物語の隙間話11 偶然に生かされる毎日
これはダンジョンの新階層で新種の魔草が数多く発見され始めた頃の話。
その魔草を偶然見つけたのはとあるD級冒険者パーティ。エディンビアの冒険者ギルドの見解としては、新階層に辿り着けるのはB級以上だとされているので、今回は『本当にたまたま偶然に偶然が重なり……』というのが本人達の後日談だ。
「これリーファの魔草じゃね?」
「あ~疲労回復薬に使われるっていう……」
「王都で高く売れるって言ってたやつか!」
「うちの村じゃ~鍋に入れてよく食ってたんだ」
それは深い緑色の細い葉を持つ香草で、加熱するとニンニクのような香りを放つ。疲労回復を助ける効果があるため、一部の地域では一般的にもよく食べられる薬草だった。
「流石ダンジョン産! 香りが強いな~」
「よく効きそうじゃん!」
というわけで、彼らは深く考えずそれを鍋に放り込み、深く考えずそれを食べた。さらにさらに、近くにいた他の冒険者パーティにもそれをふるまい、全員がその香ばしく、温かな刺激のある鍋を楽しんだ。
食べれば食べるほど彼らの体は軽くなり、体の奥から笑いがこみ上げてくる。
さて、この一団の中に、トリシアの貸し部屋の住人である、リリとノノも含まれていた。彼らは他の冒険者達がにこやかに自分達を食事に誘ってくれたことが嬉しくてたまらず、その鍋の中の魔草を食べた。
通常なら絶対にしない。リリとノノだけではない。他の高位冒険者達もそうだ。新階層で取れた植物を――それも魔草を何も調べず体内に入れるなんてこと。
まさかそんなことをする冒険者が、このエディンビアのダンジョン内に存在すると思ってもいなかったのだ。
「こりゃいい!! 疲労回復どころか肉体強化されてるんじゃねぇか!?」
「大発見だ!!!」
信じられないことに、その鍋を食した冒険者達は、飲めや歌えや踊れや! と大騒ぎしながら、団体で地上へと帰って行った。不思議なことにその間、魔物は一切彼らを攻撃することなく、全員が無事に陽気なまま月夜のエディンビアへとたどりつく。
深夜のエディンビアで、その冒険者達は盾を太鼓代わりにリズムを刻み、剣を恋人に見立て寸劇を始め、目に映る全ての人間と握手をしたり、踊りながら地面に自分の似顔絵をかいたり……地上の人間に、困惑を通り越して恐怖を与えるまでになっていた。
エディンビアの西門で、ご機嫌な冒険者達が決して他人を攻撃することもなく……だが明らかにいつもと違う様子をとっているとなれば、もちろん冒険者ギルドの出番だ。
「なんだ!? 魔物の幻覚にでもかかっちまったのか!!?」
ギルドの職員に泣きつかれたアッシュ(彼はたまたまギルド内にいたのだ)がダンジョンの近くまでやってくると、
「アッシュだ! リリ! アッシュがいる!!」
「アッシュだ! ノノ! アッシュがいる!!」
双子がキャハハと声を上げて笑う姿を初めて見たアッシュは夢でも見ている気分だった。さらに双子はアッシュの周りを手で囲んでグルグルと回り始める。
(こりゃヤバい)
これがいい判断基準になった。
「ト、トリシアを呼んできてくれ!! 他のヒーラーも叩き起こしてでも連れてこい!」
なんとか彼らを両脇に抱え、無理やりヒールをかけながら、アッシュはギルド職員やこの妙な出来事に圧倒されている冒険者達に向かって声を荒げた。その間も、大声で熱唱するダンジョン帰りの冒険者達……。
「アッシュが抱っこしてくれた!!」
「たかいたかいもして!!」
「!!?」
いつもは話しかけるだけでもオドオドとしている両脇の双子が、キラキラとした目をアッシュに向けていた。
「なっ! 幻覚じゃねぇのか!?」
もちろんアッシュは大慌てだ。この手の奇行が見られた場合、ほとんどが魔物からの精神攻撃、もしくは幻覚作用のある物質を浴びたり、魔術をくらっていたり……ヒールで簡単に治療できるもの。
(そうじゃねぇってことは……)
額に汗を感じた。
「おい! こいつら何かに寄生されてるぞ!!?」
「えええええ!!」
付近にいた正常な冒険者やギルド職員、領の警備兵がアッシュの結論にギョッと顔をしかめた。寄生生物の処理は大変なのだ。すでにダンジョンの外へ出たとなれば、どこまで広まっているかわかったものではない。
「ねぇ! ねぇアッシュ!!」
「早く早く!!」
「ああ~! わかった! わかったからちょっと大人しくしとけ!」
双子はアッシュの体をよじ登って肩に座り始めていた。彼らの人生でここまでテンションを上げたことがないからか、どんどん目の焦点が合わなくなってきている。その時、ピョンッ! と小さな白い花が双子の頭から飛び出してきた。
「これか!!」
あっちこっちの冒険者の頭の上から次々とその花が芽吹いていた。寄生生物がしっかりと存在を主張している。
「わかりやすくてありがたいですねぇ……」
あーあ、と声を洩らしながらトリシアも西門へ到着だ。眠気も吹っ飛ぶような光景が広がっている。
「キャー! トリシアが来た~~~!!」
「トリシア~~!! 冒険者の友達が増えたよ~~!!」
「そうみたいねぇ~……」
飛びついてきた双子をなんとか受け止めながら、トリシアは双子の体内の状態を確かめる。続々とやって来た他のヒーラー達もそうだ。お互いの顔を見て、
『いるな』
と、げんなりしている。
冒険者達の魔力と体力がゆっくりと吸われているのが確認できた。ヒーラー達からすると、一般的な寄生型魔物の症状だ。
既に西門は通行できなくなっており、その前に騒動に巻き込まれちゃたまらんと、西門内へと入って行った冒険者や兵士達が続々と連れ戻されていた。
「トリシア~まだなにもするな~」
「了解で~す」
即死はないことは既に分かっている。そのため、アッシュもトリシアも大慌て、ということにはならない。だが寄生生物の場合、強制ヒールで排除しようとすると抵抗され、宿主を傷つけてしまう可能性があった。どうやって取り除くか、これから探らないといけないのだ。
(もう最終手段はスキル使っちゃおう……)
そういう腹積もりもトリシアにはあった。長年スキルを隠し続けていただけあって、彼女はその手のごまかしは得意だ。
今は双子と三人、手を繋いで輪になり、アッシュの周りをぐるぐると回っている。他の正常な者達も一緒に踊らされたり、歌を捧げられたりと対応に苦慮していた。
「くそっ! じっくり体内の状況が確認できない……!」
ヒーラー達は月夜の下で陽気なテンションに振り回されながら、なんとか寄生魔物が体のどこにいるか確認しようとする。だが相手は動くことを辞めずうまくいかない。文字通り一晩中、踊り明かすことになった。
(だあああ! もう無理! リセットしよう!!)
朝日が昇り始めた。奇行冒険者達はなんとか一ヵ所に集められており、その対応にあたった領兵や(偶然居合わせ付き合う羽目になった)冒険者達の顔は、どちらが寄生されているかわからないものだった。
トリシアは目をシパシパさせながら、満面の笑みで鏡合わせのようにお互いの動きに合わせて踊っている双子に触れようとしたその時、
「え?」
ポロン、と頭上の花が落ちたのだ。その瞬間にバタバタと倒れる奇行冒険者達。
「つ、疲れた……」
「眠い……」
やり切った顔で倒れた冒険者達に、『でしょうね!!』という表情でしか見ることしかできないギルド職員達。だがやはり、ホッと胸をなでおろしている。どうやらこの寄生魔物は日光に弱かったようだと。
「……のどが痛い……」
「ほっぺたが……筋肉痛……」
「そうでしょうとも」
双子の様子を見て、トリシアもアッシュも周囲と同じようにげっそりとしながら息をついた。
「ダンジョンはやっぱおっかねぇなぁ」
「それに対抗できる人間も悪運が強いと言うか……」
偶然に偶然が重なり起きたトラブルが偶然アッサリと解決した。
「案外この街じゃ〜俺らの知らないうちにあっちこっちで似たようなことが起きてるのかもな」
「突然の怖い話……!」
考えるのも恐ろしいと、朝日を見ながらヒーラー達は今回の出動ボーナスについて考えながら現実逃避をするしかなかった。
後日、この寄生魔草の件を聞きつけた薬草学者ケイン・ベルトラは、体内にこの魔草をいれると魔物が避ける性質に興味を持ち、一目散にエディンビアへとやってきた。今回の件を根掘り葉掘り尋ねられた双子は、いつも以上に言葉少なに、ただ赤面して頭を抱えたのだった。




