物語の隙間話3 野良猫
「猫がいる!」
「珍しいですね」
トリシアは部屋の窓にべったりと張り付いて裏庭でゴロンと転がる猫を熱い視線で見つめていた。長毛で尻尾が長い。
(わ〜〜〜〜! なでたいっ!)
ティアも珍しく目尻を下げており、トリシアと同じように考えているのがわかった。
「あっ」
突然三階の双子部屋のバルコニーから、ぴょーいと二人が外へと飛び降りた。
猫の方はすぐさまそれに気付き、あっという間にどこかへと逃げさり、裏庭にはなす術なくポツンとたたずむ双子だけが残されている。
「あらら……」
この世界にも猫がいる。姿もトリシアの前世の世界のものと同じだ。ただ彼女の中でこの世界の猫は、前世の世界の猫より気配を隠すのが上手く、尚且つ俊敏であるようだが、おおむね同じだという認識でいた。
唯一大きく違うのが、
(ごくごく稀に魔力を持つ猫もいるって話だけど)
それって魔物では? とトリシアは思っているがあくまで特別な猫として取り扱われていた。この世界も猫の魅力にメロメロになる人間が多いのだ。
しょんぼりと項垂れている双子にトリシアもバルコニーへ出て声をかけた。
「ちょっとガツガツ行きすぎちゃったね」
双子は気配を消すのが上手い。なのに珍しく大きな音を立てていた。
「……つい焦って」
「思ったより反応が早かった……」
猫が走って行った先を名残惜しそうに見つめたままの残念そうな声がトリシアの元まで届く。
「野良猫かな?」
「この辺りでは見かけたことのない猫でしたが」
「……毛並みは綺麗だった」
「可愛かった……」
ティアの気配を感じてか今度は別のバルコニーから声が聞こえてきた。
「ティアって猫好きなの!? 俺、野良猫の集会場知ってるから見に行く!?」
身を乗り出しトリシア達がいる上の階を見上げているのはチェイス。デートのチャンスは逃がさない男。
「あの猫ならたまにいるぞ。いつも同じとこで寝てるな」
今度はダンだ。ピコを抱っこしたままバルコニーへ出てきた。
(意外と皆猫の情報持ってる……!)
なんだかこの小さな発見がおかしくってトリシアは思わず声を出して笑った。
さらにその日は猫に縁のある日。
夕方、にゃ~という声と共に巣に帰って来たのはルーク。一匹ではない。五匹ほど引き連れて帰って来た。ルークの足元に頭や体をこすりつけてゴロゴロと言っている。
「なんで!!?」
「俺が聞きたい……」
珍しく困惑したような表情のルークは猫を撫でるでもなく立ち尽くしていたが、
「い、いいなぁ~!!」
掛け声と同時に駆け寄って来たトリシアを迎えるように自身もかがみ込み、そっと指先で優しく猫の額をチョイチョイと撫で始める。
「西門付近でも他の猫達が寄って来たからいったん逃げたんだが、近所を歩いてるだけでこれだ……」
困ったと思いつつ、トリシアと隣り合って猫を愛でる時間は悪くない。ルークはこっそり猫に感謝し始めていた。
「あ。また来た!」
昼間裏庭で寝転んでいた長毛の猫だ。
「こいつ、スピンの知り合いだな。チータって呼ばれてたぞ」
この間スピンの実家近くで見かけたと説明しながら、やはりルーク目当てらしいチータを撫でる。
「なんだなんだ。なんの集会だ」
「アッシュさんだ! おかえりなさい」
「お。レクシーじゃねえか」
長毛の猫を見たアッシュからルークから聞いたのとは違う名前が出てきた。どうやらこの近辺をあっちこっち渡り歩く猫のようだ。
「あ……あっ!」
「ね、ね、猫……猫っ!」
「二人共おかえり! ちょうどよかったね!」
双子はコクコクと慌ただしく頷くと、今回は相手を脅かさないようゆったりと猫たちに近付きそっと撫で始めた。
「あー! なにそれなにそれ! なんで猫にまでモテてんの!? ズルくない!?」
騒がしく帰って来たのはチェイスだ。宣言通りティアと猫の集会場所へと行くも不発だったらしい。
「これもなにかのスキルですか?」
「確かにテイマーのスキルが開花した可能性も……ブフッ……」
ティアの疑問に面白そうに声を殺して笑いながらアッシュも猫を撫で始める。
この原因に気付いたのはピコとの散歩から戻ってきたダン。
「マタタビだな」
「マタタビ!」
反応したのはトリシアだ。確かにこちらの世界でも名前を聞いたことはあったが、実物を見たことはなかった。
「最深層まで行ってたの?」
ダンジョンの最深層は魔草が多い。
「いや、新しいルートを探してたんだが……確かに見かけない実のなってる木があったな……」
ルークのマントには葉が数枚紛れ込んでいた。ダンジョン内で生息していたせいか効果も抜群に増しているようだ。
「わっ! ど、どうした!?」
「いや、どんな匂いがするのかなって」
トリシアがくんくんとルークのマントに顔を近づけてマタタビの匂いを嗅ぎ始めたので、マントの持ち主の方は大慌てだ。
「ダ、ダンジョン帰りだから汚れてるぞ!」
「そんなの今更気にしないよ〜」
ここに住む皆がそうでしょう? と、おかまいなしにそのままクンクン確認する。
「わかんないな〜」
ほんの少し土埃と、ほかの薬草の匂い。それからいつものルークの匂い。トリシアの好きな匂いだ。
ルークの反応に大笑いを必死に堪えているアッシュと、不憫そうな視線になっているチェイスを赤い顔のまま半泣きの目で睨みつけながら、ルークは急いでマントを脱ぎトリシアに覆い被せた。
「わっ!」
この醜態をトリシアに見られたくはない。彼は恋する相手に格好をつけたいタイプの冒険者だ。
「風呂入ってくる」
マントに紛れ込んでいたマタタビの葉っぱは双子とティアとトリシアでわけた。
それぞれ、とっておきの自分へのご褒美としてこれから度々登場することになる。