物語の隙間話15 大きくなったら
「なあ。ピコって大きくなったらヤバくねぇか?」
龍の巣の裏庭でヒョイっとピコを抱き上げたレイルは、まじまじとその愛らしい顔を見ながら真面目な声になっている。ピコの方は久しぶりにやってきた保護者の後輩の口に手を突っ込もうとしていた。
「ヤバいって……なんだよ」
なんだか雑な話の導入だったがルークは珍しく応答する。S級といえども小さな子供は可愛らしく思えるようだ。特に毎日のように見ていれば特別な情も湧く。ティアがダンを呼びに行っている間、この適当そうな男がピコを雑に扱わないか心配になり見張るくらいには。
「だってずっとここに住むんだろ? 毎日見るのがS級やギルドマスターや美人の双子にケルベロス……管理人は弩級の美人で家主は可愛い国内屈指のヒーラー。領主の娘までいる上に、父親は有名傭兵団出身のA級なわけで」
「有名傭兵団って……お前なぁ」
慎みがないと言わんばかりの呆れ声を無視して、その有名傭兵団所属中のレイルは思うがままに話し続けた。
「ぜって〜理想が高くなるよな?」
「なんの心配だよ……」
「将来の心配だよ!! ここまで来ると一国の王子様くらいじゃないとときめかないじゃねぇか!?」
これだから世間知らずのS級は……と、批難めいた視線を向けられ、ルークはムッとする。
「顔と肩書だけが人間じゃねぇだろ」
「誰かさんにべた惚れの人間が綺麗ごと言っても説得力ないな」
だよなぁ~? と、ピコに同意を取っているレイルと、『なぁ~~~』と言葉を返すピコを前に、
「なっ!!」
口をわなわなさせながらルークは動揺していた。
「べつに……顔だけとか! ……の、能力がすごいからとかでは……だ、断じてな、ないぞ!!」
顔を真っ赤にして必死に否定する。するとレイルは大笑いだ。片腕にピコを抱えたまま、腹を抑えてむせかえるほど笑っていた。
「アッシュさんの気持ちがわかるな~~~」
「なぁ~~~」
またもピコがご機嫌にレイルの言葉を真似していた。
「なになに? どうしたの?」
噂をすれば。ケルベロスの散歩からトリシアが戻ってきた。楽しそうな気配を感じとったのか、既に笑顔だ。
「トリシアが可愛いなって話~」
「へっ!? な、ななに急に!!?」
こちらもこちらで全く予想もしていなかった言葉なのか、あっという間にルークと同じ顔色になっていた。実は、ルークは面と向かってトリシアに『可愛い』だとか『綺麗』だとかいう言葉をかけたことがなかった。もちろん、内心は毎日のようにそう思ってはいたが……。
これはからかい甲斐があるぞとレイルがさらに意気揚々とし出したところで、
「ルーク……!」
「……ギルドの緊急要請……!」
突然、双子がS級を呼びにやってきた。早く早くと焦っている。
「わ、わかった……!」
明らかにホッとした表情のルークは、チラリとトリシアと目を合わせ照れ照れとした後、怪訝な顔をした双子に急かされて出かけていった。
「……で、なんの話だったの?」
レイルが何かしかけたことがわかっているトリシアは、なんとか平静を装いながら現状を確認する。ルークが自分の事をどう言っていたか、今一度確認したいという気持ちももちろんある。
「ここに住んでたらピコの理想が高くなりそうだな~って話をな。ちょっとやそっとじゃときめけないかもって俺は心配してんだ」
「ああ~そういう……」
なんとなく話の流れが理解できたトリシアは苦笑した。
「でも人間、いい容姿も立派な肩書もあって困るもんじゃないけど、それが全てじゃないでしょ? ときめきポイントだって人それぞれだろうし」
そんな心配いらないよ。と、レイルからピコを受け取った。
「うわ~ルークと同じこと言ってら」
「うそっ」
「で。トリシアのときめきポイントはどこなわけ?」
ニヤニヤしながらレイルは答えを待っているが、再びここで邪魔が入る。
「待たせたな」
「ダッダ!」
ダンがいつもより少し多めの荷物を抱えて裏庭に出て来た。ダンはガウレス傭兵団に頼まれて、数日、新人研修の手伝いをしに行くのだ。冒険者だけでなく、いまだにダンを慕う傭兵も多い。
ピコがトリシアの腕から急いでダンの方へと体の向きを変え抱っこをせがんでいた。
「ピコ~ちょっと行ってくるなぁ~お土産買って帰るからなぁ~」
ギュッと愛する姪っ子を抱きしめながら、優しい声で話しかける。この大男からこんな声が出るのかと、初めて見た人はきっと驚くだろうが、龍の巣と傭兵団の面々にはすでにいつもの光景になっていた。
「なぁなぁダン! ピコが大きくなったら絶対に理想高くなるよな? もう俺ぐらいできる男じゃなきゃピコもときめかないんじゃないかって話してたんだよ」
次のターゲットをダンに決めたのか、レイルは決め顔をしながら、
「なぁ~ピコ~!」
「なぁ~」
と、先ほどのようにピコとやり取りをしていた。だが急に、裏庭の空気が変わる。
「……は?」
ダンの口元は微笑んでいるが、目は全く笑っていない。トリシアはそれを横目で見ながら、
(ヒェッ……)
とんでもない瞬間を見た気がしていた。ダンはドライなところはあるが、顔や体格に似合わず温厚だ。それこそ怒っているところなど見たこともない。……今の今までは。
「今なんつった?」
「な、なななんでもない!」
レイルも初めての経験だったようだ、冷や汗を流しながら慌てて両手をブンブン振り、先ほどの言葉を取り消していた。
「わかればいいんだわかれば」
そう言って後輩の肩を力強くバンバンと叩いたあと、そのままレイルの肩を握り締める。
「……ピコが結婚なんてまだ早いっ!!」
「イダダダ!! 飛躍しすぎだろ!!」
そんな話はしていない! と、レイルはトリシアに助けを求める視線を向けた。
(面白がってからかおうとするから……)
トリシアは呆れつつも、
「ピコはダンさんを見て育ってるから、きっといい人と一緒になるよね」
と、にこにこしているピコに話を振った。だがダンは、姪っ子の将来を想像した後、
「……ここの住人を全員倒せるような奴なら認めよう……」
小さく呟いた。もちろん、グッと言葉を我慢したトリシアではなく、我慢できなかったレイルからツッコミが入る。
「認める気ないじゃん!!」
ガウレス傭兵団の新人研修は、新人ではなくレイルがしごかれて終わったという話をトリシアは風の噂で聞いたのだった。




