第4話 古傷
トリシアの営業活動はうまくいった。冒険者ギルド側とは今後2ヶ月常駐ヒーラー継続を確約することでアッサリ許可が下りた。
「例のボス討伐まではいろってことね」
「アハハ……その……そうです!」
ゲルトはへへへと誤魔化すように笑った。
そもそもトリシアはかなり長い期間この街にいる予定だ。何しろ自分の住処も兼ねた建物を購入したのだ。それでもギルド側からすると確約を取ることが大事だった。
今のトリシアの人気だと実力のあるパーティに引き抜かれる可能性がある。そして冒険者としてダンジョンに入れば一気に儲けを手に入れる可能性も出てくるのだ。彼女にそちらを選ばれたらギルド側は勝てない。
「手数料なしで」
「え!?」
「この分は手数料なしにしてくれたらまた出張業務も受けるわ」
「わ、わかりました!」
トリシアの思惑は当たった。古傷を治してほしいという人が殺到したのだ。そもそも古傷の治療を料金設定している治療院はあまりない。命に関わらないので表立って気にしている人はいないからだ。だがトリシアはこれまでの経験から、古傷をどうにかしたいと思っている冒険者が多い事は知っていた。
「機会があれば消したいわよこんな傷!」
「価格設定がないとぼったくられそうで自分達から言えないのよね~」
トリシアは明確な料金表を用意した。単純に傷の大きさで金額を決め、少し頑張れば手が出る価格にしたのだ。そうしてさらに一文を付ける。
【期間限定】
これが案外迷っている冒険者達の後押しになった。
古傷の治療は予定外に男性も多かったのだが、これはトリシアのヒール能力を評価してくれている証拠だった。金を払えば確実に綺麗になると思ってもらえている。古傷を治すのは並のヒーラーには難しい。
「古傷は勲章だー! なんて言う奴もいるけど、単純に冒険者なりたての時にヒーラー代ケチったから残っちゃったのよね~」
「傷跡が引き攣っちゃってさ~」
「この傷はモテるから残したいんだけど、こっちの見えないのはウケないから消してほしいんだ」
「うわ! マジで綺麗さっぱりじゃん! ありがと!」
この時はいつもより余計に治療時間をとった。古傷の部分だけを綺麗に治療していく。あまりざっくり広範囲にリセットをかけると、鍛錬で得られた筋肉すらその古傷が出来た時の状態に引っ張られてリセットされかねないからだ。
(慎重に~慎重に~かけ過ぎないように……範囲を絞って……よしよし)
あえていつもより治療の時間をとって、色々と貸し部屋計画に使えそうな意見の探りを入れた。
「えぇ~貸し部屋に求めるもの~?」
「そうそう。ちょっと今皆に聞いててさ」
誰もなんで? などと聞くことなく素直に答えてくれた。
「うーんそうだな~綺麗で大きくてふかふかのベッドかな~ゆっくり寝たーい」
寝床の要望は多かった。やはり疲れには睡眠環境が大事なことは冒険者はわかっているようだ。
「ちなみに小さなキッチンがあったら使う?」
「欲しい! たまに故郷の味が恋しくなるし。自分で作りたい」
「キッチン~? いらなーい! 片付け面倒くさいじゃん」
「それって保冷庫も付いてるの?」
(そうだ! 冷蔵庫いるじゃん!)
新たな魔道具の必要性を思い出しトリシアは頭を抱えた。
(ええっと……あれっていくらくらいするんだろ……)
そしてまた常駐ヒーラーへのやる気を出すのだった。
「私は貸し部屋より貸金庫とか貸し倉庫みたいなのがいいな~」
「え?」
「商人ギルドには貸金庫あるらしいじゃん? まあそこまで金払って……とは思うけどさ。ダンジョン潜ってる間にきっちり荷物預かってくれる所があるとね~」
「それいい!」
目的とはそれたが、トリシアは地下室や庭の使い方も迷っている。
(とりあえず洗濯室、それから倉庫、って思ってたけど貸し倉庫いいわね~)
トリシアも全く同じことを思ったことがあるのだ。冒険者宿に荷物を放置しようもんなら盗難は当たり前。だから皆全てを持って冒険に出る必要がある。
彼女は解決策として貸し部屋という答えを出したが、人によっては小さな倉庫レベルで問題ない。
そもそもトリシアは部屋を借りてくれた冒険者のために幾つか特典を考えていた。
まずは簡単なヒールは無料にすること。冒険者が生死不明で部屋に戻らない場合、最長1年間別室で室内にある私物を預かること。
「退去後3ヶ月、無料で棚1つ分の荷物預かるってどう?」
「そうだな~エディンビアをメインにちょっと違うとこ回るとすると……まあギリかな」
「そう? そしたら半年くらい?」
「つーかそこまで面倒見てやる必要ないだろ」
ルークはトリシアがあれこれ考える特典がイマイチ理解できないようだった。
「ちゃんと金取ればいいじゃねーか」
「それを言ったらおしまいなのよー」
自分があったら嬉しい貸し部屋を作っているのだから、あったら嬉しいサービスくらいつけたい。
(キッチンはやっぱ意見が割れたわね~安くて美味しい食堂も多いしな~)
深夜だが自室に戻ってテーブルに向かい、必要な魔道具を書き連ねる。
(えーっとまずライトでしょ……ってこれだけでも種類ありすぎ~~!)
冒険者ギルドに置かれているのは小さなランプ1つだけだ。小さい割に光量がある為、特に困ることはない。
(これ、どこのランプか明日聞こ)
魔道具はここ20年で急速に発展している。魔道具を開発する魔具師はそれぞれ工房を持っていることが多い。職人ギルドの領分だ。
実はトリシアは以前1度、ある魔具師を探したことがある。風呂にトイレ、コンロに冷蔵庫、他にも前世で見たことのある物はだいたい同じ人物が開発したと聞いたからだ。
その事実は前世の記憶を引き継いだトリシアの孤独感を癒してくれた。自分だけじゃない。きっとこの人物も記憶を引き継いでいる。きっと同じ世界からこの世界に転生したのだと。
(結局わからないままになってるな~)
だからトリシアはいまだに日本語で文字を書く。相手が日本人とは限らないが前世で見たことくらいあるかもしれない。そんな淡い期待を持って。
(打ち合わせ楽しみ~全然まとまってないけど!)
うとうとしながらも考えるのは貸し部屋のことだけ。最近はイーグル達の夢も全く見なくなった。
そうして今日も心地よい疲労感の中眠りについた。