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番外編&後日談5 遠距離恋愛

 チェイスは愛する犯罪奴隷ティアに会いに行くために、今日も王都とエディンビアを往復する馬車に揺られていた。


「ウェイバー治療院の坊ちゃんが一緒なら安心だ」


 乗り合わせた商人の男は少し大きめの手荷物を抱えている。彼らの乗っている馬車は、普通の乗合馬車より人数も少なくゆったりとしていた。


「坊ちゃんってやめてくださいよ〜。俺、もういい年齢なんだから〜」


 ウェイバー家は治療院では珍しくなかなか商魂たくましい。王都とエディンビアの往復馬車を運行している馬車業者と手を組んだ。能力お墨付きな跡取り息子(ヒーラー)の乗ったエディンビアと王都の往復便を売り出したのだ。


「お! じゃあそろそろ嫁さんもらうのかい?」

「それは〜……ひ・み・つ!」


 おどけていたが、内心は複雑なチェイスだ。愛する女性は犯罪奴隷。結婚は許されない。どれだけ愛していても彼女とは一緒になれないのだ。王都で成功している治癒院の跡取り息子である自分の将来を、両親や実質ウェイバー家のトップである祖母はどう考えているのか……流石の彼も怖くて聞けないままでいた。


(ティアに会いに行ってるのはバレてるのに、何にも言われないのがまた不気味というか……)


 ただ家族はティアの境遇に同情的で、彼女を貶めるような発言は一度も聞いたことがない。大昔、父の親友が冤罪で犯罪奴隷となり、過酷な環境に耐えられず命を落とした話は聞いたことがあったのでそれが関係しているのではないかと勝手に予想していた。

 

(とりあえずきちんと稼いでりゃしばらくは文句言われなさそうだし……)


 チェイスもチェイスなりにティアとの将来は考えていた。王都に戻った後、やっぱりティアがいない生活には耐えられないと実感し、想いをつらつらと書き連ねた手紙を送った時、彼も覚悟を決めたのだ。


(家族が何も言えなくなるくらいキッチリしっかり稼いでやる!)


 『結婚』という形に縛られなくてもいい。ただずっと一緒にいれたら。お互いが一番と思える間柄であれば。それで。

 だからすぐに新しい事業をスタートさせた。金持ち相手のエディンビア行き古傷治療旅行だ。実力も金持ちウケもいい冒険者の伝手はこれまでに作ってきた。ヒールの実力も磨いてきた。古傷の治療がやたらと得意な冒険者との関係もバッチリだ。


(コレまでの出来事すべて、ティアと一緒になるためだって気がするなぁ)


 そうして美しい犯罪奴隷の顔を思い浮かべながら、一人で運命を感じてニヤニヤと浸っているのだった。 


◇◇◇


「ティアと一緒にいることを許してほしい!」


 エディンビアに舞い戻りティアの()()()であるトリシアにそう言って頭を下げた時、彼女は面食らったような顔をしていた。トリシアはチェイスがティアを奴隷として扱っていないことはわかっていたが、ここまで徹底していることに驚きを隠せない。


「ティアを買い取らせてくれって言われると思ってました」


 トリシアの部屋の来客室で、彼女はポソリと声を漏らした。


「そんなこと言うかよぉ〜〜〜俺はティアに愛されたいの! 主人に向ける愛じゃなくて男として愛されたいの!」


 買い取るとかそんなの絶対嫌!!! とチェイスは強く否定する。その上で、自分がウェイバー家として実績を積んだら王都で一緒に暮らしたいからその許可を貰いたいのだと再度頭を下げた。


「私はもちろんティアがよければ」

「でもティアほど優秀な管理人はいないだろぉ〜トリシアも絶対困るじゃん!」


 そうやって今度はいかにティアが有能で美しいか惚気始めた。それでトリシアはチェイスが自分が彼のお願いにノー! を言うことがないとわかりきっているのだと気がつき、思わず笑ってしまう。


「まったくも〜〜〜私が断らないと思ってますね〜〜〜!?」


 チェイスはトリシアがティアを奴隷扱いすることを嫌っているのをよく知っていた。ティアに関することならなんでも知っていたかったのでそのことがよく理解できていたのだ。


「まあでもほら、一応形式的にさ……どの道ティアが奴隷じゃなくっても、一緒になるってなったら家族に話は通すだろ?」

「へぇ〜そうなんですか?」

「まあ王都の自由恋愛だとそんな感じだな」


 予想外に興味を示すトリシアに今度はチェイスが笑ってしまう。


「そっちはどうなってんの〜〜〜?」

「……その件はそのうち……」


 トリシアは表情を読まれないように急いで両手で顔を覆う。


「えーーー! 楽しそうな話題じゃん!」

「今はまだなにも聞かないでください〜〜〜!」

「それを言われたら聞くしかないだろ〜〜〜!」


 そう面白がって追撃しようとした時、ノック音の後ティアがお茶のおかわりを持って入ってくる。そうしてそのままギロリとチェイスを睨みつけた。美しい凍りつくような冷たい瞳で、主人に何をしてるんだとばかりに。


「ちがっ違うんだよぉ! ちょっと揶揄っただけ!」

「左様でございますか」


 チェイスは焦っている。ティアがヤキモチから怒りのオーラを出しているならいいのだ。だがそうでないのをよく知っている。これは主人に迷惑をかける元住人に対する怒りだ。


(俺は……トリシアを超えられるだろうか……!?)


 ウェイバー家の治癒師としての実績の前に、最愛の人の心をこちらにしっかり向けさせることができるかどうか……それもどうにかしなければならないことに今更ながら気がついたのだった。トリシアとティアが主人と犯罪奴隷という絆以上の関係を築いていることはわかっている。お互いがお互いを大切にしていた。


(ティアが……王都での俺との生活じゃなくてトリシアとの生活を選んだらどうしよう……)


 と、急に心配になることもしばしばあるくらいだ。

 もちろん彼はプライドもなく本人にそんな不安をたびたび漏らしていた。ティアは初めこそ、そんなことはない。貴方のことも心の底から想っている、と恥ずかしそうに俯きながらチェイスが不安がらなくていいと伝えていたが、それに味を占めたチェイスは頻繁に彼女の恥ずかしがる顔見たさに何度も同じことをしでかしたのだ。

 終いにはティアに、


「ご主人様に勝とうなどと思わないでください」


 と言われてしまうことになる。


「そ、そんなぁ〜〜〜」


 そうしていつもの情けない声を出す羽目になるのだった。


 その場面にたまたま出会したトリシアは、


「家族を大切にするのと、家族以外の人を想う気持ちはちょっと色味が違いますからねぇ〜比べるのも難しいし酷ってもんですよ」


 と、笑いを堪えながらフォローしていた。


 そんなチェイスも、トリシアがティアの名誉を回復するために国王に謁見すると聞いた時、いよいよ腹を括った。ティアを救うのが自分ではなかったことに、いつもとは違い強く不甲斐なさを感じて苦しくなったが、それよりも自分にはやるべきことがあると両手で自身の頬を叩き気合いを入れる。


「一緒になりたい人がいるんだ」


 王都の屋敷の執務室、ウェイバー家の一番の権力者である祖母にそう告げた。心臓が口から飛び出しそうなほど緊張している自分にも驚くが、今はそれどころではない。


(冒険者になる! って啖呵切ってた頃が懐かしい……)


 王都で治癒院を経営することがどれほど難易度が高いか理解していなかったからこその行動だった。もちろん今のチェイスは祖父母や両親の苦労がわかっている。自分が犯罪奴隷と一緒になりたいということが、ウェイバー家にとってどれほどの打撃になるかもわかっている。だから余計に心臓の動きが激しくなるのだ。


「トリシアさんのところの奴隷ね」


 案の定、祖母にはまるっとバレていた。相手は驚くでもなく、呆れるでもなく孫の目をまっすぐ見つめている。チェイスは祖母の感情が読み取れず戸惑いながらも、ただコクリとゆっくり頷いた。


「そう。では住むところを考えないと」


 この建物内には住めないものねと、敷地内にある物置小屋を潰して……いや離れを建て直すか……とウェイバー家の家長が一人思案を始めた。


「え!? え!!? それだけ!?」

「冤罪といえども犯罪奴隷でしょう。清潔な寝床くらいしかしてあげられることはないけれど」

 

 あまりにあっさりとした成り行きに、チェイスは言葉が出てこない。

 

「他の誰が反対したってあなたが一緒になると決めたならどうせ実行するでしょう」


 いつもの呆れるような祖母の声でやっと気を取り戻したチェイスは、


「あ……いいの? え? 本当に……?」

「トリシアさんのところの奴隷なら私に不満はありませんよ。……彼女が奴隷でなければどれだけよかったかとは思いますがね」


 そのあと小さな声で、まあそれすらどうにかなるかもしれないし……と小さく呟いた声は今のチェイスには届かなかった。


「俺が言うのもなんだけど……いいの? ほら、評判とか……跡取りとか……」


 恐る恐る尋ねるチェイスに、ウェイバー家の家長は投げつけるように返事をした。


「そんなの私の知ったことではありません。あなたがこの治療院を引き継ぐのだから、その後のことはあなたが考えなさい」

「え!? ええええええ!!?」


 チェイス、本日二度目の仰天だ。まさかあの厳しい祖母がこんな風に言うだなんて。

 

「まあそもそも、その答えの用意もせずに私に話をつけに来たとは思ってはいませんけどね」


 そんな彼女は驚き慌てる孫の顔が面白かったのか、ついに無表情を崩し笑い始めた。


「も、もちろん! 皆が納得するとは思ってはないけど……」

「結構」


 その答えで彼女は満足なようだった。


「別に我が家は貴族でもなんでもないわ。ただ家族が充分な生活ができるくらい稼ごうと努力しているだけ」

「けどほら。成金治癒院だとか、偽善団体とか言われて腹を立ててただろう?」


 これはチェイスが心配しているというより、ティアがなにより気にしていることだった。自分の幸せの代わりにウェイバー一家が苦しむことになるのだけは嫌なのだ。


「そりゃあ私だって腹くらい立てます。……だからって患者の数は減ることはないし、あなた達がもっと評判をあげようと頑張ってくれていますからね」


 患者は治癒師の実力を見て選ぶことが多い。家格はいいが能力の低い治癒師に治療を受けるよりも、色々と噂を聞いたとしても人当たりがいい、実力のある治癒師のいる治癒院に行きたいに決まっている。患者にとってきちんと()()ことがなにより大事なのだから。


「跡取りが奴隷に入れ込んでるってくだらない噂にはまたきっと腹を立てますけど、それを覆そうとあなたが頑張ることは目に見えています。たいした心配はしていませんよ」 


 そうして今度は優しく微笑み、


「いい人がいてよかった。大切になさい」


 かわいい孫にそう告げた。内心、元来ふらふらとしているこの後継者のことが心配ではあったのだ。しかし、王都に戻ってきてからと言うものこれまでカケラも感じなかった責任感というものをチェイスの中に感じるようになった。一途に想い続ける相手のためにあれこれと思案し行動する姿をみてずいぶん安心していたのだ。


「……うん! あ、いや、はい!!!」


 チェイスは目に涙が溜まっていたが、唇を噛みグッと堪えていた。今この時くらい、感極まっているとはいえ泣いている姿を見せたくはなかった。カッコつけたかったのだ。


◇◇◇


「ティアってチェイスさんのお祖母さんにちょっと雰囲気似てるとこあるよね」


 ちょうどその頃、ティアはエディンビアにあるトリシアの部屋の中で二人のんびりお茶を飲んでいた。


「……ご主人様もそう思われますか……自分で言うのもなんですが……そんな気はしていました」


 ティアはいつもの無表情を崩して口元が上がっている。


「チェイスさん、表情以外からも愛情を読み取るのがうまいのかな〜」

「……そうかもしれません」


 祖母のお陰か本人も気づかない特技になっていた。それでティアの一見冷たく見える態度の中からも本人の気持ちを汲み取ることができている。


「けれど私もそろそろ、態度を改めようと思っているのです」


 そういって硬い頬をぐにぐにとマッサージし始めた。ティア本人は最近自分の長年染み付いている冷たい表情をどうにかしようと四苦八苦しているのだ。だがそれを見てトリシアは思わず笑い出してしまう。あまりにもイジらしく、あまりにも可愛いらしい。


「そんなことしたらチェイスさんの心臓もたないよ」

「!!?」


 どういうことだろうとティアが目を丸くしていると、窓の外からアッシュの声が聞こえてきた。


「おーいティア〜〜〜! 王都から……チェイスからまた手紙だ〜〜〜! あいつも熱心だなぁ!」


 トリシアはすぐにティアにアイコンタクトした。少しでも早くその手紙を受け取りたいだろうと。


「すぐ戻ってまいります……!」

「いいよいいよ。ゆっくり手紙読んできて」


 満面の笑みでペコリと頭を下げティアは部屋を出ていった。


「マッサージの効果出てるなぁ〜」


 そう言ってトリシアは自分の頬をぐにぐにと触ってみるのだった。


次回は8月26日(月)の予定です。

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