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番外編&後日談7 お兄ちゃん

 エディンビア家の長男エドモンド、そして次男のエドガー。エリザベートの兄二人である。嫡子は次男のエドガーだ。これはこの世界ではそれほど珍しいことではない。

 この世界ではお家騒動を避けるため、単純明快に長子に家督を継がせると決めている家が多いが、魔力とスキルの有無でより家にとって条件のいい子供を嫡子にすることはもちろんあった。しかもこの場合、男女は問わない。


『魔力もスキルも遺伝は関係なさそうなんだよねぇ』


 トリシアの体感では貴族の方が多少魔力やスキルを持つものが多いが、それは幼少期の魔力暴走で事故死する割合が貴族の方が少ないからだと結論づけていた。魔術の教育係や腕のいい回復師(ヒーラー)が貴族の子供の側にはいるのだ。だからいよいよもって魔力保有の条件がわからない。


◇◇◇


「あ、ああああああ兄上! エリザベートが領地を出ると……ど、どうすれば……あ、領主権限で出ることを禁じて……も、門兵にすぐに連絡を!」

「落ち着け。エドガー」


 アワアワと慌てふためいてる弟を、落ち着いた声でエドモンドはなだめる。


「母上とは話してきた。了承済みだ」

「領主代理の私は了承していません!!!」


 もはやエドガーの様子はパニックに近い。兵を集め、ダンジョン近くでエリザベートを拘束しようとしてすでに返り討ちにあっていた。

 たまたま一緒にいたトリシアと、騒ぎの連絡をうけ駆けつけたアッシュによって怪我人もすぐに治療されたが、もちろん周囲は何事だと大騒ぎ。


『エディンビア家による戦闘訓練のパフォーマンスだ〜お前らダメだろ〜ぼーっと眺めてないでちゃんと反応しなきゃよ〜』


 アッシュによって咄嗟に捏造されたイベントを冒険者達はアッサリと信じた。彼等はお祭り騒ぎが大好きだ。だがもちろん、アッシュもトリシアも妹大好き領主代理のエドガーが大暴走していることに気づいたので、脳内で二人して頭をかかえていたのだった。


「無駄に怪我人を増やすだけだ。これ以上はやめておけ」

「では兄上が行ってください! 兄上なら止められます……!」

「エリザベートが冒険者として高みを目指すなら、これは必要なことだ」


 キッパリと告げる兄を見て、エドガーは項垂れていた。


「S級になるまで城に戻るな、なんて条件を出すんじゃなかった……」


 しかもつい最近、


『S級は諦めろ。お前程度では無理だ。大人しく殿下と結婚して幸せになれ』


 などと言ってしまったせいで、妹に新たな火がついてしまったことにももちろん気づいている。

 彼は勉強家で頭もいい、口も達者だ。なのにどうしてかいつも妹相手には失言ばかりを繰り返している。


「……もうスキルに振り回されていた頃のエリザベートではない。心配は無用だ……順応性が高いことも貸し部屋での生活を見ていてよくわかっただろう」

「あの貸し部屋は特殊ですよ兄上! 下手すると我々より便利な生活をしています!」


 あの貸し部屋がなければエリザベートは早々に領城に戻ってきたに違いない! と、またエドガーは息巻き始めたので、


「髪を売ってまで金策をしたんだぞ……意地でもどうにかして生活したさ」

「うっ……」


 そうしてまたショボショボとエドガーは萎んでいった。伊達メガネを外し、執務机に突っ伏して弱気モードだ。


「やはり兄上がエディンビア家を継ぐべきです……私では到底()()を幸せにできない」

「いいや。お前が適任だよ。皆わかっている」


 先程までとは違い、エドモンドは少し困ったような優しい声になっていた。


 エディンビア家の現当主である彼らの母は生まれた頃から病弱だった。それでも当主になったのは、他の兄弟がことごとく魔物との戦いの末命を落としたからだ。


『時代が悪かった。どうもダンジョン内が安定しなくてね。小さな魔物の氾濫(スタンピード)が頻発していたんだ。私は病のせいでほとんど城から出なかったが、兄や弟は被害の確認や、現状打破のためにダンジョン周辺で対策を講じている最中に相次いで……』


 そして病に臥してばかりの彼女に当主というお鉢が回ってきた。結局後継者の相次ぐ死に、領内の不安が増大し荒れ、彼女は体に鞭打って領政に取り組んだ。

 だから彼等の母は冒険者ギルドとうまく手を結ぶことにしたのだ。領の騎士や兵士は領地の防衛を重視できるようにし、ダンジョンに関することは冒険者ギルドにも大きな権限を与えた。幸いなことにギルドマスターも協力的で、彼女は冒険者が金を稼ぎやすくするために魔物の買取所も作り、場合によっては()()()を出してこの街の冒険者の数を確保した。


 そうしてどうにかダンジョンも落ち着いた頃、次は夫を亡くしてしまう。王都への道中、魔物に襲われたのだ。本当は彼女が行くはずだった。彼女の夫は第三子を妊娠中の妻を心配し、代わりに王に謁見するためだった。


「あの時の母上のように、人前では領主としての強さを見せ涙も流さず強くいることなど私には無理なんです……でもきっと、兄上やエリザベートにならできる……兄妹の中で私が一番弱いんです……そうだ……兄上がお嫌ならエリザベートが領主になればいい……」


 ウジウジとした泣き言が続く。彼は自分の()()()がコンプレックスだった。兄は若くして剣技を極め、妹は特別なスキルを持っている。


(いや違う……兄上は父上が死んでから眠る時間すら惜しんで剣を振り続けていた……エリザベートは小さな頃から力をコントロールしようと遊ぶ暇すらなく同じ動作を繰り返し繰り返し続けていた……)


 兄妹の今は過去の努力によるものだと側にいた彼が一番知っている。


「それでもお前が一番この領地に必要だよエドガー」


 反応しない弟を見て兄はしかたないと、とっておきの話を始めた。


「エリザベートが令嬢達のお茶会でカップの取手を折ってしまった時、心無い言葉をたくさん浴びせられていただろう?」

「はい。その後何度もそのことを持ち出して……あの小娘達っ!」


 思い出しただけで怒りのエネルギーが沸いたようだ。机から起き上がり、拳を握りしめている。


「だがエリザベートは少しも腹を立ててはいなかった。それは知っているな」

「それはエリザベートが素晴らしく寛容で我慢強いからです!」

「いいやあいつがなんと言っていたか教えてやろう……」


 そうして心を落ち着けるようにエドモンドは小さく息を吸い込んだ。


『いつでもあの取手のように彼女達の指を壊すことが出来るのに、なにを怒ることがあるでしょうか?』


 あくまで彼女は強気だった。令嬢達など相手にすらならない、つまらない存在だと言いたげに。


「そんな娘が領主になったとして、いつ大問題を起こすか……私は心臓がいくつあっても足りないだろう」


 呆れるような声だった。 


「か、過激だなぁ……」


 エドガーもその意見には同意するしかない。


「私に至っては戦いしかわからん。父上が亡くなって考えることから逃げたのだ」


 エドモンドは言い切った。そうして嫡子(責任)を弟に押し付けた。


「強化スキルを持つダンジョンボスの討伐のため、事前調査をおこなったことを覚えているか? ガウレス傭兵団とルークに依頼したものだ」


 エドガーが肯定するようゆっくりとうなづく。


「あの時、私自ら行けばいいと思っていた。実際そう提案したのだ。難敵を相手にするなんて楽しそうだとすら思っていた。亡き伯父上達のことなど忘れてな」

「あの時は焦りました……」


 エドガーは領史を事細かに記憶していた。かつて伯父達が亡くなった際、領が荒れ母が苦労したことももちろん。同時に領民達もその時の不安を覚えている者が多いことも察していた。


「お前が止めてくれてやっと思い出したよ。我々は簡単に死んではいけない。それが領の安定にも繋がる」


 それぞれにそれぞれの役目がある。その役割は彼等が生きているからこそ機能しているのだ。少なくとも今はまだ。


「私とエリザベートがそうやって簡単に命をかけられるのは、お前がいるという安心感があるせいだな。苦労をかけてすまない」

「……簡単にかけていいものではありません……命も、苦労も……」

「はは。それはそうだ」


 不器用な兄に慰められたことがわかったエドガーは、少し照れくさそうに頬をかいた。


「すみません。子供みたいに駄々をこねました」


 伏し目がちに兄に礼を言ったかと思うと、


「私は私のやり方でエリザベートの()()を阻止します」

「……え?」


 兄の励ましによって、弟は再び本来の自分に戻ることができたのだ。

 それはそれ、これはこれだとエドガーの目には闘志がみなぎり始めていた。どうにかしてこの地に妹を止め、彼女を近くで見守ろうと。できれば彼が唯一妹の相手として認めるリカルド王子との婚約話も進めてしまいたい。そんなことまで考えていた。


「この領地でエリザベートを徹底サポートしてS級に……いや、手っ取り早く冒険者ギルドに高額支援……今のギルドマスターじゃ買収は難しいか……ルークとパーティを組ませるという手も……いっそリカルド殿下の手を借りて王命を持って……」


 ブツブツと不敵な笑みを浮かべ作戦を練り始めた弟を見て、兄は吹き出して笑いそうになるのを堪えた。

 兄エドモンドはその弟に倣って頭を使うことにした。母親にチクったのだ。


「エドガー。自分の婚約の話を進めるまで、妹に関する権限を全て剥奪する」

「え……えええ!? いや、母上それはあんまりです!」


 現領主は嫡子の主張をほんのカケラも受け入れない。


「兄として妹に手本を見せてから口出しなさい」


 有無を言わさぬ物言いだった。


「あ、兄上は!?」

「だからエドモンドも結婚なり婚約なりするまではお前に意見するのは禁じた。これで公平だろう」


 現領主の切実な悩みだったのだ。彼女の子供達はことごとく結婚に興味がなかった。それぞれが領のために働く自分を楽しんでいる。


「そんな〜〜〜!」


 エディンビア女領主は夫の肖像画に目をやり、


「おかげで私は楽しいけれど。どうしたものかしらねぇ」


 そう話しかけた。

次回9月30日(月)更新予定です

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