第42話 腹を割って話し合おう
【ネガステル・カークマンの場合】
私の父さん、アル・カークマンは超多忙で娘の私に会う時間を作れないらしい。だから、私はまずジルカレちゃんに会うことにした。
自家用車を老紳士が運転する。高層の建物ばかりだった街並みがどんどん低くなってまばらになり、畑や田が多くなる。窓の向こう側の見通しがどんどん良くなっていく。窓を開けて、新鮮な空気の突風を味わう。
「空気がおいしいなぁ。すっきりする」
「さようでございますか。それはよかった」
田や畑も少なくなり、手付かずの荒原ばかりが広がる地域に入る。その荒原の真っ只中に、20階建てのひときわ大きな建物が聳え立っている。あれが人造人間製造センターなのだ。
車を降りる。天気は、私の心のように曇天だ。このままジルカレちゃんに会って良いのか。嘘をついた人造人間に会って良いのか。ここに来て、心が揺れる。
「ネガステルちゃん、来ると聞いて迎えにきたよ」
入口の門に備わっている警備室から、四本線の髪飾りの少女ジルカレちゃんが顔を出してきた。ええい、ままよ。
「ジルカレちゃん。私は話したいことがあって来たの。遊びに来たんじゃないよ」
「……わかってる。センターの中で話そう」
入口の門を通り、すぐ目の前にあるセンターの玄関口の中に入っていく。センターの建物の玄関口とは反対側のほうには人造人間の居住区があって広大な草原の庭が広がっている。私達はセンター2F、事務エリアの小さな応接室に入る。老紳士には他のところで待ってもらって、ジルカレちゃんと2人きりになる。
私の目が、ジルカレちゃんの瞳を睨みつける。彼女の真意を探るように。ジルカレちゃんも真剣な目つきで見返してくる。視線が合わさったまま、お互いに言葉を切り出すタイミングを探っている。
先陣を切ったのは私の口だった。
「単刀直入に言うよ。人造人間たちはどうして嘘をついたの」
言葉を投げかけられたジルカレちゃんの目が動揺したように泳ぐ。私はジルカレちゃんを見据える。私の目で、人造人間たちのついた嘘を判断する。
私の真っ直ぐな目線に気付いたジルカレちゃんが深呼吸をし、視線を私の瞳へと戻した。
「ネガステルちゃん。あの嘘を提案したのは私」
はっとして、私の心臓が引き締まった。人造人間たちの【兄妹】の誰かが思いついた嘘だとは思っていたけど、まさか発案者がジルカレちゃんだったなんて。ますます、ちゃんと聞かなきゃ。
「わかってると思うけど、私達【人造人間】は社会に認められなければ居場所はないの。だから私達【兄妹】を守るために嘘をついたの。保身のためよ。法や道理に背いているのはわかってるけど、間違っていない」
しっかりとした力強い言葉。信念を持って言っているということがわかる。でも、だからって私は嘘をつかれたことを許す気はない。
「人造人間が危ないなら信じられないのは当たり前。AIが暴走していたとは言え、ロテは自分の意思でテロを始めたんでしょ? そんなに重要な情報を隠されては、人々はちゃんとこの瞳で人造人間を判断することができない。……初めて私達が会った日のこと覚えてる? ジルカレちゃん」
「うん。あれは確か……私が嘘をついたすぐの日だったね」
「あの時、ジルカレちゃんは色眼鏡を通して見るなと言ったでしょ。でも実際には、あなた達は私達に嘘情報という名の色眼鏡をかけさせていた」
初めて会った日のジルカレちゃんの言葉がとても苛立たしく感じられる。嘘をついたすぐの日にああいうことを言っていたのだ。
「言っていることが矛盾している。ジルカレちゃん、あなたは詐欺師だ」
詐欺師、という言葉にジルカレちゃんが身を震わせた。悪寒を感じたのだろう。
私の中で、徐々に怒りという名前の火が大きくなってきているのを感じる。引きこもっていた時は種火ほどだったその火は、今では大きな炎となって燃え盛っている。ーーーでも、その炎の中に、どこかぬるいところがある。分かっている。それでも、私はーーー
「ごめんね、ネガステルちゃん。私は詐欺師だ。軽蔑するなら縁を切ったって構わない。この私にあなたの友達だと言える資格はない」
「……いや」
不意に私の口から漏れ出た言葉。これが、私の本心。
「とても怒っている。でもどうしてだろう……ジルカレちゃんとはまだずっと友達でいたいよ。あなたたちのしたことは許せない。けど理解はできる。ジルカレちゃんならこうするんだろうなって。……それでも間違っているから正したい。友達だからこそ……あなたとぶつかりたい」
ドキっとするジルカレちゃん。予想外だったのだろう、辺りをあちこち見回してはまとなりのない言葉を切れ切れに出して、深呼吸してようやく私に向き直る。その表情は、とても戸惑っていた。
「私、嘘つきなんだよ? とてもとても大きい、嘘つきだよ?」
「関係ない。もう友達になっちゃったもん。あなたの過ちを正して、私はあなたと共に居たい」
私の怒りの炎の中から、冷たい涙の水滴が零れ落ちる。
「……こんな私でもいいの? ネガステルちゃん」
「うん。間違いは反省しないといけないけど……だからもし私がこの先間違ったらジルカレちゃんが正して」
ジルカレちゃんからも私からも、涙が出てきていた。私の方から手を差し伸べる。ジルカレちゃんがその手を握り返す。今ここから、新たな友情が生まれる。




