物語の隙間話7 雨の日のすごしかた
エディンビアは比較的雨の少ない地域だ。降ったとしても短時間ザーッとだけ、ということが多い。だがこの年は珍しく四、五日ほどしとしととした雨が続くことがあった。いつもは賑わっているエディンビアの街中も雨の日ばかりは人影もまばらだ。
「ダンジョン内は関係ないけどな〜」
「屋内ですもんね~」
ゴロゴロ宿屋で転がるか冒険者街の飲み屋に入り浸るか……しかし結局手持無沙汰になり、わざわざダンジョンへ入っていく冒険者も多くいた。
だが家のある冒険者は違う。部屋には余計なものがたくさん置かれているので、手持無沙汰とは無縁だ。
巣の一階では、トリシアとチェイスは向かい合って盤上遊戯をしていた。チェスや将棋に似たルールがあり、盤上の駒を進めて相手の『王』を追い詰めるものだ。
(魔術師や回復師や斥候なんて駒があるのがこの世界っぽいわよね)
すぐそばで双子が興味深そうに盤上の行方を追っている。
「うわっ! またトリシアの魔法騎士にやられた……!」
頭を抱えながらチェイスは負けを認めた。本日三度目になる。
「チェイスさん、守るなら回復師じゃなくて王ですよ」
「いや~~~つい駒に感情移入しちゃうんだよな~~~」
そう言いながらも楽しそうに、もう一試合しようとチェイスは駒を並べ始めた。久しぶりの試合にハマってしまっているようだ。
ティアはこのタイミングで二人にいい香りのするお茶を運んできた。主人の連勝が嬉しいのか、どこか誇らしげにしている。
「ティアもやる?」
「いいえ。やったことがありませんので」
「なら俺が教えてやるよ!!!」
二人の会話にもちろんチェイスがチャンス到来とカットインしてくるも、二度目の『いいえ』が飛び出してその話は終わった。
「リリとノノはどう?」
トリシアの声掛けに二人共一瞬嬉しそうに頬を赤らめるが、すぐにふるふると頭を振って、
「……見てるだけで」
「楽しい……」
今日は観客でいることを選んだようだ。
「読書日和だ。外に出なくていい言い訳があるのはいいな」
アッシュが背伸びをしながら階段を降りてきた。ティアが気を利かせてアッシュの分のお茶も用意したものを礼を言って受け取る。そのまま立ち飲みしながら、
「お! 久しぶりに見たなそれ」
「アッシュさんもやりましょーよ」
「え~ルール覚えてっかな~」
眉間を寄せながらその盤上の前に座ったアッシュだったが……。
「魔法騎士餌にして回復師で攻めるなんてありかよ!!?」
「勝ちゃいいんだ勝ちゃな。よし、次はなにか賭けるか!」
はっはっはとアッシュはご機嫌に笑っていた。
(案外このゲーム、性格が出るわね~)
なんにせよアッシュはかなりの上級者。チェイスはボコボコにやられたが、彼よりは強いトリシアでも勝てそうもなかった。
「おし! そしたら最終兵器だ!!」
チェイスは階段を駆け上がり、またドタドタと降りてきた。早朝に帰って来たばかりのルークを引き連れて。
「おはよ。何か食べる?」
突然アッシュの相手をしろと連れてこられてムッとしていたが、もちろんトリシアの顔を見た瞬間それを忘れるルーク。すぐに表情が緩んだ。
「いいから! ここ座って!!」
椅子を引きチェイスはルークを急かした。一刻も早く仇をうってもらいたい。彼はすでにアッシュに五連敗している。
「つーかなんだ? ヒーラーはダンジョン行かねぇのか?」
言われるがまま駒を並べながらルークはトリシアの方に顔を向けて話しかけた。龍の巣のヒーラー三人組がここ数日ずっと家にいることに彼は気付いている。
「雨の日が続くとね~体調崩したり、ぬかるみで滑って転んだりする人増えるんだよね~」
「そうそう。小さい事故が増えるんだよな」
「この街はヒーラー不足だからな~。たぶんそろそろギルド通して一般人のヒールもよろしくって依頼がくるぞ~」
さも当たり前のように自分達の役目を果たそうとするヒーラー達。ルークはふーんと興味のなさそうな返事をするも、思わず口角があがりそうになる。
一戦目。いい勝負だったがルークの勝利で終わった。
「うわ~お手本みたいな試合運びだな」
「見え透いた囮を使いすぎだろ」
トリシアの前ではルークはいつだってカッコつけたい。ふふんと余裕の表情でアッシュを見ていた。
「よし。もう一試合だ」
「もういいだろ」
それよりルークはトリシアが用意してくれた干し肉とチーズの挟まったパンを食べたかった。だがアッシュは引き下がらない。
「勝ち逃げはなしだろ~。今度は勝った方がなんでも一ついうこと聞くってのはどうだ?」
この時、トリシアはなんとなく妙な気配を感じ取った。なぜならトリシアはアッシュが悪い大人だと知っている。
「そしたら俺が勝ったら二度と妙なお願いすんなよ」
ルークもそれを感じ取っている。だが、彼にしては珍しく慢心していた。一試合してアッシュに負けることはない、と思い込んだのだ。命のやり取りのない、気楽なお遊びだと楽しんでいたのもある。なのでもちろん、
「はい! 俺の勝ち~~~!!!」
「なっ! なっ! なんつー卑怯な!」
僅差だがルークが負けた。試合途中、
『そういえばトリシア、前髪切ったか?』
『え~~~回復師の駒、切り捨てちまうのか~~~?』
『そういやトリシア宛てにガウレス傭兵団のとこのレイルって野郎からギルドに手紙が届いてたな~。ラブレターか~?』
等々の精神攻撃を受け、見事にどれもクリティカルヒットしたのだ。
「アッシュさん根性悪すぎ!」
面と向かって批判するチェイスだったが、表情は完全に面白がっている。
「あれ!? ルーク負けたの!!?」
試合の途中で、予想通り龍の巣の近くで転んで頭を打ったご近所さんの治療に駆り出されたトリシアが戻って来た。
「……卑怯な手使われた?」
「……使われた……」
トリシアはこんな風に不覚を取ったと悔しそうな表情をするルークを見たのは初めてだった。彼には申し訳ないが、それが妙に嬉しい。最近、色んな表情をするルークを見るのも彼女の喜びの一つになっている。領地に居た頃は見なかったものだ。
「いや~若いな~~~!」
アッシュは悪びれることなく、
「今度ダンジョン付き合ってくれ。ちょっと行きたいエリアがあってな!」
と、目的を達成したと満足そうに部屋へと戻って行った。
「……パン、温める?」
「いい……」
まだ少しムッとしていたが、トリシアの隣で雨音を聞きながら食べる時間は悪くないようだ。隣の席ではチェイスが双子にこのゲームのルールの説明をしていた。ルークは徐々に穏やかな顔つきに変わっていく。以前よりずっと、まあいいか、と思えることが彼は増えている。
外ではまだ、しとしとと雨が降っていた。
(雨の日も悪くない)
トリシアもルークも、窓の外をのんびりと眺めていた。