第4話 導きたい少女【次女】ドゥーレ
【次女、ドゥーレの場合】
「はぁ……」
ジルカレがスタッフに乱暴を働いた日の夜、【次女】ドゥーレは人造人間製造実験棟の廊下で、悲しそうな表情でガラス越しに集中治療室を見つめている。
「ここにいたのか、ドゥーレ」
現れたのは、ミルバル博士。人造人間である兄妹たちを作った責任者のひとりである。ミルバル博士も集中治療室のほうをしばらく見やり、ドゥーレに視線を戻す。
「我々が非力で愚かで、申し訳ない」
突然の謝罪に、しかしドゥーレは動じなかった。
「いいの。そんな言葉を聞きに来たわけじゃないし。まだお仕事が溜まってるんでしょ?」
ミルバル博士は一礼し、仕事に戻っていった。ドゥーレはまた集中治療室に目を向ける。それから、ガラスの向こう側の存在に語りかける。
「聞いてほしいの、私の話。今日ね、ジルカレがまたいたずらをしてしまってスタッフさんたちが怪我しちゃったの。それで私、怒り過ぎちゃって妹に乱暴しちゃった……」
その瞳からは涙が流れている。
「ふふ、お兄ちゃんには敵わないなぁ。AI積んでないのに私たちより話をするのが上手で、今日なんかジルカレを言葉だけで説得しちゃった。あんな乱暴者な妹をだよ」
涙の量が増える。
「ぅ……っ。でも、お兄ちゃんだけ負担がかかりすぎだよ。大人たちの会議にお兄ちゃんだけが参加するし。私たちの面倒もいつも見てるんだよ。私は三番目に作られたんだから、頼ってほしいの。うぅ……っ。お兄ちゃん……。私が、お兄ちゃんみたいにもっと、うま”ぐできればああぁ……」
そのあとは嗚咽ばかりだった。しばらくの間うずくまって泣き続けた。やがて気持ちが落ち着いて、うとうと眠気もやってきた。
「あ、もうおやすみの時間なの」
ドゥーレはガラスの向こう側の存在に再び目を向け、お休みのあいさつをする。
「また明日ね。おやすみ、お姉ちゃん」
次の日の朝。食堂に兄妹たちが集まって朝食を摂る。だが、その場に【長男】ファストはいない。気になったドゥーレがジルカレに近づく。
「ジルカレ、あんた昨日お兄ちゃんと話してたでしょ。ファスト兄ちゃんはどうしたのさ」
「あ……そういえば朝会議があるとかでみんなとは食べれないって言ってた気がする」
それを聞いてほぞを噛む【次女】ドゥーレ。
「お兄ちゃん、会議には私も出してって言ったのに……」
いつも会議から帰ってくる【長男】は疲れた顔をしていた。
(きっと、大人たちから沢山のお話があったんだろうな)
その兄の負担を減らしたくて、ドゥーレはことあるごとに仕事を手伝うと申し出ていた。だが全て断られてしまっている。現在、【次女】ドゥーレは7歳だ。
人造人間は成人になるまで2倍の早さで成長し、寿命は200歳までを見込まれている。だから、【次女】ドゥーレは見た目は14歳児だ。一方、【長男】ファストは10歳も半ばであり外見が20歳だ。
「でも、お兄ちゃんは私が培養槽を出たときすでに大人たちと話してたもんなぁ」
人造人間が培養槽から出されるのは、実年齢3歳、身体外見が6〜7歳児のようになるころだ。彼女が培養槽を出たとき、【長男】ファストは6歳であった。にもかかわらず、7歳にもなるドゥーレは未だに兄と同じ仕事をさせてもらえない。
(来年になれば私は8歳だ。お兄ちゃんの仲間入り、できるかな)
淡い理想を抱きつつ、兄の負担を和らげることのできない現状をドゥーレは苦々しく思うのだった。
【長男、ファストの場合】
「以上が、兄妹たちの現状に関しての報告です」
【長男】ファストが、手元のレポートを読み上げ終える。6枚のレポートはそれぞれ兄妹たちに関してのレポートであり、全てファストが書き上げたものだ。
「わざわざありがとう、ファスト君」
オデルがレポートのコピーを読みながら礼を言う。
「フム、ジルカレちゃんは普通の人間を見下す傾向にあり。ただ成長の余地あり。成長に伴う態度の軟化に期待……か」
ミルバル博士が唸る。
「昨日、部屋に呼び出して叱っておきました。ですが、思った以上に彼女の偏見は根深いです。彼女が暴走しないでいられるのは、我が兄妹たちの身を慮ってこそ……です」
「成る程。外の社会で問題になって兄妹たちの迷惑にならないようにということか」
「ええ。最も、彼女の独りよがりでしかないのですが……」
「ああ。こちらもスタッフ側の苦情が相次いでいる。情報漏洩禁止の決まりを破ってSNSにでも投稿されてしまうのは時間の問題かもしれんのだぞ。そうなったらすべてがおしまいだ」
ファストとミルバル博士の会話が続く。だが、ファストの目には隈が溜まっている。それを見かねたオデルが、会議の終わりに彼に声をかける。
「ねぇ、ファスト君。いくら必要なこととはいえ、君は抱え込み過ぎじゃない?」
言われて、ガラスに映る自分の顔を確認するファスト。
「はは、疲れてるなぁ。隈が溜まってる」
はは、と笑うファスト。オデルは、そんな彼を見かねている。オデルは一枚のレポートのコピーを取り出して言う。
「君も誰かに助けてもらったほうがいいんじゃないのかな。たとえば、三番目の兄妹の【次女】ドゥーレがいいんじゃないかな。レポートでも、君の助けになりたいって書いてあるよ」
レポートから目をそらすファスト。それを書いたのは彼自身だが、彼は妹に助けてもらう気は無いのだ。
「妹……ドゥーレはとても甘えん坊で臆病な性格だったんだ。初めてこの世界で目を開けたときは大泣きしていたし、【長女】のあの姿を見たときはひどくおびえて泣いていた。下の子ができるまであの子はずっと僕のそばにいた。今では、自分よりも上の人に縋りたくて、いつも夜に【長女】のところに行っている。———今は下の子の姉としてしっかりしようとしているあの子だけど、その心の内側だけは変わっていない」
意を決したような顔で、ファストは言い放つ。
「僕がいる、大人の世界に彼女はついてこれない。能力的な意味ではなく、人間としての性格や感情的な理由で」
ファストの突き放したような言葉に、オデルは何も言えなくなった。
「それより、議員が来るのはこれからでしたっけ」
ファストだけが時折、施設に来る様々な人と面会し、話している。それも、子供たちに立ち入ることは許されない大人たちの棟で。
人造人間に関する情報が厳重に守られ決して外に漏れることのない施設ではあるが、議員や最先端の研究者などの特権階級の者たちだけが、情報漏洩禁止の特約を条件に面会を許されるのだ。
そういう理由で、ファストだけが人造人間を巡る政治の戦場の最前線に立たされているのだった。
(こんな世界、弟たち妹たちには見せたくないな)
目の下の隈を化粧で隠して身だしなみを整えてから、今日も【長男】は政治の舌戦に臨むのだった。
【三女、ティエルの場合】
【三女】ティエルはとにかく活発な性格で、事あるごとに兄妹たちに勝負を仕掛けている。
そのおかげで身体能力は兄妹たちの中では一番で、頭脳においても【次男】ファングとトップを競い合う仲になっている。
そのティエルが外で木登りをしているとき、【次女】ドゥーレがやってきた。夕暮れの光がドゥーレの頬を照らし、涙の跡を照らしていた。
「私ね、見たの。立ち入り禁止の棟の渡り廊下でお兄ちゃんが知らない人と歩いているのを、遠くから見えちゃったの」
その言葉だけで、ティエルはドゥーレが何を言いたいかをすぐに悟った。
この姉が本当の本当に誰かに話を聞いて欲しくて仕方ないとき、話を聞けない【長女】ではなく【三女】ティエルのもとにやってくるのだ。
「それで気づいちゃったの。わたし、お兄ちゃんから頼りないって思われてるんだろうね」
ドゥーレの性格は、ティエルはよく知っている。
(昔、私の姉でいなきゃと私の手を強く握った手は痛かったなぁ、ドゥーレ姉ちゃんの手は)
ドゥーレは精神的に弱いところがある。それはティエルも良く知っている。
「ドゥーレ姉ちゃんって、精神脆いとこあるしなぁ。 本当に頼りないんじゃない?」
「うっ・・・・・・」
妹からの思わぬとげとげ言葉にドゥーレが泣き出しそうになる。慌ててティエルが木を降り、姉のところへ駆け寄る。
「でも、私たちはこれから強くなれる。それに、いつまでもずっと私たちがこの小さな世界に閉じ込められたままだとは思わない。私たちには、私たちの武器があるんでしょ」
「え……、武器?」
「ここ」
ティエルは頭を指し示す。AIを搭載していることを活かせ、ということだ。
「私たちは私たちなりの戦いで大人たちに、外の世界に私たちの力を認めさせてやろうね」
そう言うティエルの眼差しは野心に溢れていて、とても眩しかった。
「そうね……。ごめんね、こんなこと相談しちゃって」
とドゥーレがその場を離れて帰っていく。その後ろ姿を見届けながら、ティエルは脳内でスタッフ達を人造人間たちの味方につけるためのシミュレーションを何百万回も繰り返しているのだった。