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番外編&後日談8 探し人

 マルス島。白い砂浜に美しい海に囲まれる、ちょっとした金持ちのリゾート地だ。そこには小さな洞窟型のダンジョンがある。すでに攻略済みだが、今でも稀に隠し部屋が発見されるため、観光がてらやってくる冒険者が多い。

 トリシア達御一行も、王都の帰り道に立ち寄ったことがある島だ。

 

 その島のダンジョンの帰り道、氷の魔術師ベックはリゾート地にあるまじき鬱鬱とした表情のまま、宿屋へとトボトボと歩みを進めていた。


(まあ見つかると思ってたワケじゃないけど……)


 トリシアとベックは、彼がエディンビアを去った後も(ごくたまにではあるが)手紙のやりとりを続けていた。冒険者として移動を続けるベックに、トリシアからの手紙が冒険者ギルドを通して届くことは稀ではあるが、トリシアはずっとエディンビアにいるので、なんとかやりとりは続けられていた。

 二人とも気にしていないフリをしながら、イーグルの行方を探し続けていたのだ。最後にこのマルス島のダンジョンに一人で入って行ったところまではわかっている。

 先にこの島を訪れていたトリシアから、彼の痕跡は見つからなかったと聞いていていたにもかかわらず、ベックは自分の足で探しにきたのだ。


「付き合わせて悪かったな」

「まぁたベックはそんなこと言う〜」

「ちょうどいい護衛依頼もあったことだし、一石二鳥なんだからなんも気にすることないだろ〜」


 パーティの仲間二人は呆れ顔だ。いつものように自分達に気を遣っている。


「でもちょっと妬けちゃうよな。うちのリーダーにここまで心配してもらえて」

「イーグルとは仮パーティを組んだだけなんだろ? どんな奴だったんだ?」


 もちろん二人はイーグルがくだらない理由でトリシアを追い出したことを知っている。エディンビアでは彼らも、ベックを通してトリシアとは仲良くしていた。そうなるともちろん、必要以上にトリシアの肩を持ちたくなるというものだ。いくら自分達のリーダーがお人好しだといっても、そんな相手をベックが心配し続けていることが不思議だったのだ。

 

「いい奴だよ。誰にでも優しかった。まあ、とんでもない間違いは冒したけどな……誰だって間違うことはある」


 今のパーティ二人は、ベックの前のパーティが数々の判断ミスの末に死んでしまったことは聞いていた。強力な魔物を前に引くべきところを引かず、最後はベックだけが生き残ったということを。

 間違いは誰にでもある。だが、冒険者は間違えると死に繋がってしまうのだ。


(あの時、イーグルをパーティに誘わなかったことに後悔はない……けど……こんなこと……)


 最後にイーグルと会ったのは、エディンビアにいるトリシアを訪ねる前だった。彼がしでかしたことに、はっきりと自分の怒りを伝えた。イーグルはとんでもないことをしでかしたんだと。

 だが、イーグルが自分の行いを深く反省し後悔していることはその様子からありありと感じ取れていた。そしてイーグル自身も深く傷ついていることにも気付いていた。


「イーグルは、判断ミスで仲間を失った俺に、最初から最後まで優しかったんだよ。ずっと心配してくれてた。体だけじゃなくて、内面の方も」

「……」


 それを言われると、現在の仲間二人はイーグルのことを悪く言えなくなる。


 仲間を失った直後、唯一生き残ったベックに他の冒険者はあれが悪かった、これが悪かったと、彼が——彼らの仲間が——何をどう間違ったか話したがった。

 それは別に、ベックを責めたかったわけではない。むしろ、だから仕方がないのだと彼を庇う気持ちから出た言葉だ。それに今後のためにも役にたつ。二度と同じ間違いはしないように。

 それがわかっている分、ベックも素直に聞くしかなく、ただただ辛いことが続いた。


——間違いを冒さなかったら、何かが少しでも違っていたら、死んでしまった仲間は今、自分の側にいてくれたのだ


 話しかけられる度にそう考えてしまうからだ。


 だがトリシアとイーグルは違った。

 たまたまその時期二人はベックと同じ街に滞在しており、死にかけで運ばれてきたベックを救ったのはトリシアだった。残りの仲間は、一人は骸も見つからず、一人はすでに事切れていた。


 トリシアはそれから、ベックからしてみるとありがた迷惑な言説から、何かと理由をつけて守ってくれた。


『治療をするから』

『まだ安静にしていた方がいいから』

『誰かいたらゆっくり休めないでしょ!』


 そう言ってピシャリと冒険者達を追い払った。

 そうして彼が死んだ仲間を思い出してどうしようもなく苦しい時、ただ黙って隣にいてくれた。ベックはその時期、一人でただ悲しんでいたかったり、一人で仲間を失ったという事実を抱え込めなくなったりと、不安定な時を過ごしたが、徐々にその波も小さくなっていった。


 回復した後、ベックはその時全てを失っていたので、せめてトリシアへの治療費は払わなければと再び冒険者業を始めた。こういう時、魔術師は有利だ。体が回復していれば再び戦うことができる。剣を調達する必要がない。


 そこでしばらくトリシア、イーグル、ベックは仮のパーティを組んで活動した。

 ベックから見るイーグルの第一印象は、トリシアに一から十までやってもらっている剣士……だったが、一緒に活動すると、その印象を持った自分を恥じた。むしろイーグルは過小評価されやすい、そうなのだとわかった。

 穏やかで謙虚で真面目、冒険者には珍しいタイプだ。


『この間までゲルバッド(蝙蝠の魔物)倒すのにかなり時間がかかってたけど、今日はあっという間だったよ……! あれ!? ベックがいたから!?』

『俺はあっちのゲルバッドやってたからそっちのはイーグル一人でやったんじゃないか』

『そうか! 集中してて……いや、周りが見えてないのはまずいな……』


 努力を惜しまず、コツコツと経験を積み、自分の実力が上がっているのをこっそりと喜んでいるような青年だった。立ち回りが上手くなく、それを本人が自覚もしているので対外的なことをトリシアに任せているのだとわかった。


 たまにベックがイーグルに、ポツリポツリと死んだ仲間のことを話すこともあった。

 トリシアとイーグルと楽しく生きて冒険者を続けている自分が許せなくなって、誰かに傷つけられなくては、という変な焦りからきたものだったが、イーグルはいつも少し泣きそうな顔をして、一生懸命言葉を紡いだ。


『どうしたって……たとえ命をかけたって変えられないことがあるんだ』

『理不尽な不幸ってのはどうしたら避けられるんだろう』

『いつまで苦しめば後悔から逃げ切れるのかな』


 イーグルは必死にベックの苦しみを肯定した。それでいて、どうしても彼が……少なくとも彼だけが悪かったわけではないのだと伝えようとした。


——自分が悪くなかったなんて思ってない。だけどそれでも、どうしたってしかたがないことだったんだって……後悔しながらでも生きていていいんだって言ってもらえると、救われる気がしたんだ


 ベックの方が子供のように泣き出したくなる思いだった。


「俺、あの時もう少しイーグルと一緒にいてやればよかったって後悔してるんだよ」


 すべてを切り離して、彼がくれた優しさを返すべきだった。いつでも感謝している相手に恩が返せるわけがないことは、ベックが一番よくわかっているというのに。


 彼が他人を思いやれる人間だと、ベックは知っていた。トリシアに対してイーグルがしでかしたことは決して許されない。酷い裏切り行為だ。だがそれは、家族に対する甘えのようにも感じていた。

 それでも傷つけて許されるわけではないが、唯一イーグルが、心の底から気を許していた相手への甘えからきた行動にベックには思えた。


(トリシアもそれをわかってる……だから探しにきたんだろ)


 ダメでも、せめて弔ってあげたい。そういう気持ちが湧いていた。


 宿屋について、ゴロンと小さなベッドへと寝転がる。冒険者宿にしては小綺麗で、シーツもしっかり洗濯してあるのがわかった。


「なあ。トリシアの貸し部屋が恋しくないのか?」

「恋しいけどまあ……冒険者宿も慣れたもんだし」


 いや、本当はとても恋しいと思っている。やはりゆっくり休める環境は重要だ。だが彼はまだまだ今の仲間と一緒に世界中を冒険したかった。そちらの方が大事だった。


「でもベックさぁ〜エディンビアに行った後からヒソウカンが減ったよな」

「悲壮感? 難しい言葉使うな〜」

「暗い影が減ったってこと!」

 

 ムっとしたり茶化したり、ベックの仲間二人がケラケラと楽しそうに会話を続ける。


(暗い影なんかあったかなぁ……)


 と、自覚のなかったベックはぼんやり考えていると、

 

「まあ確かに。寝てる時うなされなくなったよな」

「え!? 俺、うなされてたの!?」


 不思議なことにダンジョンや魔の森ではそんなことはなかったが、なぜか冒険者宿で寝ると彼はしょっちゅう悪夢にうなされていた。

 だがトリシアの貸し部屋で数ヶ月過ごして、どうやら心はともかく体の方はしっかりと休息がとれたのが彼にはいいことだったようだ。 

 

 翌日、仲間の一人が大ニュースだと嬉しそうにベックに報告した。


「あそこの酒場のマスターから聞いたんだけどさぁ!」

「お前また昼間っから大酒飲んで……」


 ベックが呆れるようなジトォっとした目をしていると、


「まあまあ! なんでも、マルス島のダンジョンに入ったはずが、全然違う街のダンジョンから出てきたヤツがいるんだってよ!」


 学者の間では全てのダンジョンは繋がっている、という説を唱える者がいることを彼は聞いたことがあった。


「しかも何も一人の話じゃあねえ! ここ百年で三人っていうんだから、可能性はあるんじゃねぇか!?」

「おぉ! 生きてどっか遠くの国に飛ばされてるかもしれねぇぞ!」


 仲間達はノリノリだ。彼らもベックにはいつも明るい顔でいてほしい。


「そうか〜じゃあダンジョン攻略続けるしかないなぁ」


 そんな仲間の気持ちが嬉しくて、ベックもケラケラと笑って見せた。


 ベックは少し迷いながらトリシアに手紙を書く。

 この不確かな希望と期待がトリシアと自分の後悔を長引かせることになるかもしれない。だが、それでも自分達にはまだこの希望が必要だと彼は知っているからだ。

次回更新は10月14日(月)を予定しております。

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