第45話 【四女】【五女】の素の人
【四女と五女の場合】
オレンジの髪を靡かせた双子が会議室に入る。それぞれ一本の傷跡とカラフルな爪痕のような髪留めを目立たせながら。
「ディ―ガッシャ氏がいろいろ計らってくれたらしいんだ。この機会、無駄にしたくない」
髪留めで留めた髪をすきながら【五女】ジルカレがそう言った。
「そうだね。……どういう人なんだろうね」
【四女】エルカレはこくりとうなずいて呟き、二人とも席に座る。双子は視線を泳がせたり、肩をゆすったりして細胞の提供者を待つ。
「ふたりとも、待たせてごめんな」
ドアを開けて入ってくるミルバル博士のあとに続いて、女性が顔を表す。---その顔を見て、双子が声を上げる。
「「ライゲンギス・ランヴェリーグさん……!?」」
その人物は様々なメディアに顔を出していて、今の時代に彼女を知らない人はいないと言われるほどの有名人であった。黒い髪を短く切り、口角を最大限に引っ張って笑う仕草。彼女こそ、宇宙軌道上の巨大人工コロニー衛星【メガベース】の建設指揮者ライゲンギス・ランヴェリーグである。宇宙の軌道上に人類の居住可能な経済圏コロニーを作ろうとしていることで有名なのだ。余りにも有名な偉人の出現に、双子の人造人間が固まる。
「おぉ、ふたりが私のクローンみたいなものなのね。えーと、07号と08号であってるかしら?」
ライゲンギスに声をかけられて初めて双子の口が動く。
「は、はい! 額に傷のある私が07号で4本線の爪痕の髪留めが08号です!」
「で、でも自分につけた別の名前もあるんです! 私はジルカレといって、この子はエルカレっていうんです!」
「ふーん、なるほど。じゃあ、ジルカレエルカレの方が気に入ったからそっちで呼ぶね。えーと、あなたがジルカレ?」
ライゲンギスがそう言ってエルカレの方を指差す。盛大な間違いである。
「違います、私はエルカレです」
「あぁごめんごめん」
「ライゲンギスさん、そろそろお座りになってはいかがですか」
長テーブルを挟んで、双子がライゲンギスと向き合う。口を閉ざしている間でさえ、ライゲンギスの瞳に込められた力に圧倒されそうになる双子。【五女】ジルカレも【四女】エルカレも震える右手を左手で抑える。
「地毛がオレンジなんだね。人造人間の髪って本当にカラフル。鼻とか目とか私となんか違うし、これ本当に私の細胞からできたのかな?」
「あ、えっと、私たちは製造過程で遺伝子情報を色々編集されているので、素の細胞からは特徴が大きく異なっちゃうんです」
説明する口調が妙に早い【五女】ジルカレ。ライゲンギスは頷いてコーヒーを口に運ぶ。
「ま、私の提供した細胞が強化細胞なんてモノに作り変えられてそれを基にあなたたちができてるんだから姿かたちが異なるのは仕方ないわよね」
「そうですね。この細胞のおかげで私たちは人の倍を生きることができます」
「そうなんだ、羨ましいね」
彼女の言葉に【四女】エルカレが答え、羨望の意を露わにするライゲンギス。その後、3人はお互いに距離感を図りかねてか、言葉があまり出なくなる。
【五女】ジルカレはコーヒーをすするライゲンギスを伏し目がちに見る。ライゲンギスの顔はどことなく自信に溢れているようだった。瞳には常に光が宿り、口角を見ればいつも笑っているのがわかる。
(羨ましい)
ふと、そう思った。【五女】ジルカレは倦んでいて、やりたいこともやるべきことも見つけられていない。自身が空っぽなように思えるジルカレからしたら、ライゲンギスはとてもまぶしい存在になっている。ーーーそのライゲンギスとジルカレの目線がぶつかる。途端、ライゲンギスの眼がジルカレの心を見抜く。
「ジルカレちゃん、だっけ。悩み事とかあるよね」
「……ッ。ははは、確かに悩んでいると言えばそうですが、まさか見抜かれるとは」
「よかったら聞かせて頂戴?」
(どうしてだろう。初めて会う人なのに、こっちから心を開きそうになる。不思議な人だ。まるでファスト兄さんみたいな人だ)
そう思うジルカレの表情は、さっきまでとはうってかわって解けている。
「今の私にはやりたいことが無い。それがもどかしい。何かやりたいことがあるはずなのに、何も思いつかない。まるで燃え所を見失った炎が燻っているみたい。……AIを積んでおきながら自分の悩みが解決できないなんて笑えますよね」
「笑わない。笑うもんか。人類共通の悩みさね、AIにも答えは見つからないさ」
ライゲンギスの空のように明るく透き通る眼差しがジルカレに刺さる。それから、何かを思いついたようにライゲンギスが手を合わせる。
「そうだ、そういうことなら二人とも宇宙に行かない?」




