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第1話 追放

 薄々、こうなる日が来ることはわかっていた。


(あーあ)


 覚悟はしていても悲しいモノだ。


「悪いがトリシア、このパーティを抜けてもらいたい」


 発言した相手は、罪悪感でこちらをまともに見ることができない。だがその後ろにいるブロンドの女は勝ち誇った顔をしている。


「君は何度言ってもアネッタと仲良く出来ないだろう?」


(そんなのお互い様じゃん)


 そう思うが決して口に出さなかった。こうなってはもうどうしようもないのだ。信頼関係が崩れた今となってはお互いに命を預ける冒険者パーティとしてやっていくことはできないのだから。


「それに……僕達にもうヒーラーは必要ない」


 トリシアは冒険者パーティで回復師(ヒーラー)のポジションを担当していた。リーダーは剣士のイーグル、勝ち誇った顔でトリシアを嘲笑っているアネッタは魔術師。3人のパーティだった。


 この世界、5人に1人は魔術を使える。そこまで珍しい能力ではない。魔術が使える者にもそれぞれ得意不得意があり、回復魔法を得意とする者を特にヒーラーと呼んでいた。

 アネッタは攻撃魔法も回復魔法もそれなりに使えるバランスタイプ。何事も卒なくこなす。

 回復魔法の腕は一流のトリシアだったが、それなりに実力がついた冒険者達には特に必要のない存在だ。冒険中に何かあれば魔術師によるヒール(回復術)で応急処置し、その後、治癒院に行けばいい。

 ヒーラーは攻撃魔法が不得意の者が多い。トリシアもそれに当てはまる。要は階級が上がれば足手纏いになる可能性が高い役職だった。自分の身を守れなければ、強力な魔物を倒しに連れていくことなどできない。


 だが、今回トリシアが追い出された理由はまた違う。


「ごちゃごちゃ理由を並べないで、2人っきりでイチャイチャしたいからってハッキリ言いなさいよ」

「んな!……ち、違うんだ!」


(慌てちゃって……そんなんで今後やってけるのかしら)


 イーグルとアネッタはデキていた。イーグルは必死に隠そうとしていたが、アネッタは度々匂わせていたのだ。


「ご、ごめんね……私達、最初はこんな関係になるつもりはなかったの!」


 わざとらしく謝ってはいるが上がる頬をどうにもできないのだろう、アネッタは両手で顔を覆っていた。


 イーグルはなかなか顔がいい。赤茶色の髪の毛に明るいオレンジがかった瞳、背も高くスラっとしていた。剣の腕も悪くないので、今後冒険者として名を上げる見込みも高い。その割に謙虚で穏やかな性格だったので、彼に目をつける女性はこれまでも多くいた。


「はぁ」


 トリシアはため息をつくしかなかった。やっぱりアネッタがパーティに入れてくれと頼んできたあの日、ピシャリと断るべきだったのだと後悔した。


 男女が混じり合う冒険者パーティでよくある事なのだが、カップルが出来上がるとそのほとんどが崩壊する。

 どちらかが同じパーティメンバーにヤキモチを妬いたり、結局破局してギスギスすることになるからだ。

 だからパーティメンバーの募集は、大体どこも同性を求めていた。理不尽なパーティからの追放や仲間割れによるパーティの解散は、お互いの命を預ける信頼第一の冒険者達にとって決して歓迎される行為ではないのだ。

 イーグルとアネッタは、そのリスクを冒してでもトリシアを追い出した。……ことの重大さをわかっているかは怪しいが。


 トリシアとイーグルは同じ孤児院出身だった。兄妹のように育ち、同じタイミングで孤児院を出て、2人で冒険者パーティを組んで生きてきた。

 苦楽を共にしてきたイーグルがポッと出てきた女に掻っ攫われたかと思うと腹が立たずにはいられない。だがもう遅いのだ。今更どうしようもない。


「わかったわ」

「……すまない」

「じゃあ取り決め通り、パーティ預金は私がもらうから」

「はぁ!? 何言ってんの!?」


 しおらしくする演技を忘れたのか、アネッタが声を上げた。


「最初に決めたでしょ。魔法契約もしてる。2対1でパーティが割れて誰か抜けることになったら、1の方がパーティ預金全額貰って去るってね」


 パーティ用の預金を設ける冒険者は多い。基本的に全員で使うものはそこから支払う。所謂共同財布というやつだ。

 トリシア達のパーティは報酬の4分の1を預金に回していた。これは他所のパーティと比べてかなり比重が大きい。イーグルと2人で組んでいた時は3分の1を預金していたので、今ではかなりの額になっている。


「いいじゃないかそれくらい!」


 流石にイーグルは罪悪感からか、この約束だけはスムーズに守られた。


「じゃあ早速行きましょ」


 色々と文句を言ってやりたい所だが、ここで揉めてパーティ預金の件をごねられてもやっかいだと、早々に冒険者ギルドへ向かった。


「パーティ預金を全部個人口座に移したいんです!」

「わかりました。それではこの用紙にパーティ全員の署名を」


 冒険者ギルドは報酬を預かってくれる制度があった。銀行のように利子は付かないし口座開設や引き出す際に手数料は必要だったが、盗難の心配や街を移動しても引き出せて便利なのでほとんどの冒険者は利用している。


 ギルドの職員はプロだ。ああ、このパーティ何かあったんだな、と思いつつもそんな表情少しも見せずに淡々と手続きを進めている。

 不満顔でアネッタがサインを終え、正式にパーティ預金がトリシアのものになった。


「じゃあこれで正式にお別れね!」

「あ、ああ……」


 イーグルはトリシアがなぜこんなに機嫌がいいのか分からなかった。


(ま、そろそろ潮時だったしね)


 トリシアは前々から計画していたのだ。


(いつまでも冒険者で食ってけない以上しょーがない)


 ヒーラーが高ランクの冒険者になることはまずない。どの道どこかで辞めるのが一般的だった。予定より少し早いが、パーティ預金もある。

 トリシアはその黒髪をかき上げ、一つに結んだ。そうして気合を入れなおす。同じく黒曜石のような美しい瞳が少しだけワクワクと輝いていた。


(目指せ不労所得よ!)


 それはトリシアが前世で憧れていた、労働を伴わない収入形態だ。


(もちろん今世でも憧れてるけど!!!)


 2人にバレないように、こっそりと微笑んだのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヒーラーは大抵の場合バリアを張ったりバフをかけたりも得意だけどこの世界のヒーラーは回復しかできないのか?だとしたら足手まといというのも分からないでもないか?
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