物語の隙間話12 ヤキモチ履歴
とある晴れた日。巣の庭で剣の手入れをしているエリザベートに、トリシアがそろそろと近づいていく。
「……どうしたの?」
いつもとは違う妙な動きに、エリザベートは首を傾げた。
トリシアの方は視線を空に向けたまま、あー……とか、えーっと……と、モゴモゴとしている。だがついに観念したように、
「エリザってさ、王都のパーティ……その、貴族が集まるパーティに行ったことあるよね?」
おずおずと尋ねた。
「もちろん……とは言っても、他のご令嬢に比べたら多くはないけれど」
ここまで言ったところでエリザベートは気が付いた。
「ルークもいたし、クラリス嬢にもお会いしたことがあるわ」
「へ、へぇ~……どんな感じだったの?」
クラリスという名前が出た瞬間、ビクッとトリシアの肩が震えるも、あくまでただの世間話と言わんばかりの答えだ。ルークは今、エディンビアまで彼を追いかけてきた彼女の護衛をしている。とは言っても、ダンジョン周辺の散歩だけだが。
「……そうね。まずルーク。当たり前だけれど今みたいな話し方はしていなかったし、あの顔に能力でしょう? 社交界では非の打ち所がないって大人気だったわ。もちろん、ご令嬢達からもね」
もちろん私は違うわよと、念押しするように目が鋭くなっていたので、トリシアは急いでコクコクと同意する。ルークに関しては似たような話をよく聞いたいたので、目新しい情報ではない。
「そしてクラリス嬢。彼女は典型的な虚栄心の塊ね。他人がいいなと言うものは全部自分のモノにしたいタイプよ」
エリザベートの大きな瞳が今度はくわっと広がった。トリシアにしてみると、彼女が他の貴族に興味関心がないことは知っていたので、彼女が感情を露わにすることが予想外。
「前に話したわね? 私とルークに婚約の話が上がったことがあるって」
もはや黒歴史のような口ぶりだ。彼女はこの辺徹底している。
「で、クラリス嬢がルークに熱を上げていることは今回見ての通りよ。その時期、彼女が私に何をしたと?」
「な、何をしたの……?」
これまでになく真剣な表情のエリザベートに、ゴクリ、とトリシアは息をのむ。
「私相手に喧嘩を売ったの」
ぷっと吹き出して声を上げて本人は笑い始めた。トリシアはぽかんと口を開けている。
喧嘩の売り方はこうだ。
エリザベートのドレスの裾を踏む……のは、逆に自分の足を取られて転んでしまう。
ならばと、躓いたフリをしてドリンクをこぼし、エリザベートのドレスを汚そうとするも、エリザベートはそれを華麗にかわし、そのドリンクは他のご令嬢のドレスが吸収した。それから、
「通せんぼ!?」
「そう。わざとらしく体に合わない大きなセンスを私の前に広げてね。子供のやることなんてこの程度よ」
「何歳の時の話!?」
「クラリス嬢が十歳? いえ、十一歳だったかしら……? もしかしたら九歳かも」
思い出してクスクスとしている。エリザベートにとって数少ないパーティでの楽しい思い出だったようだ。
「陰口は散々言われたけれど、面と向かって私に喧嘩を売ったのはクラリス嬢だけだったわ」
「……面と向かって?」
疑問をそのまま口にするトリシア。だが、貴族社会はもっと陰湿で、陰でつぶし合うのがスタンダードと聞いたことがある彼女は、目の前の当事者がそうだと言うならそうだと思うしかなかった。
「同年代の令嬢達の間では、私がどうやら怪力持ちだっていう噂は流れていたようだし……大袈裟に怖がって私を避けてばかりだったから、彼女の恋の情熱は気に入っていたの」
負けん気が強い人間がエリザベートは好きなのだ。
「それから、肝心の二人の関係だけど」
ニヤリと口角を上げ、視線をそらしたトリシアを見つめる。
「あとで本人に聞いてみたらいいわ」
「えっ!!?」
そう言うと剣をしまい、手を振って部屋へと戻って行った。
(皆がじれったいっていうのはこういうことね)
エリザベートは別にルークを応援していないが、トリシアのことは応援しているので、彼女のために今回はトリシアの求める答えを渡さなかった。
◇◇◇
「……トリシア?」
深夜に帰って来たルークはトリシアが起きていることに驚いていた。なんで一階に? と、不思議そうにしているが、同時に彼女に会えた嬉しさで一瞬声が大きくなる。
「ただいま」
おっと……と軽く口元を抑える。ピコが起きてしまったら大変だ。
「おかえり~」
トリシアは本を閉じながら小声で返す。あたかも偶然を装っているが、トリシアはこの日の晩、ルークが帰ってくるまでずっと待っていたのだ。
「夢中で読んでたらこんな時間! 遅かったね? 今日の依頼はどうだった?」
どうにか自然に聞けたぞと、トリシアはどきどきしながらルークの声に耳を傾けていた。
「ん。いつも通り無事に終わった」
「ほら、知り合いだったんでしょ? なんだっけ? えーっとクラリス様?」
ここにエリザベートがいたら、白々しい……とニヤリとした顔を向けられただろうが、彼女は寝心地のいいベッドの中でぐっすり夢の中だ。
「ああ。知り合いと言っても……パーティで何度か……」
だが、この続きをルークが話すことはなかった。彼は貴族として暮らしていた時の話をトリシアには滅多にしない。それは、彼が貴族としての暮らしはもう捨てたつもりでおり、何より、トリシアが自分を貴族として扱い距離を取られることが嫌だったからだ。彼女が自分から離れる可能性は出来る限り排除したい。
「……ほら、綺麗な人だったし。積もる話でもあったんじゃないかと思ったんだけど……」
トリシアは何が言いたいかわからなくなっていた。思いのほか、自分の知らないルークがいることにダメージを受けていることに気付き、狼狽えていた。
(あああ……私、嫌な女ね!)
自己嫌悪はあれど、今はどうにもならない。ルークへの気持ちを自覚してからというもの、このどうしようもない感情に振り回されて、トリシアは自分にうんざりしている。
「積もる話……? そうだな……この街のことを聞かれたから答えたが……ああ、冒険者向けの貸し部屋のこと、褒めてたぞ。いい考えだって」
「へっ? そんな話したの?」
少しの色気も感じない話題にトリシアは間の抜けた声になっていた。想像と全然違う答えだ。
「冒険者としての暮らしが辛いんじゃないかって思ったんだろうよ。だけど俺がいかに今の生活が楽しいか話したら感心してたな」
「……そっか」
安心感と同時に、トリシアは一方的にヤキモチを妬いて探りを入れた自分をゴツンと殴りたい気持ちになっていた。エリザベートの話から、クラリスという令嬢はもう少し嫌なヤツだと勝手に想像していたのだ。
実際の所、クラリス嬢はルークに愛の告白をしにこの街までやって来ていた。だが、彼女が思った以上にすでにルークは冒険者だった。
彼女の期待する甘い再会なんて存在しなかったのだ。
あまりにもルークが、彼女の知っている彼の表情をしていなかった。幸福で満たされた温かな笑顔。護衛中、かつてパーティで見た氷のような微笑みは一度もなかった。
そんな彼に改めて恋をしたが、彼の話す『家主』に到底かなう気がしなかった。あのエリザベートにだって負ける気がなかった彼女が、だ。
「どうした?」
「……ううん。この貸し部屋、作ってよかったなって」
「ほんとにな!」
ニヒッと笑ったルークにつられるように、トリシアも小さく微笑んだ。
◇◇◇
「なあ! あの時ってもしかしてヤキモチ妬いてたのか……!?」
トリシアと気持ちが通じ合ってからというもの、ルークは時々思い出してはトリシアのヤキモチ履歴を確認するのだ。それはもう嬉しそうに。
「……さあ、どうだったかな?」
なんとなくそれが癪なトリシアは今日も頬を赤らめつつ答えを濁す。
「俺あの翌日、エリザベートに『だから貴方はダメなのよ』ってため息つかれたんだ。そういうことだろ!?」
「え~覚えてないなぁ」
と言いつつ、その時のエリザベートの顔を想像して、トリシアはエリザベートと同じようにニヤリと笑ったのだった。
2025年12月2日(火)
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