物語の隙間話6 フォーチュンクッキー
トリシアの貸し部屋の一階部分にはそこそこ大きな調理場がある。宿屋だった頃の名残だ。調理場の向かいには小さな食堂が開けるほどのスペースもあるので、商業ギルドを通して短期の貸し部屋ならぬ貸しレストランとして使われることもあった。
主に、新しく店を出そうとする料理人達のお試し場としてや、近隣のおもてなし大好きな奥様方が利用していた。
今日そのスペースを使っているのは、まさかの家主と冒険者ギルドの職員達。
「初めて使ったけどいい感じ!」
甘く香ばしい匂いにトリシアは思わずニッコリと口元が上がる。
「あら、美味しそうな匂いね」
「おかえり~」
ちょうどエリザベートがダンジョンから戻って来た。
「ここで料理なんて珍しいじゃない」
「ここのオーブンが一番大きいからさ」
トリシアは自室でたまに料理はするが、あくまで自分とティアが食べる分くらいなので少量だ。
「クッキーを大量に焼いたの! あとで味見してくれる?」
「もちろん。期待できる匂いだもの」
(予算にものを言わせてバターをふんだんに使ったから美味しいはずっ)
なぜトリシアがこんなことをしているかというと、冒険者ギルド職員に泣きつかれたからだ。彼女はもうすぐ常駐ヒーラーを辞める。散々引き留められたが、
『また大変なことになったら手伝うからさ』
と、お茶を濁しつつ。
稼ぎのよさを聞きつけてか徐々にエディンビアにヒーラーも集まりつつあり、少し前までのようにギリギリの人数でまわすことも減ってきているので問題もないだろう、というトリシアの考えもあった。
そんなやり取りがあった後、常駐ヒーラー業務を担当しているゲルトがこうこぼした。
「冒険者が増えすぎてて拠点変更の受付がバタついてるんですよ」
「ああ~ギルドの中、最近ちょっと荒れてるよね~」
冒険者ギルドでは冒険者が拠点を変える度に手続きをする。そうすることで今誰がどこにいるかわかり、拠点での仕事の斡旋や、拠点外からの特別オファーもスムーズに連絡が入るのだ。
到着後すぐに手続きするのがセオリーなので、待たされてイライラとしている冒険者が多い。ここまで待たされるのは彼らにとて初めてのことだった。
(人気のラーメン店?)
と、トリシアが思い出すほど数多くの冒険者が順番待ちをしていた。
「何かいい方法ないですかねぇ……」
自分の担当外とはいってもゲルトもギルドの職員として現状を気にかけていた。
「軽食でも配れば? お腹空いてるとイライラするし」
と、彼女なりに頭に浮かんだ対応策を、ただの雑談だと深く考えずに発言をしたのがまずかった。
「なるほど~確かにそれで騒ぐ冒険者は減りそうですね」
「あ! 当たり付きなんてどう? こう……クッキーの中に小さなメモ書きを入れてね……」
両手の人差し指を出して、このくらいの大きさ……と、トリシアは具体的な大きさを示す。
(フォーチュンクッキー式の当たりクジね)
ちょっとイベントっぽければさらにいいだろうと、冒険者の性質も取り入れたものを提案してみた。
「へぇ! 他所の街にはそんなものがあるんですか」
エディンビア出身のゲルトには目新しく感じたのか、興味津々と表情が明るくなる。
「……どこかの本で読んだのよ」
ニッコリと誤魔化した。
「いやでも、それいいですね! すぐに準備できるし」
「当たりクジはヒール一回無料なんてどう? これも準備いらないし」
それだ! と、声を上げた後、ゲルトは治癒室を小走りで出て行った。そして三十分も経たないうちにまた戻ってくる。
「企画通りました!」
すぐにギルドマスターに相談しに行ったらしい。目下の悩みの種が少しでも解消できるならとすぐに許可が下りた。
「あら~よかったね」
すでに他人事になっているトリシアだったが、
「で、トリシアさん! そのクッキー作れますか!?」
「えっ!!?」
しまった! と、思ってももう遅い。
「できるだけ早く始めた方がいいと思って……とりあえず、最初の何日か分だけでも……!」
「クッキーって言うのはただの例えで、別になんでも……」
「いやいや。中にクジが入ってるってのが面白そうだなって話になって!」
(その感覚はわかるけど!)
まさか自分が作ることになるとは……。ここを辞めることに少々後ろめたさのあったトリシアは、結局引き受けることにするのだが、
「もちろんゲルトも一緒に作るのよね?」
ここで冒頭に戻る。
◇◇◇
バターの香りを感じながら、焼き上がったクッキーの数々を眺めギルドの職員もトリシアもやり切った顔だ。
「ギルドの売店の割引券に、食事券、ダンジョン内地図無料配布……ヒール無料券と目玉はA級パーティ同伴のダンジョンツアー!!? 大盤振る舞いね!」
当たりクジの内容を聞いて驚くトリシアと、やりましたよと得意気なゲルト。
「S級には断られてしまいまして……トリシアさんから頼んでもらえばよかったなぁ」
「殺到して収集つかなくなっちゃうよ」
この当たりクジクッキーは狙い通り好評だった。やはり『当たり付き』というのが冒険者にはウケたようで、ギルド内では笑い声が広がっていた。昨日までの待たされた彼らのギスギスピリピリした空気ではない。
「よっしゃ!! 割引券だ!」
「いいな~~~」
「食事券きたー!」
「マジか! わりと入ってんな!!」
「この焼き菓子うめ~もう一個欲しい~」
「ここの職員が作ったらしいぞ」
そんな会話があちこちから聞こえてきた。
様子を見にギルドの受付付近まできたトリシアとゲルトはホッと胸をなでおろす。特に自分が言い出しっぺの企画が不評だったらどうしようと実は心配だったのだ。
「なーにしてんだ?」
「あ。お帰り」
「どうもルークさん」
ダンジョン帰りに立ち寄ったギルドで予定外にトリシアに会え、ルークはご機嫌だ。トリシアは当たりクジ付きクッキーの経緯を説明する。
「……俺も食べたい」
まさかトリシアの手作りクッキーがあったとは、と声に出さずに顔に出ている。
「どうぞどうぞ」
そういってゲルトが一つクッキーを持ってきた。ルークはサクッと割ってクジを取り出した後嬉しそうに口に運ぶ。彼はクジには興味がないようだった。
「当たった?」
「ん~……? あ……」
指に挟まれたその小さな紙には、
【特賞 A級パーティ同伴ダンジョンツアー!】
の文字が……。
「……」
珍しくどうしたらいいものかとルークは困った表情になっていた。
「……持ってるねぇ……」
笑うべきなのか迷った末、トリシアはそうポツリと感想を呟くしかなかった。