後日談&番外編1 出自を探る旅1
「……母親?」
「母親……?」
夕食の席で、双子のリリとノノはトリシアの問いかけに一生懸命過去の記憶を掘り返していた。今日は彼らに誘われて、双子の部屋で食事をとっていた。なんと双子の手料理だ。その日たまたま巣にいた住人が誘われた。肉料理が多く、やや薄味で、どれも美味しい。
「あぁ! そんな思い悩まないで! 覚えてるのかなぁって思っただけだから」
トリシアは双子の父親については聞いたことがあった。腕のいい鍛冶屋で、誰かから逃げていたと。
(誰から逃げてたんだろ)
それは双子も知らないままだ。
「トリシアは……覚えてる?」
「ぜーんぜん! 生まれたての状態で捨てられていたらしいわ」
生みの親のこと、気にならなかったわけではない。捨てられていたという事実はショックというより、このなにもわからない未知の世界でトリシアを心底心細くした。無条件で得られると思っていた親という味方がいないということだ。
理解のあるフリをして、両親にも色々あったのだ、売り飛ばされなかっただけマシだと思い込んで過ごしていた。それに前世の記憶があるトリシアにしてみたら、もしも今世にも両親がいたとして、親が4人いることになって少し戸惑ったかもしれないな、なんてことも考えたていた。
(なーんて……ルークの状況みたら、甘い考えだってことはよくわかったけど)
親という者は無条件で子供が望む通りの愛情を与えるわけでもない。都合のいい味方であるとは限らないのだと、彼を見て思い知った。
「アッシュは……?」
珍しく双子から話題をふられて酒を飲んでいたアッシュは目を見開いて驚いていた。
「俺か~!? 俺はとある辺境伯の庶子だからな~! 母親は美人だし、父親も優秀だったぞ~!」
人間性は別だがな。という心の声はもちろん誰にも聞こえない。
「またまた~! 貴族のお坊ちゃんが自分の十倍はあるおっかない魔物を一人で三枚おろしにできるもんか!」
しかもヒーラーなのに! 俺の立場がない! と、久しぶりにエディンビアに戻ってきた男は騒いでいる。チェイスだ。ちゃっかり巣に泊っている。
「いやいや! 貴族をなめちゃいけねぇぞ! ルークとエリザベートを見てみろよ!」
仕事にかこつけて王都からはるばるやってた彼をみて大笑いしながらアッシュが答えた。
「あそこは別! あいつらが特殊なだけ!」
「で、結局今の話はどこまでが本当?」
トリシアが訝し気に確認した。
「さ~どこまででしょう~」
アッシュは酒で顔が赤くなっている。ケラケラと楽しそうだ。
結局皆、アッシュが貴族かどうかわからないままその日はお開きとなった。
「……ノノ、覚えてる?」
「覚えてない……」
二人ともソファの上でひっくり返って天井を見ている。あれから母親のことを思い出そうとしたが、少しも思い出せなかった。
父親の話では、自分達が二歳になる前にはすでに亡くなっていたと聞いている。それから七歳になるまで、小さな村で鍛冶屋をしていた父親と、父の手伝いをしていた若い男、ユニと暮らしていた。
そしてある日、厳しい顔つきの父とユニに手を引かれ、魔の森へと入って行ったのだ。父が悲しそうに家に火を放ったことを双子は生涯忘れないと、今でもあの日の夢を見る。
「父さん……なにから逃げてたのかな?」
「ユニはなんで……ずっと一緒にいてくれたんだろう」
これまで疑問に思わなかった。そういう運命だと受け入れていたのだろうか。それとも知ることを恐れていたのだろうか。
「調べる……?」
「……調べよう」
今の双子はこれまでとは違う。小さいが人脈もできた。なにかわかるかもしれない。両親の事。ユニのこと。彼らのことが好きだったからこそ知りたい。
真っ先に相談したのはもちろんトリシアだ。
「お父さん、逃げてたってことは……綺麗事じゃすまない事実が出てくるかもよ?」
「……それでもいい」
トリシアが心配するのは当然だ。もしかしたら父は大罪人で、裁きから逃れるために魔の森に隠れていたのかもしれない。だがその父親がなんだったとしても、自分達の大切なものは離れていかないと双子はわかっていた。
「父がなんであっても……トリシアは友達でいてくれるだろう?」
「そりゃそうね!」
少し驚いてアハハと笑う彼女の笑顔に安心する。トリシアが自分達と向き合ってこれからも笑いあっていけるのなら、何も怖いものはない。
「じゃあまずわかってる情報を出しましょ」
「父の名前は……バルテス……偽名かもしれないけど……少なくとも鍛冶屋をやっていた時はこの名前……」
「母の名前はディール……ユニが言っていた」
「私達が暮らしていた魔の森は、たぶん……この辺り……」
一階の壁に貼り付けてある地図を見ながらウンウン推理する。
(うわっ! ディアスの魔の森じゃん……よく生き残ってたわ)
それは国境をまたぐ大きな魔の森だった。
「鍛冶屋をやってたのがどこの村かわかるといいんだけど」
双子の武器はかなり出来がいい。そもそも魔石を取り入れた武器を作るのはかなり難しい上、ルークによるとこの武器は彼がこれまで見た中で一番高性能高レベルで、これほどの職人が知られていないとは……という話だった。
「……寒かった」
「うん……冬はこの街よりずっと寒かった……」
「魔の森へ入るまでかなり旅をした……」
「うん……いっぱい歩いたね。……馬車にも乗った……」
「……でも、子供の足だからな……」
「途中、大きな橋を渡ったような……」
「……川を渡る船を見たね……」
つつけば出てくるものだ。双子はしばしの間思い出に浸り、懐かしさを堪能していた。
(ということは、かなり北の方なのかな?)
餅は餅屋ということで、三人はエディンビアの職人街へと向かう。彼らの父親の仕事から探るのだ。
「珍しい武器に詳しい人がいるかもしれないし」
コクコクといつものように2人は頷く。
冒険者の街と呼ばれるだけあって、武器屋の数も多ければ規模も大きい。なにかしら情報が手に入る可能性は期待できた。
「おぉ! お前らの武器、一回ちゃんと見てみたかったんだよ!」
という鍛冶職人達が殺到してくれたおかげで、どんどん人が集まってくる。
「いつもは自分で手入れしてるんだよな?」
「うん……父から教わっていたから」
「……ちゃんと自分でできるように」
手入れが行き届いている、というプロのお墨付きを貰って二人は誇らしそうにしていた。
「一回も壊れたことないんだろう?」
「ない……」
おぉ~! と、どよめきが起こる。彼らによると、魔石付きの武器というのは壊れて当たり前なのだと、次々と解説が入ってくる。
「お前らの父親、何モンだ!?」
「……それを調べている」
双子の武器のすごさだけが明るみになっていくが、肝心の父親に繋がりそうな情報はなかなか見つからない。諦めていたその時、騒ぎを聞きつけ、職人ギルドのギルドマスターが現れた。
「こりゃあこの国で作られた武器じゃねぇな」
ギルドマスターは刀身から柄の部分にかけて彫られた細工を指でなぞりながら答えた。
「うちの国じゃあこういうのは流行らねぇからなぁ」
「貴族向けにはあるだろ?」
「いやいや、貴族向けならもっと細かくて目立つのが売れるだろ」
「まあ綺麗だけど別にいらねぇからな~」
「その分価格も上がるしよ」
うんうん、と職人たちが頷く。
「特にこの魔石の技術、こりゃかなり特殊だぞ」
職人ギルドのトップが感嘆する姿をみて、双子は父親が誇らしいのかこそばゆそうに口元を緩めている。
「おい! お前んとこ最近入った若いの。北の方の村出身だったろ?」
「あーラルフか! ちょっと呼んでくるわ」
(職人ギルドの人達ってこんなに気さくだったっけ?)
トリシアはどんどん進んでいく話をあっけにとられながら聞いていた。日頃は黙々と仕事をこなす無口な人が多いのに、今日は皆饒舌だ。よっぽど双子の武器のこと、それを作った双子の父親のことが気になったのだ。
急いで連れてこられたラルフは顔に煤がついたままだった。年齢はトリシア達と同じくらいだが大柄で少し威圧感がある。
「ラルフ~お前の住んでた辺りに腕のいい鍛冶職人の話はなかったか?」
ほら、この武器作った奴なんだけどよ。と、双子の武器を見せる。
「どうっすかねぇ。さすがに小さい頃のことはあんまり……って、え!!?」
ラルフはリリとノノをみて固まった。
「?」
だが双子は無反応だ。
「お、お前ら! リリとノノだろ!!? 俺だよ俺! フィリス村のラルフ!」
(えええ!? まさかの知り合い登場!!?)
ラルフは興奮気味に話し続ける。どうしても思い出してほしそうだ。
「雪合戦の時、雪玉に石入れてノノに怪我させちまってよ~そしたらリリが真顔のままブチ切れて……ほら」
と、こめかみにある傷跡を見せてくれた。
「あっ……」
「……あっ」
無事2人とも思い出したようだ。
「お前らん家が火事になった後大変だったんだぞ~変な奴らが村に来てあれこれ探ってよう」
「それってどんな人?」
双子の父親が誰かから逃げていたのは本当だったようだ。
「なまってたからこの国の人間じゃねぇな。俺みたいなガキにも尋問みたいに聞いてきたんだぜ」
その場にいた人間が皆、おぉ~! といって職人ギルドのギルドマスターの方を向いた。ギルドマスターはドヤ顔をしている。
ラルフに双子の両親について探っていると話すと、彼の記憶を全て教えてくれた。
「あーうちの母ちゃんは駆け落ちじゃねーかって言ってたな」
「駆け落ち……」
身分差の恋の為に故郷から逃げたのだろうか。
「多分お前らの父ちゃんの方が貴族かなんかだったんだと思うぜ。他所の国のな」
どうやら尋ねられたのは父親の事ばかりだったらしい。
「なんでもうちの村に来た時は他所の国の服着てたし、色々と高価なモノ売り払ってたって聞いたぞ。ほそぼそと暮らしてるけどあの家は金持ちだ~って皆言ってたな」
「……知らなかった」
「まあ俺らまだガキだったし……金持ちのガキいじめてやろ~なんて舐めた考えしてたから返り討ちに遭うしよ~」
アハハと明るく笑っていた。
「ごめん……」
「いやいや。あれは俺が悪かったからな。あの時はごめん」
見た目や過去とは裏腹に清々しい青年に成長したようだ。
「で、母親の方は滅茶苦茶強かったって話だぞ」
「……え?」
どうやら双子の戦闘力は母親の遺伝らしい。
「俺が生まれてちょっとした頃、雪狼の大群が村に押し寄せたらしいんだけどよ。お前らの母親とほら、使用人みたいな男がいただろ? 2人であっという間に倒し切っちまったらしいぞ」
ラルフの母親も他の村人も死を覚悟したほどだというのに、傷1つ付けずに村に戻って来たそうだ。沢山の雪狼の毛皮を持って。
「それからお前ら一家は村に受け入れられたって聞いたぞ」
訳ありのよそ者から、村を守ってくれた訳ありの恩人へと変わったのだと話してくれた。
それからラルフは双子のその後を聞いてひとしきり驚いた後、
「お前ら、母ちゃんの墓参りくらいしに帰れよな」
「……お墓があるの?」
「あるぞ~あの変な奴らには教えなかったから綺麗に残ってんぜ」
ニシシと笑っていた。
帰り道、双子はいつも以上に無口だった。
「故郷がわかってよかったね」
「うん……」
「……ありがとう」
トリシアには双子が何を考えているかわかった。
「気を付けて行ってきてね」
「……!」
寂しいが、同時に双子の変化も嬉しい。これは成長だ。そしてきっと故郷へ帰ることで、双子に良い変化が訪れることはトリシアには簡単に予想ができた。
「あの……必ず帰るから……部屋はそのままで……」
「や! 家賃も前払いするからっ!」
そうして双子は墓参りの旅に出ることに決めた。半年はかかるだろう墓参りにだ。
「母さんのお墓のこと……覚えてる?」
「……いや、一度も行ったことがないはずだ」
父もユニも、その墓のことを一度も自分達に話したことがない。母が強かったことも知らなかった。そこにまずは手掛かりがある。そう双子の勘が言っていた。
自分達の知らない母の墓、まずはそこからだ。