第6話 少年らよ走れ走れ、炎の燃え尽きるまで
【次女ドゥーレの場合】
【三男】ロテと話した後に自室に戻った【次女】ドゥーレ。ベッドに突っ伏して爪を噛んでいる。
「ジルカレ……なんで……ジル……っっ!」
【次女】ドゥーレの頭が痛みだす。途端にドゥーレの表情が鬼になる。
「許さない、ジルカレ……許さない許さないゆるさないゆるさないユルサナイユルサナイ」
頭の痛みが激化して激しくもだえるが、口から出る呪詛は変わらなかった。
「私の方がお姉ちゃんなのに……どんな手を使った、ジルカレ!!!」
何かに急かされるように、ドゥーレの感情がAIによって激化されていく。AIの暴走による負荷による頭の痛みはもはや常人が耐えられるレベルを超えて体中に響いている。それでも呪詛を呟くのは止まらない。結局、夕方になって起き上がるまでずっとそうしていた。
【兄妹たちの場合】
みんなで一緒にとる朝食。だがその日はドゥーレは姿を現さなかった。———その代わり、ロテからみんなに話があった。
「夕方、ドゥーレ姉さんからジルカレに話があるそうだ」
突飛な話にジルカレが首をかしげる。
「何のお話だろ」
「その時になったら話すらしい。だが大切な話らしい。ジルカレが逃げないよう【長男】ファスト以外の兄妹たちにもいてほしいと言っていた」
「おい、ジルカレのいたずらの話なら終わったはずだぞ」
ファストが疑問を投げかける。
「それとは別件らしい。まあドゥーレ姉さんには姉さんなりの事情があるんじゃないかな」
疑問をかわすロテ。ファストはロテに違和感を抱いたが、決定的な証拠もないので見逃す。
「それまでドゥーレはひとりにさせてほしいらしい。昼飯はジルカレ以外の誰かが部屋の前に置いて行ってくれ」
適度に話を切り上げるロテ。食べ終えたトレーを片付けるロテの背中に違和感を抱いたのはファストだけではない。
(どうして私にじゃなくてロテに伝言を頼んだの? ドゥーレ姉ちゃん……)
【長男】ファストの仕事が忙しくなってからは、ドゥーレの心の拠り所はティエルになっているはずだった。兄妹の中で一番会話の少なさそうなロテがドゥーレの代弁をしていることは、ティエルにとって疑問だった。
昼。ドゥーレの様子を確かめるためにティエルが昼飯を運びに行く。
「お姉ちゃん、ティエルだよ。お昼ごはん持ってきたよ」
ドアをノックしながら呼びかける。すると、ドアが少しだけ開き、ドゥーレの顔が見えた。
「ありがとう、ティエル……」
ティエルは怯んでしまった。細くやつれているのに隈いっぱいの目だけがギラギラしているのだ。
(昨日はこうじゃなかったはず……)
「お姉ちゃん、何があったの? 言ってよ、私に!」
ティエルの姉を助けたいという気持ちは、しかし断られてしまう。
「いい。用があるのはジルカレだけだ。ティエルはあっちいってて」
と、ドゥーレが昼飯を妹の手から剥ぎ取ってドアを閉めてしまう。唖然としたティエルはその場に立ち尽くすしかなかった。
【五女ジルカレと次女ドゥーレの場合】
夕方になって、ジルカレと兄妹たちは”草原の庭”に集まる。ドゥーレはまだ来ていない。ファストは仕事でいないが、ロテが居ない理由は誰にも分からない。
「……いたか、ジルカレ……」
【次女】ドゥーレが姿を現す。その恐ろしい姿に一同がぎょっとした。
「おいおい、ジルカレに話しするどころじゃないだろドゥーレ姉……」
【次男】ファングがドゥーレを止めに近寄るが、ドゥーレが殴り飛ばした。
「ヴッ!? ……おいおい、どうしたんだよ!」
叫ぶファングを尻目に、ドゥーレがジルカレと相対する。
「……私のいたずらと大概なことしちゃったね……?」
あえてジルカレが軽口を叩いてみる。だがドゥーレの無感情な表情に変化はない。
「……私ね、ずうーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと頭が痛いんよ……」
ドゥーレが一滴の涙を流す。
「どうして、私がずっと頭痛いかわかる……?」
「えと……原因不明の病?」
ドゥーレの問に答えるジルカレだったが、間違いだった。
「……お前なんかがお兄ちゃんに認められちまうからだああぁ!!!」
いきなり鬼の形相になってドゥーレがジルカレに殴りかかる。ジルカレは必死で避ける。
AIを積んだ人造人間同士、体格のあるドゥーレの方がケンカに有利だ。
「お兄に認められる……? わたち、そんな覚えないよ!!」
「あるだろ!!! 昨日一緒に立ち入り禁止区画に入ったな!!!」
「……え? そうだけど、それが証拠にならないじゃん!」
「なる!!!私はどんなに頼んでも入れなかった!!!!」
その場にいるドゥーレ以外の兄妹たち全員が同じことを思った。ドゥーレの怒りは筋違いもいいとこだ、と。
「わたちがあそこにいったのは、お兄がわたちに反省させるためだよ!!!!」
「だまれ!! だまれだまれえーーーー!」
再び殴りかかろうとするドゥーレを、【次男】ファングと【三女】ティエルが捕まえる。【四女】エルカレは怖くなって、木の陰に隠れる。
「流石にやめようや! 無意味だぞ!」とファング。
「AIでもバグったの!? こんなのお姉ちゃんじゃない!」と【三女】ティエル。
二人に拘束されているにもかかわらず、ドゥーレは火事場のバカ力ともいえる力でジルカレににじり寄る。
「ジルカレ……お前が悪いんだ……ジルカレエェ!!」
右腕を捕らえていたファングを振りほどいて、ドゥーレがジルカレを殴りつける。腹を殴りつけられて、地面を転げ回る。
「あ”あ”っ……ま、間違ってるよ、ドゥーレお姉ちゃん……」
再びファングがドゥーレを捕らえる。すると、ドゥーレが叫びだす。
「ジルカレジルカレジルカレジルカレジルカレジルカレジルカレエエエぇ!!」
その叫びと共に施設の内部で爆発が起こり、建物のガラス窓が煙をふいた。