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番外編&後日談6 上を目指して

 エリザベート・エディンビア。彼女は世界最大級のダンジョンを有するエディンビア侯爵家の一人娘。この国の年頃の貴族の娘の考えることといえば、流行のドレスの色、珍しい宝石、より良い結婚相手、お茶会の話題……。もちろん彼女が普段考えている内容とは隔たりがある。


(魔物の捕獲ってなんでああも難しいのかしら。やっぱりさっさと倒して素材採取の方が簡単でいいわ)


 最近は魔物を捌く姿も様になってきた。


 生まれ育ったこの領地で冒険者をやっているエリザベートだが、彼女は現領主の母と次期領主の兄からは厳しい条件の末に普通の令嬢と違う人生を歩むことを許された。


「エドガーお兄様ったら……S級になるまで領城には帰ってくるな! って言ったくせに何度も呼び出すのはやめてもらいたいわ」


 プリプリとしながら龍の巣へ返ってきたエリザベートをトリシアが苦笑しながら迎え入れる。


「まあまあ……エドガー様もちゃんと理由(依頼)を用意しているんでしょ?」

「それがなおさら腹立たしいのよ。寂しいなら寂しいと言えばいいの!」


 兄の気持ちは本人に筒抜けになっている。


「次はここまで会いにきてもらうわ!」

「えぇぇ〜! それはちょっと……」


 エリザベートはくすくすと笑っていたトリシアに、仕返しとばかりのいつもの挑戦的な笑みを浮かべていた。だが、今日の彼女はいつもと少し違う。すぐに真顔へと変わってしまった。そして、珍しく弱音のような言葉が出てくる。


「……ねえ。私、S級冒険者になれるかしら」

「どうしたの……? 何か言われた?」


 トリシアはもちろん心配になる。こんなエリザベートは見たことがない。いつだって誇り高く自信満々だ。だが今は少し自嘲的な微笑みになっている。 


「ルークはあっという間にS級になったんでしょう?」


 ルークをライバル視しているエリザベートにしてみれば、冒険者になってあっという間にS級になった彼との差を感じずにはいられない。冒険者になって見えた現実だった。


「なにか足りない? ルークにあって私にないものってなにかしら……」


 指を唇にあて真剣な顔になっている。


「そしたらその道のプロに聞いてみる?」


 トリシアは一瞬迷ったが、彼女がただ愚痴を聞いてほしいだけではなく、具体的な解決策を探してもがいているのだろうと、余計なお世話と思いつつ声をかけてみた。


「……ルークに尋ねるのはイヤよ」


 ちょっと拗ねるような態度だったが、トリシアはどうやら自分の行動が正解だったのだとホッとする。


「アハハ! 違う違う! アッシュさんに聞くの〜」

「階級付けする側って……貴女、意外と大胆ね!」

「ええー! だって一番確実じゃん!」

 

 そうしてトリシアとエリザベートはとっておきの酒を準備し、二人して龍の巣の入り口でアッシュの帰りを待ち構えた。


◇◇◇


「S級への昇級条件か〜」


 アッシュは彼女達の作戦にまんまとハマり、注がられるままに酒を呑んでいる。


「そんなにポンポンS級になられちゃたまらねぇよ〜この街(エディンビア)、ちょっと前までA級冒険者出しすぎだってあらぬ疑いかけられてたんだぞ〜」


 前ギルドマスターによってその疑惑はすでに解消されてはいるが、双子にダン、それにアッシュ本人と立て続けにA級という冒険者の実質トップまで上り詰めた者が続出したので、過大評価、もしくは賄賂でも蔓延っているのではないかという話にまで発展していたのだ。


「A級じゃなくてS級の話をしているのよ。そのお酒呑んでるなら誤魔化さないでちょうだいな」

「えぇ〜誤魔化されてくれよぉ〜……」


 が、アッシュはお酒には逆らえないようだ。


「昇級の正式な基準は秘密だが……今のS級連中のこと調べればまあなんとなくわかるんじゃねぇか?」

「直接会ったことがあるのはルークだけなの」


 S級は極端に数が少ない。またルークのように拠点を構えてそこから動かない者もいたため、貴族といえども関われるとは限らない存在だ。


「あ! 私あの人見かけた! えーっと……相手を動かせなくするスキル持ってる人!」

「ヴァリアスな〜」


 アッシュはどうやら会ったことがあるような口ぶりだった。

 S級にはルークにヴァリアス、それにあらゆる魔物を使役する人間嫌いのテイマー、飛行魔術を使いこなす引きこもりの魔女、死の軍団を持つ享楽主義のネクロマンサー、神出鬼没の世界を跨ぐテレポーター……等々、噂には聞くがなんだか凄そう、程度の知識なのが一般的だ。 


(そういう意味では最強のフィジカルを持っている御令嬢エリザベートも肩書きじゃあ引けを取らない気もするけど)


 だがアッシュに言わせてみれば、やはりエリザベートがS級に上がるにはまだまだ時間がかかりそうだという話だった。


「A級以上は強いってのは当たり前。大前提だ。まあそれは問題ないだろ」


 フフン! とエリザベートは得意顔だ。実際、冒険者を始めてさらに実力をつけているという実感が自他共にある。そして、それはさらに伸びるであろうことも。


「んで、A級になるやつは大体強みを持ってる。リリとノノは圧倒的に強い。周りもよく見えてるから余計な被害もない。場所も状況も選ばず強いヤツはなかなかいねぇから……討伐ならどんな依頼も回せる。最近じゃあ護衛依頼も問題ない」


 確かに彼らは海の上でも器用に魔物を翻弄していた。


(そういえばノノはヴァリアス相手にルークを攫ったんだっけ……)


 具体的に例を思い出してみると、アッシュの言う通り彼らの凄さがわかってくる。


「ダンにいたっちゃあ〜ギルド側は頭が上がらねぇよ〜他所に行かれたら俺泣いちゃう! あんな見た目で誰とも揉めねぇしよ〜。長期は引き受けないってのに護衛依頼が殺到してんだぞ〜……冒険者はつい前に前に攻撃をしたがるけど、ダンはそういうのないしな〜アイツの守りは鉄壁と言っていい!」


 素晴らしい! と、アッシュはどんどん酔いが回ったような話し方になってきた。


「んで、俺の凄さは置いといて……エリザベート様! ダンジョン内の新規ルート開拓数と魔物の討伐数は毎月トップクラス! まさにエディンビアに貢献しておられる!」

「ちょっと面倒くさい酔っ払いになってきたわね」


 冷たい言葉を吐きつつも、エリザベートは嬉しそうだ。


「それで、私に足りないものはなんなのかしら?」

「そりゃあ経験ですよ〜……!」


 アッシュはすっかり酔っ払っていた。エリザベートが酔わせた甲斐があるとニヤリと悪い笑顔になっている。やっと欲しい情報が出てきた。


「経験? 対魔物に関してはかなり積んだと思うけど」

「そういうんじゃなくて〜……怖い経験! 絶対絶命! みたいな経験したことないだろ〜? 多分冒険者の中ではかなり稀だな〜最初から強いから仕方ないだろうけど〜」

「……ルークもそうでしょ?」


 この意見にエリザベートはなかなか納得いかないらしい。


「いや、アイツはあるね! 俺の勘がそう言ってる!」


(あるのかな……?)


 トリシアも思い当たる節がない。


「勘って……ずいぶん不確かな話ね」

「だってぇ〜ちゃんとした昇級条件は魔法契約で言えないようになってんだもーん」


 そしてついにギルドマスターは眠たそうな顔つきになってきた。


「まあそういう経験でひよっちまうやつは結局それまでで……一皮剥けるかどうかのキッカケの有無というか……」


 どんどんアッシュの声が小さくなっていく。


「トリシア。お金は払うわ。アッシュにヒールを」

「はーい」

「うわぁ〜待った待った〜気持ちよく酔ってるからぁ〜……」


 しょぼしょぼの目をしながら一生懸命両手を振ってトリシアのヒールを逃れようとしている。


「じゃあもう少し身のあるアドバイスをいただけるかしら?」

「えーっとえーっと……S級になるようなやつは依頼の好き嫌いはあれど、どんな依頼でもちゃんとこなす力はあるぞ〜」


 酔っ払っているはずのアッシュがニヤリと挑発的な目になった。わかってるだろう? と言いたげに。


「……魔物の捕獲も護衛依頼もやれってことね」

「そういうこと〜……」


 ついにエリザベートは納得したようだ。

 

「ありがとう。ためになりました」

「どういたしまして〜……」


 そこに帰ってきたのがルークだ。


「まーた酔っ払ってんのか……」


 一番最初に目に入ったアッシュを見て眉を顰める。


「あ! おかえりルーク!」

「た、ただいま!」


 アッシュに水を運んできたトリシアに気づくとルークは酔っ払いの存在を即座に忘れたようだった。デレデレと頬が緩んでいる。


「修羅場……? あーアレかな〜海龍との海中戦のことだな」

「は? なに? 海中……海龍ですって……? 地龍ではなくて?」


 エリザベートは怒気の含んだ驚き方をしている。今の自分には難しい案件だからだ。


「あれは流石に焦ったな〜……海中での戦闘中だと呼吸がどれくらい持つかわかんねぇし。やっぱり水の中じゃ相手が上手だしな。人間とは体の動かし方も違うし……」


 アッシュを部屋に運んだ後、エリザベートに促されてトリシアが尋ねたのだ。怖い経験の有無を。そうするととんでもない話が出てきた。


「ギルドに……報告は?」

「そういや近くにギルドがなかったから後回しにしてそのままだな」


 その時のエリザベートの悔しそうな顔と言ったら……。


 本当のところルークがこの世に生を受けて一番恐怖を感じたのは、トリシアの秘密を知った日の出来事だ。

 彼女が魔物に襲われ、今にも大きな牙で喰い殺されそうになっているあの瞬間ほど恐怖を感じたことは後にも先にもない。彼女の代わりに魔物の口に自分の手を突っ込んで事なきを得たが、あんな怖い思いを二度は耐えられないとより自分の研鑽に励むようになった。

 もちろん、そんな話はトリシアにも誰にも話せないが。


「トリシア。私、少しエディンビアを離れようと思うの。少しよ。少しだけ」


 翌日、エリザベートは目の下にクマを作っていた。彼女はエディンビアのために冒険者として働くと決めていたが、この街に止まって活動を続けるより、より上を目指すために一度離れることを決めたのだ。新たな経験を積む。生まれ故郷以外で。親元を離れて。それが結局エディンビアの役に立つ自分に近づくという結論を出した。


「頑張ってね!」


 寂しいが、トリシアも長らく冒険者をしてきたので新たな経験から得られるものの大きさも知っている。彼女の望む未来のために、気持ちよく送り出したかった。なぜなら……、


(領城とリーベルト様(第二王子)が荒れそうねぇ〜……)


 そのあたりは簡単に予想がついたからだ。


 そしてそれはまた、別の話。

次回は9月16日(月)を予定しております

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかエリザベートも旅に出るとは思わなかった エリザベートとルークと主人公の3人は絶対に長期の年単位で街を離れるとは思わなかったので驚きと今後の王子が追っかけるのかエリザベートの帰る場所を…
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