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番外編&後日談1 出自を探る旅2

 双子のことを知るラルフと遠く離れたエディンビアで出会えたのは、本当に幸運だったと言える。


「ほらこれ! 母ちゃんに届けてくれ。連絡寄越せっていつもうるさくって……ついでにお前らの母親の墓のことも書いてるからよ」

「ありがとう……」


 北門の馬車停で双子はびっくりした表情でその手紙を受け取った。もちろんこの手紙がラルフの厚意であることに気付いている。


「ほれ、これも持って行け。飲み物やスープに一滴入れたら体がポカポカ温まるからな」


 同じく見送りに来ていた薬草学者のケインが双子に赤茶色の小瓶を渡した。

 ケインは最初の護衛以来、双子をとても気に入っており、エディンビア近郊で活動する際はいつも彼らを指名している。彼はちょうど、エディンビアに新設されている魔法薬の研究所の立ち上げに協力するため滞在していた。


「フィリス村は寒いからなぁ」


 ラルフがいいものもらったなぁとニコニコと双子の方を見ていた。


「嬉しい……」

「……うん」


 目じりが下がり、感動するようにその小瓶を握り締めている双子を見てケインは照れつつぶっきらぼうにまた声をかける。


「ワシの特製だ。風邪に気をつけていくんだぞ」


 そうしてそのやり取りを見たトリシアは、ぶわっとこみ上げる感動を覚えていた。


(ついにあの子達もここまで他人と関係を作れるように……!)


 双子の良さを周囲がわかってくれたことがまず嬉しい。そして双子が周囲を頼り、相手の厚意(意図)に気づけるようになったことも嬉しい。

 そうして大きく手を振って旅立つ彼らを見送った。


 リリとノノが幼少期を過ごしたフィリス村はこの国の北の山間にある。エディンビアからはかなり遠い。さらに道中、彼らは腕利きのA級冒険者として、あちこちから声をかけられた。もう何を考えているかわからない不気味な双子の冒険者ではなくなっていた。

 本人達もそのことが嬉しくて精力的に依頼を引き受けたので、結局村に辿り着くまでに二ヶ月経っていた。


「あらなんだい? 冒険者か珍しい」


 雪の積もるフィリス村に着くとすぐ年配の女性に声をかけられた双子は、もうこれまでのように狼狽えたりはしない。……こっそり深呼吸をする時間は必要ではあるが。


「あの、ラルフのお母さんを探していて……」

「……あの、石工の……」

「ええ!? アンタ達ラルフの知り合いかい!?」


 その女性をよく観察すると、この村に行くきっかけをくれたラルフとよく似ていた。大柄であることと、驚いた表情が特に。


「もしかしてラルフのお母さん……?」

「……僕達……ラルフの友達の……」


 『友達』という単語を出した途端、ノノは顔から火が噴きそうなほど恥ずかしくなった。おこがましいのではと思ってしまったのだ。ラルフとは再会してあまり一緒に過ごしたわけではない。だが自然にその単語が出てきた。そしてそんな様子をリリは横目で見ている。


「あらやだそうだよ! あたしゃラルフの母親さ!」


 そうしてリリからラルフの手紙を受け取ると、大袈裟に目を見開きその場で読み始めた。彼女の瞳が文字を追って慌ただしく動いている。

 双子は少し居心地悪そうにそれが終わるのを待っていた。


「アンタ達あの鍛冶屋の双子かい! まあこんなに大きくなって! ……生きててよかったよ……」


 フッと優しく緩んだその表情にはもう警戒心はなかった。それどころかラルフの母親はギュッと双子を抱きしめ、再会を喜んだ。双子は面食らっていたが、同時に温かで力強い彼女の腕の中はとても心地よく、大人しくされるがままになっていた。


「ディリスの墓はちょっと遠くにあってね。明日案内してあげる。今日は我が家でゆっくり休みな」

「あ、ありがとう……!」


 双子はペコペコと頭を下げた。宿屋がないほどの小さな村だ。双子は雪の中でも野営する気満々だったのだが、この寒さも久しぶり。ラルフの実家の厚意に素直に甘えることにした。


 にこにこと歩く彼女の後ろについて歩きながら、村の様子を懐かしそうな目で双子はキョロキョロと見まわしていた。あまり覚えてはいないが、ほとんど変わっていないように感じた。

 途中、村人に会うたびに双子は温かな抱擁を受けることになる。ラルフの母親が逐一彼らのことを説明したからだ。


「短い間だったが、ディリスとバルテスには皆なにかしら世話になったからねぇ」


 冒険者もあまりやってこないこの小さな村では、魔物が出る度に犠牲を払ってきた。だが双子の母親の活躍や、父親の作った武器や罠によって状況はよくなり、昔より安心して暮らせるようになったのだと懐かしそうにラルフの母親は話していた。


「……あまり覚えてなくて」

「そりゃまだ小さかったからね! そんなもんさ」


 ラルフの実家には彼の母親と兄夫婦の一家が住んでおり、ラルフの姪っ子甥っ子にあたる子供達が、滅多に来ない外からの客人にキャッキャとはしゃいでいた。

 部屋の中は暖をとるための魔道具が置いてあり、それがほどよく部屋を温めている。


 ラルフの実家であちこちの家庭から双子宛てに届けられた夕食をいただきながら、各人が双子一家の思い出を語る。ほとんど知らない、覚えていないことばかりだったが、温かな懐かしさを感じることができる話ばかりだった。

 そうして夕食の皿がほとんどなくなった頃、意を決したようにリリが尋ねる。


「あの……母の名前はディリス?」

「ああ。……アタシらは皆そう呼んでたよ」


 双子の父からは母の名はディールと聞いていた。名前を隠すなんて、やはり訳ありだったのだ。ただこの村の人は全員それはわかっていたので、今更双子の質問に誰も動じることはない。


(ということは、父さんとユニの名前も……)


 双子の父親は彼らの母親のみ本当の名前を教えていた。母の顔を知らぬまま成長する彼らへせめて伝えたかったのかもしれない。

 

「アンタ達、お母さんにそっくりだね。瞳の色はお父さん譲りみたいだけど」


 双子の深緑の瞳が、ランプの灯りを受けキラリと光る。


「そうなんだ……」


 双子はお互いの顔を見合わせた。


「鏡がなくてもすぐにわかっていいねぇ」


 そう小さな女の子から楽しそうに指摘され、双子も優しく微笑んだ。


◇◇◇


「これが……母さんの」

「……思ってたより綺麗」


 村からかなり離れた森の中に雪の積もった綺麗な墓石が建てられている。十年以上も放置していたのだからきっとボロボロなんじゃないかと思っていた双子は素直に驚いた。誰かが管理してくれているのは明らかだ。道案内してくれたラルフの兄が、村人が雪が積もる季節の前に誰かしらが整えに来るのだと双子に教えてくれた。


「この村を守ってくれた人だからな。オレも小さかったけど、あの日のことはよく覚えてるよ。皆怯えててこの世の終わりだと思ったら、ディリスさんとユニさんがたくさんの雪狼の毛皮持って帰ってさ」


 その少し前に近くの村が同様に襲われ、村人がほぼ全滅したという話が周辺に伝わっていた。その対策のさなか、雪狼の足跡を見つけた人々は混乱状態に陥っていたのだ。


「そういえば姿はディリスさんに似てるけど、雰囲気はユニさんに似てるな。物静かな感じ」

「ユニは……最後まで一緒にいてくれたから」

「そっか。あれで結構面倒見よかったもんなあの人!」


 その後、ユニが村の娘たちの憧れの的になっていた話や、ラルフが双子の父親の作った武器に感動して鍛冶職人を目指しエディンビアへ行ったことを面白おかしく話してくれた。


「ちなみにラルフの初恋はノノで、その次がリリだぞ」

「「!?」」

「アハハ! だからずっと会ってなくても気づいたんだろうな~」


 双子は揃って混乱し、どう反応していいかわからなかった。

 

「帰り道はわかるな? 暗くならないうちに戻って来いよ」


 そう言ってラルフの兄はまた村へと戻って行った。二人だけにしてくれたのだ。ゆっくり話したいこともあるだろうと。


「ラルフ……普通だったね」

「……うん。ルークとは違った」


 彼らはルークがトリシアに取る態度とラルフの態度を比べていた。どう考えても違う。人間付きあいが得意ではない双子にだってわかる。ルークは明らかにトリシアのことが好きだとわかる態度だが、ラルフの態度からはそんなことは読み取れない。


「時間が経つと、気持ちも変わるってやつ……?」

「……そうかも。いい思い出っていうやつだと思う」


 少ない知識を総動員して、双子は他人の気持ちの変化を考える。


 双子は武器を地面に置き、墓石に積もった雪を優しく払った。


「祈り方って……どうするの?」

「……手を組んで目を瞑るんじゃない?」


 だがそうしようとした瞬間、墓石の足元が急に光を上げたのだ。とっさに双子は地面に置いていた武器を取り後方に退くが、


「あ……」


 武器についた魔石も呼応するように光り始める。


 二人は顔を見合わせ、再度恐る恐る母親の墓に近づくと、勢いよく地面から小さな魔石が飛び出してきた。リリがうまくそれをキャッチし、小石のような黒い魔石をノノと二人で覗き込む。まだ小さく光っていた。


 その後は驚きの連続だ。

 その小さな魔石から板状の明かりが浮かびあがって来たかと思うと、自分達によく似た髪の長い女性の顔が出てきたのだ。石の方からは声も聞こえてくる。


『もういいの?』

『……ああいいよ』


(父さんの声だ!)


 だがそんな気持ちに浸る時間もなく、まるで本物のような()は動き続ける。


『リリ、ノノ。久しぶりね。あなた達の母親よ!』


 母親と名乗るその女性はちょっと照れ笑いをしながらしゃべり続けた。


『あまり時間がないからサクっと言うわね。これを見ているということは、何かしら自分達のことを知りたくなってここまで来たんだと思う』


 うんうん。と相手が自分達のことを見えているかわからないが双子は頷いた。


『私達一家は逃げ続けてここまで来たの。なんで逃げてたかって言うと、あなたのお父さんが王様になりたくなくってね。私、実は暗殺者なんだけど、お父さんに惚れちゃったから殺したくなくって。ということで、二人で逃げることにしたのよ!』


 アハハと大笑いしている母親と名乗る女性をみて、双子はただポカンと口を開けて話の続きを待った。


『それでなんで今こうやって()()を残してるかって言うと……もう私はあなた達に会えないかもしれないから……』


 そこで少しばかりその女性は涙ぐんでいた。ズズッと鼻をすする音も後方から聞こえる。父親の方だろう。


『お母さん、今からその国ぶっ潰してきます!!!』

「「!!?」」


 突然の宣言に双子は今度は目を見開いた。

 女性は、握りこぶしを固く結んでいる。やる気満々といったところか。


『いつまで経っても追いかけてくるし、あなた達に何かある前にね。……ねえ国名言ってもいいかしら?』

『ハハ……二人がこれを見てるってことはどうせこの国はないんだしいいんじゃないかな?』


 また父の声が聞こえた。


『聖ドレスティア王国よ! 王族の血を引くものは贅沢な生活の代わりに生贄になるの! 神龍に捧げるためにね! 生贄が多ければ多いほど国家は栄えるとされているわ……だから追っ手が本当にしつこくって……』


 双子はハービーが勉強している内容を少しだけ教えてもらったことがあった。周辺国家の状況だ。その中に確かに今聞いた名前の国があった。とても小さく未知の国家だが、近年なぜか滅んでしまった。そうしてそのまた近隣の国に併合されたと。


『お母さんは他の誰より何より家族が大事なので、絶対にやりとげるわ!』


 その結果はわかっている。おそらく途中うまくいかなかったのか、追っ手がこの村までやってきたが、いち早く気付いた父親とユニによって、ディアスの魔の森に身を隠すことができた。そしてそのあと、確かに母はやり遂げたのだ。家族を、自分達を守ることに。


『リリ、ノノ、大好きよ。ずっとずっと大好きよ。これは変わらない。それだけ知っておいてね』


 そうしてバチンとウィンクをした。


『……ねえ。僕のことも言っておいてよ』


 今度はユニの声だ。双子はまた懐かしさがこみ上げてくる。


『ユニはあなた達の叔父さんよ! 追っ手だったくせに可愛いあなた達を見て寝返っちゃったの!』

『ち、違う! 追っ手が強力だってことを伝えろよ! 僕がこれから稽古をつけるからきっとヤバさがわかるはずだ!』


 照れているユニの声をはじめて聞いた。双子は今度は揃って笑ってしまう。

 そうして女性がその板状の光から消えたかと思うと、父とユニ、そして小さな子供を二人連れてまた現れた。


『これがあなた達の家族よ! どうか忘れないで。そしてこの世界を楽しんでね!』


 優しく微笑む父と、いつもより少しぶっきらぼうなユニと彼に両手で抱っこされはしゃいでいるよく似た双子の子供が映っていた。


「びっくりした……」

「……ね」


 魔石は光るのをやめ、黒かったはずが透明に変わっていた。もう握りしめてもなにをしても、光を放つことはなかった。


 リリもノノもお互いの頬に流れる涙にふれることはなかった。ただそれぞれ、家族の姿を思い返してしばらくそのまま立ち尽くした。


 半年後、無事龍の巣に()()()()()際、またもや仕事にかこつけて滞在していたチェイスにその話をすると、


「ほら! アッシュさんの変なところが双子に移った! そんなにポンポン貴族や王族の冒険者がいてたまるか!」


 と、軽くキレられてしまった。


「俺のせいか~!?」

「平民の活躍の場奪ってんじゃねぇ~!」

「それって信じてるってこと?」


 そうやってワイワイと巣で騒ぐ仲間たちの姿を、双子は愛おしそうな目で眺めていた。


※次回更新は6月10日(月)の予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よくあるパターンだと神竜さんも生贄?知らんし、いらんし、迷惑でついでにワシ神じゃないしで、母親のお掃除手伝い?
[良い点] いい思い出ってやつだと思う。 [一言] 今回は、この一言がラストシーンにも当てはまるのかな? もっと読みたいです〜
[一言]  お母さん、実は無事だといいな。
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