第12話 買い物
夏も終盤。トリシアがエディンビアにやってきてもうすぐ4ヶ月になる。
「ついに終わったわ! いや、ついに始まるのよー!」
「お! ついにか!」
この日、約1ヶ月近く暇さえあれば打ち合わせをしていた貸し部屋の間取り図がついに完成したのだ。
「決めちゃった! 決めちゃったわ!」
「思ったより早かったな」
「でしょ? スピンさんにも言われた!」
トリシアにはこれまで散々書き溜めた願望ノートがあったので、あとはその中からどれをどれだけ現実にするかを決める作業だった。もちろん、予算と相談しながらだったが。
「ああ~どうしよう! 早く出来ないかな~!」
ソワソワと気持ちが落ち着かない。落ち着かないからずっとギルドの治癒室の中をぐるぐると歩き回っていた。
「良い報告聞けたし、そろそろ行くかぁ」
「はーい頑張って~!」
ルークは今、来月おこなわれる予定のダンジョンの新階層攻略へ向けて、領の騎士団や傭兵団と一緒に訓練していた。
今ダンジョン内にいるボスは、内部にいる魔物の排出率を上げ、さらにその魔物達を強化する能力があることがわかっている。
(結局、数対数なのね~)
数の力で魔物を捌き、主力でボスを叩くことが決まっている。もちろんルークはその主力だ。
この街にやってくる冒険者の数も日に日に増えていた。前回のようなおこぼれ狙いも多いが、彼らはボスが倒され、新たな階層が現れるのを待っている。
新たな階層には新種の魔物や新種の素材が出てくる可能性が高い。そういった素材は発見されてしばらくはかなり高値で取引される。
「すみません! 3人きます!」
浮かれているところでゲルトに声をかけられ、トリシアは急いで治癒室のベッドを整える。
「トッドさん!?」
「うっ……あぁトリ……シア……?」
「うぁぁぁうぅ……」
「助かる……よかった……助かる!」
トリシアがよく知っているパーティだった。ちょうど彼女が追放された時、気遣って元気付けてくれた冒険者達だ。
1人は腕が腐りかけ痛みが強く、もう1人は毒でうなされていた。残り1人は比較的軽症だったが、仲間の大怪我にかなり動揺しているようだった。
まずは急いで毒が回っている2人を治す。トッドと呼ばれた大男はふぅと大きく呼吸を整えてすぐにベッドから起き上がった。もう1人はやっと苦しみから解放されたからか、寝転がったままぼぉっとしていた。
「流石トリシアだ! 助かったぞ!」
トリシアは笑顔を向けながら残り1人の治療をする。ショックを受けた表情で傷だらけだが特に問題はなさそうだ。
「すまねぇ! 俺がドジふんじまったせいで……」
「いやあれはお前じゃなくても同じ結果になってたって!」
「そ~だぞ~」
まだ寝転がっている方もすかさずフォローを入れていた。こんなことがあってもお互いを思いやるとてもいいパーティだ。
「俺達来月B級に上がるんだ」
「わぁ! おめでとう!」
彼らはトリシア達より長くC級で頑張ってきたのだ。お互い切磋琢磨して冒険者としての経験値を上げてきた。だからトリシアも自分の事のように嬉しく感じる。同時に少しだけ羨ましくも。
「お祝いに今さっきのヒール奢るわ! ギルドの職員には伝えとくから」
「いいのか!? 高額だぞ!?」
(あの時のお礼、全然出来てなかったし)
追放されてルークが息を切らしてやってくる前も、トッド達のような冒険者がずっとトリシアを気にかけてくれていた。トリシア以上にイーグル達を怒ってくれた。あの時は平気を装いながらも余裕がなくて、ちゃんと挨拶ができないままだったことが気になっていたのだ。
いくらトリシアでも滅多にこんな事はしない。そんな事をすればいつか自分の身を滅ぼすことになるのはわかっている。それなりの相手と理由が必要だ。
「B級に上がるからって浮き足だっちまった。少し深く行きすぎたんだ」
「それで帰ってこられたんだから、やっぱり実力はついたのよ」
奥に進んだまま帰ってこない冒険者は少なくない。
「運び人の奴隷がいっぱい死んでてなぁ」
「奴隷だってわかっててもよ。あんまり見たい光景じゃないわな」
ここまで大きな怪我をしたのは初めてだったらしく、ショックもあったのかまだ少ししんみりとしている。
冒険者ギルドでの仕事を終え、トリシアは中央広場へ向かった。今日は定期市が開かれており、そこには古道具や家具なども出ているのだ。
(スピンさんの職場に感謝ね)
トリシアが買い集めた貸し部屋用の家具をバレンティア工房の倉庫で事前に預かってもらえることになった。
(ベッドは作ってもらうことになってるけど、後のは全部ここで調達するわよ!)
だいたいのものはこの市で揃うはずだ。
「うわぁ~ソファってかなりするのね!?」
「そりゃ貴族の家から払い下げられたようなのしかないからな。そんなたくさん出回るわけでもないし、欲しいなら早目をおすすめするよ」
「うーん……」
「でもあんた冒険者だろ? ソファなんて使うのか?」
店主はトリシアの真剣な眼差しから冷やかしではないとは思ったようだが、同時に彼女の服装を見るとどうしても疑問を抱かずにはいられなかった。
「ねぇ。ここに出てないのもあったりするのかしら? こぅ……寝っ転がれるタイプのが欲しいんだけど」
「ああ。でも補修も終わってないからな~出すなら次の市になるぞ」
「補修途中でもかまわないの! 数があるならまとめて買うから少し安くならないかしら」
店主はやはり怪しんでいたが、トリシアがキチンと前金で払うと約束したのでそれ以上追及しなかった。
「奴隷市もう終わってんじゃん!」
通り過ぎる冒険者達の声が聞こえる。
「騎士団が討伐に出るって話だし、運び人用の奴隷が人気なんだろ」
「いやでも、余ってる奴いるぞ?」
「あーアレは仕方ないだろ……ボロボロだし。……娼館でも引き取らねぇだろうな」
トリシアはいつもならあまり目を向けない。前世の倫理観が働いてどうにも辛くなるからだった。
なのに今日はどういうわけかその奴隷を見てしまった。そして目が合った。
結論から言うと、トリシアはその奴隷を買った。
そして急いでまた決まったはずの図面を直してもらいに行くのだった。