第43話 みらいに向かって
【ジルカレとネガステルの場合】
場所を変えて、ジルカレの自室。ジルカレとネガステルが会話している。
「……学校はどうするの?」
「ん。行かない、ってことも考えたんだけどやっぱり行く」
「その……私達のせいで学校行きづらくなってアレなんだけど、苦じゃない?」
「苦しいよ。本心を言えば行きたくないし、卒業も近いから行く必要はないし。……けど、私は心に決めたんだ。政治家になって、”人造人間”が生きていける世界を作るって」
「ネガステルちゃん……。私達のためにそこまでしなくてもいいよ」
「もちろん、ジルカレちゃんたちのためじゃないよ。今回の件、お父さん達だけじゃなくて国公党っていう党までもが欺瞞の上で政治活動していた。この世界はまだ嘘と欺瞞に溢れている。だから私は、嘘をつかなくても生きていける、欺瞞なんて無くてもちゃんと認めてくれる、そんな世界を築きたい。私は、私の願いのために政治家になる」
「そうなんだ、すごいね」
「でしょ。だから私は堪えることにしたの。政治家になれば私を嫌う者なんていっぱいいるし、色々言われちゃうから。だから学校にも、堪えて通うよ」
ネガステルの前向きな表情が、今のジルカレには眩しく見えた。窓の向こう側で、曇天の隙間から光条が地に降り注いでいた。
「ねえ、ジルカレちゃんは将来なにになるの?」
頬杖をつきながら、ネガステルちゃんが問うてくる。将来の夢。それは、ジルカレにとってまだ想像したことのないことだった。
「将来の夢かあ。ちょっと……想像つかないや。今まで目の前のことでいっぱいいっぱいだったし、育ち方も普通の人間と違ったしなぁ」
きょとんとした顔になったジルカレは、窓辺で黄昏れる。
「ははっ。じゃあ、ジルカレちゃんはこれから考えるんだね。ジルカレちゃんが本当にやりたいことは何か、私は興味あるね」
ネガステルは微笑みながらコーヒーに口をつける。光条が部屋にも差し込んできて、コーヒーカップが蘇芳色に染まる。
「将来の夢、か……」
地に降り注ぐ光の柱を眺めながら、未来に思いを馳せるジルカレであった。
「じゃあねー。私、父さんとも話してみる。そんでいっぱい頑張る。ジルカレちゃん、またね!」
ネガステルが車の窓から手を振っている。車が離れていって、ネガステルの姿が小さくなっていく。ネガステルの姿が見えなくなると、ジルカレは踵を返してセンターに戻る。
【五女の場合】
その日の夜、【兄妹たち】がリビングルームに集められる。ファストと【四男】がみんなの前で並んで立つ。まずファストが話し出す。
「改めて、これからは普通に一緒に【兄妹】として暮らしていくことになる、【四男】だ。名前は、自分で考えたんだろう?」
【四男】はずっともじもじしていてどこかよそよそしい。もしかしたら本当の性格は恥ずかしがり屋なのではないのかな、とジルカレは思った。
「あ、あの……。すみません、今まではキャラ作ってたので、いざとなると心が……」
一旦深呼吸をする【四男】。
「すみません。……改めて、挨拶が遅れました。【四男】です。これからはみなさんと普通の生活をしたいです。名前は……」
一拍の間を置いて、強めの声で【四男】が発表する。
「”アイガ”です。僕は、僕自身を愛したい。我を愛すると書いて、”アイガ”です。よろしくお願いしますっ」
【兄妹たち】全員で拍手する。【次女】ドゥーレが2ホールのケーキを運んできてみんなで切り分ける。9等分にされた2つのケーキそれぞれから均等に取り分け、残った4切れのうち2切れはドゥーレが冷蔵庫に取っておいて「【長女】の分」と書いておき、あとの2切れはファストが庭にある墓に供える。
【四男】アイガ歓迎パーティーは盛り上がり、夜が更けてお開きになる。
まぶたの重くなった【兄妹たち】が各々の部屋に戻る中、ジルカレだけはリビングルームの窓から外を眺めていた。その手の中にあるスマホでは、『将来の夢』の文字が検索欄に収まっている。スマホの画面に様々な職業が写る。
「違うなあ……どれも……」
様々な検索結果をスクロールしては『戻る』を押して別の検索結果を押し、戻ってはたまに動画を開く。
「まだ起きてたの? 寝なさいよ、ジルカレ!」
スタッフのトゥレルさんに声をかけられてジルカレは生返事をし、ぼんやりとしたような表情で部屋に戻っていった。




