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後日談&番外編11 元相棒の現在

 イーグルはダンジョンの奥底で、昔のことを思い出していた。


 冒険者になることは二人の共通の夢だった。トリシアはお金を稼ぐ為、イーグルは有名になったら自分を捨てた両親が出てくるんじゃないかと期待して。


『……親に会いたい?』

『何で僕を捨てたのか聞きたいんだ。孤児院(ここ)の暮らしは悪くなかったけどね。ただ知りたいんだよ……』

『イーグル……』


 孤児院の前に泣きながら立っている幼い彼を見つけたのはトリシアだった。全身泥だらけで着ている服もボロボロ。握り締めていたのは冒険者が身につける壊れた銀色のタグのカケラ……名前と階級が書かれた部分は割れていてわからなかった。


『多分、どうしようもない理由で仕方なく僕を捨てたんだって思いたいんだ』


 イーグルは寂しさをグッと堪えている笑顔だった。


(この暗闇に入ってどれくらい時間が経ったんだろう……)


 すでに時間の感覚がなくなっていた。何も見えないので壁伝いに先へと進む。ここにいても死を待つだけなのは明らかだった。魔物から命からがら逃げきれたのはよかったが、どうやらダンジョンの隠しエリアに入り込んでしまったらしい。


(……最期にちゃんとトリシアに謝りたかったな)


 必死に謝ったとして、裏切るような真似をした自分をきっと許してはくれないだろう。一発くらい殴られたかもしれない。たいして痛くもない拳で。そしてきっとその後、後味が悪いからとプリプリと怒りながら回復魔法(ヒール)をかける……トリシアはそういう人だ。自分で全て解決してしまう、とても強い人だ。どんな逆境にも屈しない強い精神力も持っている。

 それでも幼い頃から家族のような、親友のような存在の彼女にきちんとした謝罪が出来ないまま永遠の別れを迎えることが悔やまれた。


(ごめん……ごめんな……強いからって……家族だからって……傷つけていいわけないのにな)


『まったく。そこまでボロキレになってやっと気づいたの?』


 そんな、やれやれと呆れるようなトリシアの声が聞こえるような気がした。


——ガコン


 彼女を懐かしみ、そして自分の運命を受け入れ始めたその時、何かを手で押した感覚があった。


「うわぁぁぁぁ!!!」


 足元の地面が急に光を上げ、イーグルは瞬く暇もなくそれに吸い込まれる。


 それは一瞬の出来事。


「……ここは?」


 地面が固い。石畳とは少し違う。灰色の固い地面。顔を上げると、椅子とテーブル、それからベッドが置かれてある。テーブルの上には透明なボトルに入れられた水と透明な袋に入れられたパンが置かれてある。それからフルーツらしきものも。


 明らかに先ほどまでいたダンジョンとは様子が違う。


(……誰かの小屋? ダンジョンの隠し部屋か?)


 鉄の扉にはバツマークが描かれた紙が貼りつけられてある。この扉を開けてはいけないということだろうか。


 イーグルは酷く疲れていたので、家主の分からぬ部屋のベッドを拝借することにした。それに食べ物も。そうして泥のように眠った。


「オイ……オイッ!」

「うわぁ!」


 どのくらい眠っていたかもわからないが、イーグルは女性の声で目を覚ました。見たことのないシンプルな服を着ており、腕には大きな古傷の痕がある。真っ直ぐにこちらを見ていた。彼女がこの部屋の主なのだとわかり、イーグルは慌てて謝罪する。


「すみません! あの……その……ダンジョン内で迷ってしまって……」

「……やっぱり……()()()の言葉だね」

「?」


 いったいどういう意味かサッパリだったが、それがどういう意味かわかった時、イーグルは文字通り腰を抜かした。

 地下にあった部屋から地上に出ると、もわっとした生暖かい風がイーグルの頬を撫でる。目に見える人々は誰も武器を持っていない。武器を置いて外に出るように言われて戸惑ったが、持っていると目立って仕方がないからだろう。人々はその代わり、手には小さな板を持ち、しきりに指でなぞっていた。


「あれは魔物ですか!?」


 突如目の前に、鉄の塊がビューンとスピードを上げて走っていた。だが誰もそれをみて怯えていない。それどころか、鉄の魔物の中には人の姿を確認することができた。


「あれは車ってんだ。まあ……かなり高レベルな馬車型魔道具と思ってくれたらいいよ」

「クルマ……」


 その単語にイーグルは聞き覚えがあった。昔、トリシアが欲しがっていたものだ。冒険の途中、上手く荷馬車に乗ることが出来ず、徒歩移動となってしまった時だった。


『クルマが欲しい~~~もう歩きたくない~~~クルマクルマクルマ~!!!』


 ヒールによって体力を回復することは出来るが、重い荷物を持ち続けるという事実は変わらない。冒険者と言えど、移動は出来るだけ馬車を頼るのが体力的にもいい。


『……クルマ?』

『うーん。馬車より気楽に移動できる魔道具かな……』


 トリシアが駄々をこねるのは珍しいし、その後も度々出てきた単語だったから記憶に残っていた。


「人が乗れる移動用魔道具……」

「なんだあっちの世界にも出てきたのか」

「いえ。個人的に……ちょっと……」


(どういうことだ? なんでトリシアがクルマのことを?)


 女性の名前はニーナと言った。長い癖のあるブロンド髪をまとめ上げ、イーグルと同じくらい長身だった。


「ここは異世界。お前は転移したんだ」

「イセカイ……て、転移……?」

「とりあえず風呂に入ってこれに着替えな。もう少し詳しい説明もしてあげるから」


 ぶっきらぼうな言い方だが、優しい瞳をした人だった。イーグルの戸惑いに寄り添ってくれていることがわかる。


 新たに連れてこられた屋敷は、裏路地をいくつも曲がった先にあった。外観は古いがよく手入れされている。その中の一つの部屋をイーグルは割り当てられた。とても清潔で心地よい空間だった。


(風呂……久しぶりだ)


 トリシアと二人で冒険していた時は彼女がいつも入りたがっていたので、自然と共同浴場に近い宿をとることが多かった。イーグルは一度は情熱的に愛したアネッタではなく、長らく苦楽を共にしたトリシアのことばかり思い出していることに自分でも気がついていた。


「元の世界には戻れるんでしょうか?」


 ある程度異世界の説明を受け、最初にした質問だ。


「今のところはない。私も二十年近く探し続けてる……あの部屋に転移してきたお前みたいなヤツはいるが……帰り道がな……」

「僕以外にもいるんですか!?」

「そう多くはないよ。全員がどこかのダンジョンの隠し部屋から偶然……だ。全員死を受け入れた瞬間にね」


 もちろん私も。とニーナは呟いた。その顔がとても切なくて、イーグルは思わず泣きそうになってしまった。


「トリシア……」


 無意識に、彼女の名前が出てくる。


(もうトリシアには会えない……)


 ついに謝ることは出来なかった。重苦しい現実がイーグルの心を押しつぶそうとしている。


「お前も誰か会いたい人がいるんだな」

「……はい。裏切ってしまった相棒に、ちゃんと謝りたかったんですけど……」

「後悔か」

「後悔というより、人生のやり残しです」


 一度死んだようなものだったからか、自分を捨てた親を探せなかったことに未練はなかった。それよりもずっと、トリシアにもう一度会って面と向かって謝ることが大事だった。生きているのに謝れないなんて。


「心残りってやつか……私もそうだな。その表現の方がしっくりくる」


 遠くを見ながら答えた。


「ニーナさんも?」

「ああ……もうずっと前だが、可愛がっていた弟弟子がいてな……あいつの気持ちがわかっていながら、私は自分の武功を上げようと利用しようとして……向き合うことを避けてたんだ。まあ今じゃあお互いおっさんとおばさんだ! 色恋なんて話にはならないが、それでもあの時の事は詫びたくてね。……自己満足だが」

「自己満足……僕もです」


 そう言って、微笑みあった。 


「あ、あの……助けていただいてありがとうございます。お礼が遅くなってすみません」 

「いいさ。私も同じように助けられた身だ。お前もこれから同じ境遇の人間を助けていくんだよ」


 それからイーグルは異世界に馴染むために苦労を重ねた。言葉も生活習慣も価値観も違った。だが元来素直で努力家な性格が功を奏し、転移して一年も経つ頃には大きな不自由もなく暮らせるようになっていた。屋敷に住む転移者達とも馴染み、イーグルが過去にやってしまった愚かな出来事も話せるようになっていた。


「……そのトリシアって元相棒、転生者かもしれないね」

「転生? 転移ではなく?」

「詳しくは知らないが、魂の転移みたいなもんだよ」


 この世界で生活していると、トリシアが以前欲しがっていた魔道具全てが存在していた。どう考えても偶然じゃない。だがトリシアは赤ん坊のころから孤児院にいる。転移にしても記憶が残っているとは思えなかった。


 ニーナによるとイーグル達の元いた世界にはこの世界の事が細かく書かれた書物があるそうだ。


「その本には転移者と転生者のことも書かれてたんだ。だから私は元の世界に帰る術を今でも探してる」

「こっちの世界には転移や転生者に関する本はあるんですか?」

「ありすぎてわからないんだよ」


 ニーナは腕を組んで困ったように笑っていた。


 彼女の話では、その本には異世界を往復した女性の話も載っていたそうだ。その彼女をニーナは今でも探し続けている。だからイーグルもその手伝いをすることに決めた。


「どれだけ頑張っても報われないかもしれないよ?」


 彼女は困ったような、でも嬉しそうな表情をしていた。このどうしようもない気持ちを共有できる人が出来たからだろう。


「かまいません。いつかどこかでトリシアに会った時、少しでも顔向けできるようにしておきたいんです」

「ああ。そうだ、そうだね」


 ホッとするような声だった。


 こうして、イーグルとニーナの新たな物語が始まったのだ。

 


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― 新着の感想 ―
ついでに双子のお母さんもいたりしないかなぁ
なんと… そうよね、地球から向こうに行けるなら、逆の人もいておかしくないな
のたれ死んでなくてよかったー!! いつかあえるといいね!
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