物語の隙間話13 ブーム
冒険者の野営時の食事と言えば鍋である。
どんな肉も野菜も、鍋の中で煮込んでしまえばそれなりに食べられるからだ。特に寒い時期は暖も取れて一石二鳥。
(けどなぁ~続けばどうしても飽きちゃうし……当たり外れがないのはいいんだけど)
食べられるならそれでいい。冒険者の大半はそんな考えだ。つまり、トリシアはマイノリティ。せめてもの抵抗で、鍋の際はできるだけ骨付き肉を入れるようにしていた。
(ゴマダレとは言わない……せめてポン酢があれば)
冬に食べる美味しい鍋が恋しいと、イーグルと二人で黙々と食べながら、ほんのりと思い出していた。
とはいえトリシアは前世も今世もとりたて料理をするタイプではない。『龍の巣』完成後は食事事情が大幅に変わったこともあり、すっかりとそんなことも忘れていた。
「最近冷えますね」
「そうだねぇ~夜は暖かい物がいいね。ティアは何が食べたい?」
そんな折、リリとノノがダンジョン内で食べた鍋でのひと騒動があり、トリシアはフと思い出したのだ。
「美味しい鍋が食べたい!!」
と。幸い、もう食材を持ち運ぶ必要もなく、手間暇かけて調理ができる環境は整っている。
食べたいと思ったらもう止まらない。王都で購入した(クロス夫妻に入手方法を教えてもらったのだ)日本風調味料はすでに尽きており、和風鍋は難しいが……、
「……レモン鍋ならいけるんじゃない?」
この世界、シトロンと呼ばれるレモンに似た果物もある。鍋の味は覚えている、というか前世で偶然作ったことがあるのだ。ブームに乗っかって。その時は鶏がらスープに塩と酒とニンニク、それからもちろんレモンを使った。
(いや~やっといてよかった)
ここで問題なのは鶏ガラスープ……もちろん前世では”素”を使っていた。
(鶏ガラスープは……鳥の骨があればいける……わよね?)
動きをピタリと止め、集中して記憶を呼び起こす。あまりにも真剣な表情になっていたトリシアを見て、ティアは心配そうに、
「どこかお加減でも……?」
ヒーラーである主人に聞く質問ではないと思いつつも、つい口に出てしまった。
「あ、いやごめんごめん! ねえ、料理に詳しいって言ったら誰かな?」
残念ながら冒険者仲間では思い浮かばない。ティアは一瞬考え、
「そうですね……『エディンビアの家庭料理を広める会』の皆様でしょうか」
「それだ!」
そうだそうだ、なんで思い浮かばなかったのか……いつもご相伴に預かってるだけなので、作っている最中のことが思い浮かばなかったとトリシアは内心自分自身に苦笑いした。
◇◇◇
「鶏の骨を使ったスープ? ああ、ブロスのことね? ボーンブロス」
意気込んで尋ねたトリシアに対し、スピンの祖母はなんのことはない、といった反応だ。わりとポピュラーだと聞いてトリシアはびっくりする。
「まあ確かに……鶏は滅多にやらないかも。一番多いのは牛だしね」
「あ、この間のリゾットって」
「そうそう。牛のボーンブロスを使ったわ」
牛とは言っても、トリシアの前世の牛より大きく尚且つ血の気が多い動物だ。
「あれ美味しかった~」
「トリシアさんはグルメよねぇ」
フフフと楽し気に笑いあう。この世界の家庭料理に縁がなかったトリシアにとって、スピンの祖母の料理は母の味に近いものになっていた。
「なにか作るのかい?」
「うまくいったらご馳走します!」
たまには手料理を振舞いたい相手だ。だからどうにかこの鍋が成功するよう、トリシアは鶏ガラもちょっぴりいいものを購入した。
意気揚々と戻って珍しく一階の大きなキッチンで調理開始だ。
(えーっとまずは骨を洗うのよね……)
前世の知識を使って美味しい料理をっ! というのは難しそうだ……ざぶざぶと洗っていく。……この洗い方で正しいのか不安に思いながら。
得意不得意はどうしてもある、と深くは考えない。せっかくならば楽しく作らなければ。
その後の工程はシンプルだ。大鍋に水と骨を入れ、火にかける。そうしてアクが浮かんで来たら取り除いていく。
「いい匂い……!」
トリシアの不安が解消されるような、少し懐かしい匂いのような……、
(いや、ちょっと違う?)
うーんと何度目かの記憶を辿りながら、
「まあいっか! 美味しそうな匂いだし!!」
なんなら別に鍋でなくてもいい気もしてきたが、いいや私は鍋が食べたいのだと自分に言い聞かせ、中に入れる具材の用意を始める。鶏肉に白身魚、それからキノコ類とキャベツに似た葉物野菜……もちろんシトロンも。
(うーん香味野菜も入れたいけど、明日ダンジョン行く予定にしてるしなぁ)
匂いが残りやすい食材は食べるタイミングを考える必要があるのが冒険者。トリシアはこの鍋が成功したら、次の機会に入れることに決めた。
「とてもいい香りですね」
ティアが巣の業務を終え、何か手伝えることはないかとやって来た。
「楽しみにしててね」
ニコニコと具材を鍋に入れ始めたトリシアの手の動きを最初は小さく微笑み、見送っていたティアだったが……。
「……!?」
ティアは我が目を疑った。主人が鍋に果物を入れたからだ。なんも躊躇いもなく。
トリシアはティアの反応には気付かず、スライスしたレモンを綺麗に並べながら鼻歌まで歌っている。
(ベリーのソースなんかは聞いたことがあるけれど……冒険者はいつもこんな食事をとっているのね……食事は鍋が多いってチェイスさんも言っていたし……)
自分の知らない世界があるのだと、ティアは自分を無理やり納得させた。
「なんだ? 何作ってんだ?」
「おかえり! ルークも食べる?」
「いいのか? 腹減ってんだ」
「もちろん!」
キッチンにいるトリシアを見逃さなかった男、ルーク。トリシアの手料理なんてなかなかレアだ。できれば一口でも味わいたい。しかし、
「……!!?」
鍋を覗き込んでギョッと目を見開いたあと、ティアに視線を送った。するとティアもルークの反応を見て、大きな目がさらに大きくなっている。
『これは冒険者の普通ではないのですか?』
『こんな鍋は知らん!』
トリシアの後ろで、二人は口をパクパクとさせ意思疎通を取っている。
「よし! いい感じ!!」
鮮やかな色合いの鍋が出来上がっていた。
(うんうん。わりと理想通りにできたんじゃない?)
はい、どいてくださ~い! と言いながら、トリシアはウキウキと鍋を広めのテーブルへと移動させる。
「……これは? どんな料理なんだ……?」
どう質問してもいいかわからないルークの精一杯の問いかけだった。
「どんな? 見た通りのレモ……シトロン鍋! サッパリして美味しいよ!」
(たぶん!)
三人分の取り皿に、トリシアがこれまた綺麗に鍋の中身を盛り付ける。せっかくならば見た目から美味しくいただかなくては。
「いっただっきまーす!!」
「いただきます……」
「……いただきます」
一人は待ちきれないとばかりに、残り二人は恐る恐る、鍋に口を付ける。
(う……うまっ!!)
自分で作ったからだろうかと、ルークとティアの反応を確認する。
「……うまいな。アッサリしてて食べやすい」
「初めての味ですが美味しいです」
静かに、そして心の底から驚いている二人の様子に、トリシアは満足だ。
「ね! ね! 美味しいでしょう?」
ルークもティアもいったいトリシアの何の知識を使ってこの料理を生み出したのか気にはなったが、ご機嫌な彼女が次々に自分達の皿に鍋の具材を入れようとするので、慌てて今ある分を口の中に放り込んだ。
(次はトマト鍋かな~)
トリシアの前世お料理ブームはその後しばらく続いたのだった。
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