物語の隙間話16 春祭り
エディンビアに春が近づくと、街の人々はソワソワとし始める。
一年前の今頃、イーグルとアネッタに戦力外通告をされたトリシアはエディンビアで迎える初めての春をいいものにしようと張り切っていた。追放記念日も近い。
(ダメダメダメ! いい思い出で上書きしなきゃね!!)
冒険者ギルドの掲示板には、ソワソワの原因であるイベントのお知らせが大きく掲示されていた。
「ねえねえ! この街、春は大きなお祭りをやるんでしょう?」
「ええ。今年の春祭りはどうなるかしらね」
トリシアの隣にいたエリザベートがフッと自信に満ちた表情で笑う。
春になると冒険者の街らしく、中央広場にある神殿でダンジョンへ向かう冒険者の安全を祈願するお祭りがあるのだ。
「元々は祭りではなく厳かな儀式だったらしいんですが、ほら、どうしても騒ぐのが好きな土地柄なので」
冒険者ギルドの職員ゲルトの解説に、トリシアはへぇ! と興味深そうな声を上げた。
この春祭り、普通の祭りとは少し違う点がある。エディンビアの住人や観光客が安全の祈りを込めた花を一輪、冒険者へと贈る習慣があるのだ。つまり、人気者ほど大量の花を抱えて自慢げに自分の人気っぷりをアピールできる。
「人気投票か~」
エリザベートが得意気になるはずだとトリシアは小さく笑った。
彼女はずっとこの祭りに自分が冒険者として参加する日を楽しみにしていたのだ。もちろん、誰よりも花に囲まれるのが自分であると自信もある。
「あら! 花を贈られるのは私みたいに派手に活躍する冒険者だけじゃないのよ! 地道に小さな依頼をこなしてくれる冒険者が花に埋もれる年だってあるんだから!」
謙遜しているのかどうか怪しいが、兎にも角にもエディンビアの住民達はちゃんと見ていると言いたいのだ。
「個別依頼する人なんて、やっぱり心理的に人気のある冒険者にしたいってのあるだろうし……今後の仕事に繋がる大事なお祭りね」
「そうですね。依頼主が過去の依頼のお礼を込めて贈ることもよくありますし」
ゲルトがうんうんと真面目な顔をして頷いた。依頼主の満足度が目に見えてわかるので、ギルド側も冒険者の外部評価が見えるイベントとして重要視しているのだ。
「この街の人間はね、勇敢にも未知なる世界へと足を踏み入れ、財宝を持ち帰り、恐ろしい魔物が外へと出ないよう……エディンビアの安寧を守る冒険者に敬意を払っているんだって!」
龍の巣に戻り、トリシアは意気揚々とルークに手に入れたばかりの知識を披露する。彼も春祭りは初めてだと言っていたので、珍しく自分の方がこの件に関しては詳しいかもしれない! と期待したのだ。
「ああ春祭りのことか。……何年か前から騎士団に花を贈るのは暗黙の了解で禁止になったっていう……」
「え!? なにそれ!?」
ルークは少し前に領城でそんな話を聞いていいたのだ。思い出すように左横に視線を向けながら、
「なんでも未婚の騎士団長宛てにとんでもない量の花が贈られたらしくってな。本来の祭りの意味から遠のくってことで、祭りの日は騎士団も領兵達も裏方に徹して花は受け取らないってことになってるらしいぞ」
「そっか……堂々と花を贈れる日だもんねぇ」
「そ、そうだな」
一瞬、挙動不審になったルークにトリシアは気付かなかった。彼女はこの祭りを『人気投票の場』だと思っていたが、ちょっとした恋のイベントとしてかなり大きな役割を持っていたのだ。そのことに気付けなかった自分にトリシアはガッカリとしていた。
(こんなんだからアネッタに出し抜かれちゃうのねぇ~……)
どうも物事に恋愛を絡めた発想力が弱い。生きることに精一杯で、恋愛を二の次三の次どころか十の次くらいに考えてきた結果だろう。と、自己分析する。
(ダメダメ! 楽しい思い出で上書きよ! 上書き!!)
どうも時期的に嫌な思い出に引っ張られる。が、そこから勢いだけで離れることが今のトリシアにはできた。
「……まあいいや! お祭り、楽しみだね!」
「おう」
当たり前のように同じイベントに参加できることを、ルークは噛みしめている。ウィンボルト領で何かある日、彼はだいたい主催側でトリシアと一緒に楽しむことはできなかった。
この街に来てからは当たり前のように彼女の笑顔を間近かで見ることができる。
「ルークもとんでもない量貰いそう!」
「それはないな」
「そんなわけないじゃん!? あ! 貰った花ってどうするの?」
「神殿に持っていくんだ。毎年花の絨毯ができるって聞いたぞ」
「わぁ~~~! それは見なきゃ!!」
二人の弾む声が建物の中に楽し気に響いた。
春祭り当日、トリシアが密かに楽しみにしていた『人気投票』の結果は……、
「街中に愛されてるわね~!」
「ふふっ! その通りね!」
エリザベートは本人の自信通り、全身美しい花だらけになっていた。足元にもたくさんの花籠が。間違いなく今年の春祭りで一番花を贈られた冒険者だ。嬉しくてたまらないようで、いつもの不敵な笑顔ではなく、ニコニコと頬が上がりっぱなしになっている。
「エディンビアのことを、住民のことを愛してくださっているエリザベート様に誰もが花を贈りたがっているんです」
彼女に花を持ってきた住民がそう口にした。
一方で少し意外だったのがルークだ。もちろん彼にも花が贈られているが、それなりに、程度。
「S級の無事を祈るのは逆に失礼な行為だ! っていう考えがこの街の住人にはあるんですよ~特に祖父母世代に根強いですね」
スピンはそう言いながら巣の住人達に花を贈っていた。
「けど僕は失礼だろうが何だろうが皆さんには無事にこの家に戻ってきていただきたいので!」
「ありがとうございます!」
照れ笑いをしながらトリシアが受け取る。
「いや~それにしてもトリシアさんもすごい量を貰いましたねぇ!」
「へへへ」
今回、本人も意外だったことに、トリシアの元には後から後から花が届けられたのだ。近隣住民や、助けた冒険者や兵士達、それにもちろん巣の住人達から。
「ね! 私の言った通りでしょう? エディンビアの人間はちゃんと見てるのよ」
これまたエリザベートが得意顔になっていた。
「これはニヤケちゃうかも……」
「ニヤケなさい! 誇りに思って当たり前のことよ!」
籠一杯になった花にトリシアは視線を落とす。それをヒョイッとルークが持ち上げた。
「そろそろ神殿に持っていくか」
トリシアをエリザベートに取られまいと、ルークが動き始める。今ならまだエリザベートと別行動が可能だ。彼女の元にはひっきりなしに花を持った誰かが訪ねてくるのだから。
「あらルーク。胸元に花なんて珍しいわね」
それをすぐに察したエリザベートは、いつも通りちょっと彼に意地悪したくなる。
「べ、別にいいだろ……!」
真っ赤になっているルークには目もくれず、トリシアは『よくぞ気付いてくれました!』とばかりに、
「これ綺麗でしょう!? ルークの目の色と似てない?」
この花を見つけた自分をエリザベートやスピンに褒めてもらいたくてたまらないようだった。トリシアは仲のいい冒険者に花を贈っていた。それぞれに似合う花を。
「そうね。貴女の胸元の花も自分で?」
「ううん。これ、ルークから貰ったの! まさかの被っちゃって……お揃い!」
「ふーん」
ニヤリとした笑顔に変わったエリザベートがその花の送り主に目線を移し、『自分の瞳と同じ色をねぇ……』という言葉を口にする前に、
「よし! 行くぞ!! この時間ならゆっくり屋台もまわれるからな!!」
と、ルークは籠を持ったまま出て行った。慌ててトリシアが追いかける。
「また後で!」
エリザベートに手を振りながら。
花びらの舞うエディンビアの街を歩きながら、トリシアはすっかり一年前のことなど忘れていた。来年の今頃はきっと、今日のこの春祭りを思い出すだろう。




