物語の隙間話4(SS) 幸運のコインと小さな幸せ
その銅貨を見つけたのはトリシア。
「これって……?」
通常の銅貨とデザインが違ったのだ。一瞬偽造されたものかとドキリとしたが、ギルドからの報酬として受け取ったものなので限りなく可能性は低い。各ギルドでは定期的に鑑定スキルまで使って偽造コインがないかチェックをしているのだ。
(綺麗な刻印だし偽物ってわけじゃないと思うけど……)
コインの裏表に王と王妃の横顔と思われるデザインが刻まれている。
「ん? これは所謂記念コインってやつだ」
巣の裏庭で剣の手入れをしていたルークに尋ねるとあっという間に答えが出た。この国の第八代国王ダリオンと隣国の姫君エステルの婚姻を祝して発行されたものだと。
「へぇ~! 初めて見た!」
「エステルコインって呼ばれてる。幸運のコインってな」
この時期はこの国が大きく発展した時期ということもあり、大変縁起のいいアイテムとして評価されているとルークは頼られて嬉しそうに解説する。
「ダリオン王の治世は交易も盛んになって豊かで平和な時代だった。それに……エステル妃とは相思相愛で、仲むつましい逸話がいくつも残ってるんだ。だからその時代の硬貨が手元にやってくるのは吉兆の前触れだっていうジンクスがある」
それを聞いた瞬間、トリシアがおぉ~! と笑顔になった。偽硬貨と疑ってごめんと心の中で謝りながら、その銅貨を指で撫でる。
その日、トリシアは巣の住人にこの幸運のコインについて尋ねて周った。こちらの世界に生まれ変わってそれなりの年数が経っているが初めて知ったこのジンクスが嬉しくて仕方なかったのだ。
「私が生まれた領では結婚式の日にエステルコインをプレゼントする人もいますね」
「なるほど。確かに結婚向けの逸話だもんね」
ティアも少し珍しそうにそのコインを見つめる。
「一週間以内に使うといいことがあるって言うぞ」
「傭兵団ジンクスだな~」
ダンとアッシュの傭兵団出身組のローカルルールも面白い。
「貯めこんでるやつがいたよ」
「俺、貯めこめなくて結局使っちゃった」
(なんだか『ギザ十』みたいね)
チェイスとベックにもそれぞれ思い出があるようだ。
「ふぅん。初めて見たわ」
「そういえばエリザ。城を出てよく一人で買い物なんてできたもんだわ」
「ふふっ。コッソリ市中での生活方法は調べてたのよ」
鼻高々なエリザベートだが、彼女のことだからわからないことは恐れることも恥じ入ることもなく聞いてまわったのだろう。そういう生命力の高さも彼女には備わっていた。
「……同じ銅貨なのに価値が変わる?」
「幸運を呼び寄せる魔道具みたいなもの……?」
「いや、その、うーん」
双子の方はイマイチこのコインの良さがピンとこないようだった。
「未使用のエステルコインは高値で取引されるんだって」
もちろんトリシアの手にしたそれは違うので、価値は他の銅貨と同じだ。
(スキル使っちゃう?)
いざという時のために金庫に入れておいた方がいいかな? と、ニヤリと笑ってしまいそうだ。
「幸運が約束されてるわけじゃないけど……気持ちの問題ね! 幸運がやってくるって思うだけで嬉しくなるし」
トリシアのその言葉に双子は納得したようだ。
「嬉しいことが……起こる気がするのはいいね……」
「……それが……持っているだけで幸運ってこと……?」
そうして部屋へと戻ると、双子は手持ちの硬貨をじゃらじゃらと広げて同じようなコインがないかを探すのだった。
「あ! トリシアさんいいところに!」
その翌日トリシアが職人ギルドの近くを歩いていると、工房からスピンが飛び出してきた。
「これ。お裾分けです! 親方がいっぱい貰ってきちゃって」
籠の中から甘い香りがほんのりと広がっている。ふっくら丸いその果実を見てトリシアの表情が輝いた。
「わぁ~イチジクだ! ありがとうございます!」
(きゃ~~~! さっそくラッキー効果が発動したわ!)
そうしてそのイチジクを抱えたままご機嫌な足取りで巣へと帰って行った。
その幸運のコインはティアの結婚のお祝いの品のなかにこっそりと忍ばせられるまで、トリシアの部屋の中の小さな小瓶の中で優しく光っていた。
本日、コミカライズ1巻発売です!
ノベルと合わせてお楽しみいただけると嬉しいです!