼女を奴隷にすると決めたわけではない。平民に犯罪奴隷という刑を下すかどうかの最終決定は、各地の領主に委ねられている。


(そう考えればその女子爵相手に抵抗できる話でもないわよね)


 被害を受けた本人が決定を下すのだからどうやったって逃げられない。


 渡された彼女に関しての記録を読みながら、トリシアはハッとした。これはマズイと思い始めたのだ。


(同情したらダメ! 彼女を買ってどうするの!?)


 少し離れた所で別の奴隷商と、娼館の主が数人、それに多くの運び人達を雇っている『運び屋』が交渉していた。『運び屋』はダンジョンの近い西門に店を構えている。そこで冒険者は荷物持ちの奴隷を借りて(レンタル)ダンジョン内に入ることもあった。


「安くしとくからどこか引き取ってもらえんだろうか?」


 故意に殺すことが許されない以上、買い主がいなければその間その奴隷の面倒を見なければならないのは売り主の奴隷商だ。


「いやぁこれは墓代を逆に払ってもらわんと。足もまともに動かせないじゃないか。アレはもう死ぬのを待つだけだろう……こちらだって気分のいいもんじゃないんだ」

「うちもねぇ。おそらく元は上玉だったろうからもう少し早く届けてくれていたらヒーラーを雇ったんだが……」


 他の買い主達も同じように頷いている。


 これだけ大怪我をして使い物にならない奴隷が生き残っているのも珍しい。奴隷として売り出される前に死んでしまう者もいるのだ。彼らがヒールを受けることなどないのだから。


「運んでくる途中で死ぬものだと思ってたんだがなあ」


 さっさと死んでほしいと思われているその奴隷は震えていた。彼女だって奴隷になる前から奴隷の行く末は知っている。特にエディンビアは運び人としての奴隷の需要があることも。


 すがるような瞳の奴隷と目が合った。


(だめ! 冤罪じゃないかもしれないのよ! だいたい姦淫ってだけで無理無理!)


 一生懸命自分に言い聞かせた。


「トリシア?」


 声をかけてきたのは同じヒーラーのアッシュだった。脇に定期市で購入した分厚い古書を何冊も抱えている。


「あー……」


 彼はトリシアと例の奴隷を見てすぐに状況を把握した。


「……買うのか?」

「買う理由を今考えてるんです……」


 トリシアは素直に答えた。もうどうするかの答えが出ているのにもかかわらず、あと一歩踏み出すには理由が必要だったのだ。

 そうしてアッシュは、いつも楽しそうな彼女には珍しい、苦悩に満ちた表情をみてつい助け舟を出してしまった。


「プハハ! そんなこったろうと思ったけど。まあお前なら治療費のコストもかからないしな。あの奴隷まだ若いみたいだし、必要なくなればまた別のところに売ればいいさ」


 奴隷はただの物扱いだ。特にエディンビアのような大都市ではいつでも売り買いできる商品の1つになっている。


(あのS級にどやされそうだな)


 アッシュはトリシアにみられないように少し苦笑した。


「貸し部屋付きの使用人にでもすればいい。箔がつくだろう」

「そうだ! 管理人!」 


 名案が閃いたとばかりに顔がパアっと晴れた。


「アッシュさんありがとう!」


 そうして奴隷の方へ走っていった。


「奴隷と少し話しても?」


 奴隷商はどうぞと返事をした。先ほどから質問攻めのトリシアが買ってくれるのではと期待をしているのがわかる。


「あなた。あの罪状の内容は本当?」


 うーうーと呻くように首を横に振った。


「嘘を言ってはダメよ。私が買えば結局あなたは真実を話すことになるんだから」


 正式な買い主により奴隷印を押された時点で、彼らは主人を害することはできない。絶対服従。そういう強力な契約魔法がかけられている。


 奴隷の女は涙目で必死に首を横に振っていた。


(他人の運命をどうこう出来るような人間じゃないけど……)


 今日の夜、気持ちよく寝るにはどうすればいいかは決まっていた。


「買うわ」


 トリシアが奴隷の女に最初にかけた言葉は、


「あなたを私が作ってる貸し部屋の管理人として雇うことにします! どうぞよろしく!」


 だった。


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