第7話 血の海の中で、愛しかった者の存在をあなたはみる
【庭の兄妹たちの場合】
爆発で施設の窓ガラスが割れ、火を噴いた。あまりの異変に兄妹たちが建物の方に振り返る。
「爆発……? テロ?」
【四女】エルカレが呟く。頭ではわかっていても感情が追い付かない。その場のみんなが目撃する限りでは、爆発したのは人造人間たちにとっての立ち入り禁止区画。
爆発にみんなが気を取られている間、ただ1人だけ狂気に陥っているドゥーレが2人の兄妹の腕をすり抜け、ジルカレ目掛けて蹴りを入れようとする。
———爆発に目を取られていたはずのジルカレが蹴りを完璧に避ける。ジルカレが呟く。
「たすけ、なきゃ」
そのジルカレの想いに呼応して、彼女のAIが加速する。視界に入るもの全てがわかる。兄妹たちの動きもいまは遅く感じる。ジルカレひとりだけが別の時間を生きている。
「お兄を、トゥレルさんを、あそこにいるひとたちみんなを」
ジルカレの望みがAIに伝播し、AIが彼女の望みを叶えるために最適解を導き出す。最小の歩数で、最も効率のいい走法で、最適な呼吸法で【五女】ジルカレが走り出す。
「ムシするなあああああああぁぁぁぁっ!」
ドゥーレの再びの拳を、しかしジルカレは施設の方に目を向けながら受け流した。その隙を狙って、ティエルがドゥーレを羽交い絞めにする。
「ファング兄さん、エルカレ、ジルカレ、いけえーーーーっ! この頭おかしい姉は私がなんとかするから……っ!」
ティエルが叫ぶころにはジルカレは走り去って姿が見えなかったが、【次男】ファングと【四女】エルカレもそれぞれ走り出す。ファングは助けに、エルカレは避難しようとして。
「マテマテマテジルカレジルカレ、逃げるなジルカレあーーーっ!」
「こんの、なんでわかんないのよバカ姉! お兄ちゃんが爆破された建物にいるのに気にならないの!?」
”お兄ちゃんが””爆破””建物の中” 断片的に聞こえた声が暴走するドゥーレの気を僅かだけそらした。ジルカレだけを探す血眼が、建物の方に向いた。
———燃え盛る人造人間製造センター。そのとき初めてドゥーレの意識の中に兄妹たちの家の変わり果てた姿が映ったのだ。
「あ、そこにお兄ちゃんが……?」
【長男】ファストの危機に気づいて、暴動が治まりだすドゥーレ。だが、彼女の感情は極端から極端へと傾く。
「お、お兄ちゃん……?! な、やっ、いやだよ、そんなの……! やああああああああ!!!!」
正気を失った脳が、絶望で塗り替えられる。兄を失うという恐怖がドゥーレのAIに伝播して、絶望の感情を加速させる。ドゥーレの体感時間が急に拡張されて、1秒が1時間に感じられるほどになる。その時間の中でドゥーレは彼女の頭の中のAIから、考えられる最悪のパターンを何千万通りも受信してしまう。兄の死が何度も繰り返され、兄妹たちの死体が何度も映る。
「やだやだやだおねがい、とまってっ」
それでも止まらない。思考拡張AIはドゥーレの感情の赴くままに、感情を絶望的に拡大させてしまう。
「あ”あ”あ”あ”っ」
プツンと糸が切れたようにドゥーレが動かなくなってしまった。どさりと倒れる彼女をティエルが受け止める。
「なんなの……!? お姉ちゃんがおかしくなって、建物が爆発するなんておかしいよっ……!」
姉を置いていくことができなくて、ティエルはその場から動けなかった。
【テロの実行犯の場合】
爆破の衝撃で物があらかた吹っ飛んだ会議室。辺りには会議の参加者の死体が点在している。その中を2人、銃を持って堂々と踏み歩く者がいる。1人は裏切り者のスタッフ。もう1人は、意外な人物だった。
爆破から生き逃れた人もまた数人はいる。咄嗟に長机を倒して盾にして爆破を逃れた【長男】ファストと彼に助けられたミルバル博士が、意外な人物の名前を口にする。
「「……【三男】ロテ……?」」