9:初恋(母視点)
途中でも感想くださるとうれションします
「――奥様、アナタはおかしい!」
ある日の夜。
使用人のクレハに堂々と叫ばれた。
「クレ、ハ?」
「もう我慢なりません。アナタの心を慮って我慢してきましたが、言わせていただきましょう」
彼女はこちらの肩を掴み、逃がさぬように言い放つ。
「アナタがウタ様にやっている教育は、虐待であると!」
は?
虐、待?
「なっ……何を言ってるの。このわたくしが、愛しいあの子に虐待なんてそんな」
「正気に返ってくださいよ! 本来ならば、赤子は一日の半分を寝て過ごすものなんですよ? なのにアナタは、ウタ様に一日十八時間もの呪術訓練を課している!」
それは、
「0歳児に対し、食事時間も含めて『誰かを何かを呪え呪え呪力を上げろ』と言い続けているんですよ!? おかしいでしょ!」
で、でも、
「でも、あの子は受け入れてくれてるし……」
「……えぇそうですね、ウタ様もある意味おかしいのでしょう。彼は生まれながらに強さを求める修羅の類かもしれません」
でも、だからこそと。
クレハはこちらの眼を見て、こう言った。
「『親』であるアナタが、彼のストッパーとなるべきでしょう!? なのに教育教育教育教育と、逆に背中を押し続けている始末。ああ、このままじゃ彼は死んじゃいますよッ!?」
「死ッ……!?」
その一言に身が震える。
もしも、もしも最愛のウタが死んだらっ、
「いやぁああああーーーーーっ! そんなの嫌よぉおっ!?」
「えぇそうでしょう。ゆえに奥様、今ならまだ間に合います。無理な教育を取りやめてください」
「うぅううう……!」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ。
ウタを失うのも嫌だが、彼にふぬけた教育を施すのも嫌だ。
「奥様。愛する夫であるハジメ様を亡くされ、彼の死を嗤われたのには同情します。それでウタ様を最強にすることで、呪術界の鼻を明かしてやるつもりだったのでしょう。ですが」
「……違うわ」
「って、は?」
わたくしは項垂れながら、胸の内をメイドに明かす。
「わたくしね――夫のことは、今はもうどうでもいいの」
「は、え……?」
まるで理解できないという表情だ。
まぁ、そうよね。夫とは仲良くやっていたつもりだったからね。
わたくしもそう思ってたわ。
「彼のことは……愛しい人だと思っていたわ。呪術師なのに女性に優しい人だった」
「そ、そうですよ。旦那様は誇らしいお方です! メイドである私にも気を配ってくれて。高いところのモノを取ろうと無理していた時には、“女性が危ない真似をするな”と、代わりに取ってくれて……!」
「えぇそうね。彼はよく“女は無理をするな”と言ってくれたわ。それが駄目なの」
「え」
固まるクレハに、わたくしは語る。
「わたくしはかつて二等術師だった。そんなわたくしに、周囲の男たちは“女のくせに生意気だ”と言ったわ。でもハジメさんは違った。彼はわたくしに、“女なのに大したやつだ”と褒めてくれたわ」
「い、いいことじゃないですが。それが一体っ」
「よくないわよッ! 彼だって結局ッ――人のことを『女だから』と色目で見ていたのよッ!」
伝わらないだろうか、この気持ち悪さが。
「結局、結婚後にわたくしは前線から退かされたわ。“お前を守る”と男らしく言われて、わたくしの『戦いたい意志』は全否定だった! わたくしのかつての願いは、『強くなること』だったのにっ!」
「そっ、それは優しさからで!」
「あぁそうかもね。だからわたくしもそんな彼が好きだったわ。優しくて好きだとそう思っていた。――でも違ったのよ」
そう……わたくしは、『本当の優しさ』を知った。
「大文字ウタ。彼は一切、わたくしを否定しないわ……! 彼はわたくしの狂乱までもを受け止めてくれたの」
夫ならば絶対にそんな懐は見せなかった。
気遣いと称してクスリをひたすら飲ませ、醜態を晒さぬようにと隔離でもしていただろう。
でも、
「ウタは否定せず受け入れてくれた。狂うわたくしと真っ直ぐに、向き合って抱きしめてくれたの……!」
あの笑顔で涙を拭ってくれた瞬間を忘れない。
狂う女の狂気すらも否定せず、一切恐れずに顔を撫でてくれた。
――初恋だった。
「そしてウタは、あの人は。わたくしの呪術界への怒りも憎悪もぜぇぇんぶ否定せず、毎日飲みこんでくれてるの!」
彼に掛ける『強くなって欲しい』という願い。
それはかつて自分が持っていた『強くなりたい』という想いの継承であり、そして自分自身の『逆襲の意志』である。
「わたくしを散々に罵った呪術界の害虫ども。アイツらの尊厳をグチャグチャにしてやることを願って、ウタを『最強の術師』にするのがわたくしの夢! そしてウタは日々、わたくしが望むだけ強くなってくれてるのぉぉッ!」
早口の舌が止まらない。
恋人を語る唇が熱い。
「お、奥様。アナタは完全に、狂っている……!」
「そうかもねぇ? だけれどウタは受け入れてくれてる」
それだけで無敵になれるのだ。
愛した人の肯定があれば、それでいい。
「夫のことはどうでもいい。今、わたくしが呪術界に望むのは一つだけ。……このわたくしの育て上げた最高の息子が、ヤツらを恐怖させて屈服させる未来だけよぉぉ……!」
考えただけで胸が躍る。
彼の才能を。
0歳児にして既に夫を超えた呪力量を。
どうかみんなに見てもらいたい。
「そして足元に跪け。――わたくしの願いは、それだけよ?」
「っ……本当に頭がおかしい。ですが最初に申し上げた通り、ウタ様はまだ赤子。連日の修練で疲れ果てているやもしれません」
ふむ。
そこだけは確かに心配だ。
彼のことが大好きだから。
「寝顔を見に行ってもいいかしら? 今までは、どこかのメイドさんが止めていたけれど」
「仕方ないでしょう。正気を失った人を、眠る赤子の部屋に入れるわけにはいきません」
「あら手厳しい」
ずいぶんと言われるようになってしまったものだ。
「ふふ……夫が生きてたら窘めたでしょうね。“女性が強い口調を使うのはよくない”と。実はアナタも自由を感じてたり?」
「なっ、そんなわけがっ」
「さてどうだか」
くすくすと笑いながらウタの寝室に二人で向かう。
さぁ、愛しい我が子はどうしているか。
疲労から寝苦しそうにしているなら、流石に後悔するところだが……。
「ウタ、入るわよ?」
そして、扉を開けると、
「――りすとら……かいひ!」
彼は、落下する書物を反射していた。
赤子らしい無意味な言葉を発しながら、教えてもいない『反発強化』を成功させていた。
その瞬間――、
「ウタァーーーーーーーーーーーッ!」
「きょうせいそうさ!?」
脳裏の夫なんて一瞬で吹き飛んだ!
あぁ、思わずこの最高の息子に全力で抱きついてしまった母を咎める者は、この世にいないだろう!
いたら殺す!
「あっ、アナタってば本当になんて子なのぉっ!? い、一日十八時間も修行させてるのに、そのうえで自主訓練までして、『反発強化』を一発で成功させるなんてッ!」
だって考えられるだろうか?
期待して期待して期待して期待して、ひたすら教育教育教育教育を重ねてきた息子が、さらに自主訓練をして己を高めているのだ……!
強くなって欲しいという母の願いに、彼は満点で答えるどころか『おかわり』まで要求してきたのだ!
「ばいしょうきん。ひがいしゃたいおう」
「ウ゛ダ~~~~~~~~~~ッッッ!」
あぁ確信した。
やはりこの子こそ、自分の運命の人なのだと。
「これからは母を名前で! 『ミズホ』って呼んで~~~!」
うふふふふ。
ねぇ見たわよねぇクレハ?
疲れ果てるどころか、さらに彼は前に進もうとしているのよ。
「みちゅいしゅみとも!!!」
「ウフフ。みちゅいしゅみともじゃなくて、ミズホよ?」
あぁ愛しい人。
わたくしの『強くなれ』という願いを否定せず、むしろ『まだ足りない』と吼える人。
もっともっと、このわたくしを求めてくれる人。
「ウタ。ウタ。ウタ」
息子の名前の何度も呼ぶ。
そっと、左手の指輪を床に捨てながら。
「あぁ、ウタ」
アナタに出会えて、本当によかった。
「大好きよ――わたくしの、旦那様」
・第二章完結!
みんな幸せですね。ヨシ!
【作者からのお願い】
「家族団欒小説だな~♡」とほっこりした方は、
広告の下にある☆☆☆☆☆評価+ブクマお願いします!!
「 ん な わ け な い だ ろ 」って思った正常の方も『☆5』でお願いします!
執筆の励みになりますので、何卒お願いいたします!!(※作品消される前に)