物語の隙間話5 占い師
「最近、離れの市に占い師が来ているらしい!」
ギルドの常駐ヒーラーの交代時間。チェイスは嬉々としてその情報をトリシアに伝えた。
女子はこういうの好きだろ? という風を装っているが、実際興味があるのは彼自身。
「占いって……未来視のスキル持ちがいるってわけでもないですよね?」
もしそうなら国の然るべき職に就いている。もしくは大金持ちのお抱えか、自身が大金持ちか。トリシアの反応は冷ややかだ。
「まーたそんな冷めたこといっちゃって! これはロマンの世界! 恋占いなんて大流行りらしいぞ」
「ええ~……だってここは魔法の存在する世界だってのに占いは不確かなんですよ~? あんまり本気にしすぎてもねぇ」
「魔法の存在する世界? しない世界でもあるのか?」
「んああ! そこは気にしないでください」
チェイスの言う通り、冒険者街でも日に日にその話題をよく聞くようになってきた。
エディンビアは人の出入りが盛んな街だ。冒険者だけではない、商人や物好きな貴族なんかもやってくる。街中にある市では、そんな外からやってきた旅商人が期間限定で店を開いていることが日常的にあった。
「将来のことについて占ってもらったら、剣の指導者なんてのがいいって言われてな~! 第二の人生、そういうのもいいかも」
「トッドさん、面倒見いいですもんね」
トッドはいつも無意識に相手の顔をよく見て会話をしていた。冒険者道具の手入れも丁寧で、寛大な性格だ。同時に悪いことは悪い、と口にできる勇気もある。
(そういうのを見抜いただけなんじゃ……)
と、トリシアはまだまだ冷めた目で見ていた。
またベックは、
「仲間と別行動してること見抜かれたんだ!」
と、盛り上がっていたが……。
(ソロの魔術師って珍しいしな……深刻な顔して天幕に入ってきたら色々察するでしょ)
またもや斜に構えた考え方をしていた。だが、
「仲間関係は問題ないってさ! あまり気を遣いすぎると相手も気にするから言葉できちんとコミュニケーション取った方がいいんだって」
そう安心したようにニコニコしているベックには、よかったね! と声をかける以外ない。
なぜトリシアは占いに対してドライな態度をとるかというと、前世で彼女の友人がとある占い師にハマった末、多額の金をつぎ込んでしまい、ちょっとした騒動になったことがあったからだ。そんなことがあるまでトリシアも純粋に占いを楽しんでいたのだが……残念ながらインパクトのある出来事だったせいか、生まれ変わってもあの時生まれた警戒心は残ったままだったのだ。
「その警戒心は大事よ。けどそういう人ほど一度ハマると大変だっていうわよね」
「うぅ……それ聞くよね~~~」
トリシアお気に入りのカフェのテラス席にはにこやかなお客が美味しそうにお茶を楽しんでいる。今日はエリザベートも一緒だ。二人して期間限定のフルーツタルトを味わっていた。
「貴族の間でも結構あるのよ。実は未来視のスキル持ちだけど、身を隠すために占い師として振舞ってるなんて言ってね」
(うっ!)
ギクリとしてしまうのは、トリシアが自分のスキルを隠してヒーラーとして振舞っているからだ。
「で。ハマったらもう大変。搾り取れるだけ搾り取られて……金品だけですめばいいけれど、領地経営にまで影響がでていたら最悪よ。だから我が家は一切合切占い師と関わることを禁止されているの。……三代前に痛い目を見た方がいてね……」
「あらま」
やはりこの手の話は転がっているものだな、と妙に感心したトリシアだった。
「それで。私は禁止されているから行けないけれど」
「行けないけれど?」
「貴女はそうでないから行けるのよね」
「え!!?」
目の前のエリザベートはお願いモードだ。
「なんだか面白そうだから試してきて感想を聞かせて欲しいの」
「えええ!」
「だって最近じゃあ皆その占い師の話をしているのよ。貴女の目で見た感想を聞きたくて」
結局トリシアはエリザベートのお願いに負けて、渋々……というより(先のエリザベートの発言のせいで)恐々と件の占い師の天幕を尋ねた。中央エリアから少し離れた広場の市の隅にそれはあったが、すぐに場所はわかった。女性が列をなしていたのだ。
(これ、恋占いが人気っていうか……)
目の前にいる占い師を前にトリシアは人気の理由を理解した。
「初めまして。僕はテュラン。君みたいな可愛い迷子を助けてあげられるなんて光栄だな」
「あ……はい」
ゾワァッと鳥肌が立つのを感じたトリシアだったが、頑張って引きつった笑顔を保った。なんで気を遣っているか自分でもわからないが……。
美しくミステリアスなそのテュランという占い師は、冒険者を見慣れたこの街の住人達にとっては新鮮に映っただろう。トリシアと真逆の真っ白な髪色だった。それがランプを反射して妖艶に光る。
「それで今日はどんなことを知りたいのかな? それとも……僕のこともっと知りたい?」
「あ、いえ、それは大丈夫です」
(色恋営業!!?)
「残念。君ならすべてをさらけ出すのに」
「ハハッ」
我ながら乾いた笑いだったなと思いつつ、いたたまれないトリシアはさっさとミッションを終えることにした。
「漠然としてるんですが、将来のことを聞きたくて」
「将来? 僕と一緒になれるかって? あ、うんわかったちゃんとやるね」
ドン引き顔のトリシアを見て、テュランは自分の仕事を全うすることにしたようだ。
「僕には魂の記憶と時間の波紋を読む力があるんだけど、未来の時間軸の波紋はね、ただの可能性なんだ。だから悪い結果でも本人次第で変えられる。それは覚えててね」
そう言ってそっとトリシアの両手を握り目を閉じた。
(へぇ~それっぽいな~。あ、この人まつ毛も真っ白で綺麗~)
などとノンビリ構えていたトリシアだったが、一瞬彼の眉がピクリと動いたのが見えた。そして直後に大きく目を見開いたテュランと目が合う。
「君の魂……ちょっと……」
(え!!?)
まさか前世の記憶があることがバレたのかと思ったが、この反応のせいで相手に情報を与えるのも癪だとポーカーフェイスを崩さない。
「いや……今日は将来の話だったね」
魂の話はこれ以上触れられることはなかった。
「そうだね。なんだか君の未来は選択肢がいっぱいあったよ。君自身が少し迷いやすいからかな? 自分だけでなく周囲のことを考えているからこその迷いみたいだね。これからもそれで大丈夫。おそらくコチラを選ぶと困難が待ち受けてるな、と思ったとしても、君自身が選びたいと願ったものなら結果的にはうまくいくから」
「選択肢……」
小さな声で呟きつつ、内心ワクワクしてしまう自分にトリシアは気付いた。単純に占いの面白さを思い出したのだ。それに、
(なるほど、と思ってしまうのが悔しい~~~!)
上手いこと納得できることを言われてしまった。なんとなく現状の自分に当てはまることも。
「恋の方はそうだな。現状は余裕がないみたいだけど、落ち着いたら踏み出す勇気さえあれば……ってとこだね」
「恋……?」
「苦手なら僕がエスコートしてあげようか? って、うん。冗談さ。それからそうだな……もし誰かを探すことになっても、君の方でできることは少ないかもしれないね。ただこれも信じて待っていれば大丈夫そうだ」
(探す?)
ピンとくることも、ピンとこないことも言われた占い結果だった。
テュランは最初の軽そうな発言とは打って変わって、占いの最中はキリッとしている。そのギャップにやられる女性が多いのだろう。トリシアの後も人気アトラクションのように列ができたままだった。
「また迷ったら僕に会いにおいで。君なら営業時間外だって大歓迎さ」
「ありがとうございました。楽しかったです」
「はは! ならよかった」
お代は大銅貨五枚。冒険者からするとぼちぼちいいお値段である。
テュランは結局一ヶ月ほどこの街に滞在し、ある日突然姿を消した。
最後に彼の姿を見たのは、深夜のダンジョン帰りだったルーク。場所は西門のすぐ側。
「そこのS級さん! なかなか成就せず思い悩むだろうが、なに、キミなら心配いらない。これまで通り相手を大事にしていれば必ず最後は報われる」
「……?」
なんだこいつは? と、テュランのことを全く知らないルークは訝し気な視線を向けただけだった。
「この街では随分稼がせてもらったからね。同じイケメンのよしみでお代はサービスしとくよ!」
そうしてルークはその男が軽やかに去っていくのをただ見送った。
後日、
「詐欺!!?」
「ええ。金持ち連中が随分やられたみたいよ。安価な石を特別な加護が宿る魔石だって言って高額で売りつけたんですって」
エリザベートは口調の割に楽し気だ。
なんでも鑑定スキルや魔術をかけた瞬間にその効果が失われるから気を付けるよう言い含めていたらしい。
「まあ全体では大した額でもないし、彼に騙された側も占い師との時間は楽しかったみたいね。しかたがないってなってるそうよ」
「う~ん。やっぱり占いは楽しいなってレベルでとどめとくのがいいわねぇ」
あらためてそう自戒したトリシアだった。
その頃、次の街に向かう船に乗っていたテュランは髪色が白から黒へと変わっていた。
(エディンビア、面白かったな~。妙な魂持ちもいたし、また会いたいな~)
海風に吹かれた黒髪はランプに照らされたわけでもないのに、またもキラキラと怪しげに光っていた。