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培養槽の兄妹たち  作者: 観測者エルネード
人造人間とAIの章
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第41話 ネガステルの涙

【ネガステル・カークマンの場合】


 ネガステル・カークマンとは私のこと。今は小学6年生で、ジルカレと同じ背丈になっている。

 昨日、私の父さんがテレビで大変なことを言っていたわ。その父さんは色々忙しいせいか、まだお家に帰ってきていない。母さんからは「今日は学校を休んでもいいのよ?」と言われた。

 確かに昨日はずっと泣き続けて寝てないし、とても疲れているから。でも、私は大統領の娘だ。勉強で遅れるわけにはいかない。

 教室に入ると、クラスの男子のひとりが突然私を指差した。特に親しくもない、顔と名前しか知らない男子だ。


「あっ! うそつきの娘がきたぞ!」

「ひとごろし人造人間の仲間だー!」


 突然の言葉に、私の頭は真っ白になった。足元の感覚がなくなってまともに立てなくなり、枯れたはずの涙がまた溢れる。気がつけば、私は保健室で休んでいた。外を見ると、日が地平線の向こう側に隠れようとしていた。


「ネガステルさん、目覚めたのね? 外で秘書の方が待ってるわよ」


 秘書の人が校長室で待っていて、私は秘書の人と一緒に車で帰った。途中の景色は覚えていない。家に帰っても頭の中は真っ白で、父さんはその日も帰ってこなかった。


 次の日、私は人生で初めて登校拒否をした。学校に行こうと思った瞬間に足に力が入らなくなり、呼吸が苦しくなって涙が止まらなくなるのだ。

 自分の部屋に引きこもって、ジルカレちゃんに電話しようとした。だが、電話番号を入力する指が途中で止まり番号を消してしまう。人造人間。私たちに嘘をついていた人たち。私は、信じられなくなっていた。






「もう1週間、引きこもってるじゃない。そろそろ出てきたら?」


 ドアの向こうで母さんの声がする。6日前に電池が切れてそのまま充電を忘れたスマホが床に落ちている。読んでも面白くなくて放ったらかしにした、散乱した本。ろくに風呂に入ってなくて汗臭い私。帰ってこない父さん。


「……私、仕事に行ってくるね。父さんの秘書がいるから、何かあったらその人に言うのよ」


 足音が遠ざかる。ベッドに横たわっても眠れない。でも眠い。私、おかしくなったみたい。

 流石に引きこもりすぎたせいか、身体が変化を求めていた。ドアを開けて玄関まで歩いてみようと思った。ドアを開けると、相変わらず清潔な廊下が私を出迎えた。私の部屋とは大違い。

 階段を降りると、リビングで眼鏡の老紳士がソファに腰掛けているのが見えた。相変わらずのムキムキマッチョだ。


「おや、お嬢様。おはようございます。 紅茶とミルクコーヒー、どちらがいいですかな」


 落ち着いた声音で話しかけてくれる。でもこの人は父さんの側近なはずだ。なぜここにいるのか聞くと、老紳士が答えてくれた。


「アル様がお嬢様のことを心配なされていたので、私がここにいるよう言いつけられました」


「そう。じゃミルクコーヒーで」


 喉の奥が舌の根とくっつきそうなくらい喉が渇いていた。温かいミルクコーヒーをゆっくり飲んでゆく。その後は、お互い無言になってしばらくの時間をリビングで過ごした。老紳士はあえて私に何も話しかけずにそっとしておいてくれたのが私には分かった。




「ねえ、父さんのやったことって正しかったの?」


 いつのまにか、そんな言葉が私の口から出た。ずっと心のなかでもやもやしていたことだ。老紳士はすかさず即答する。


「はい、アル様は正しいと思います。ただ……」


「ただ?」


「お嬢様は私の言うことを鵜呑みにしないで下さい。お嬢様はお嬢様でお父様のことを判断して下さい」


「……何よ、それ」


 心が荒んでいるせいか、つい刺々しい言葉を吐いてしまった。理性では、しっかりと自分で考えなければいけないことだと分かっているのに。


「アル様……あなたのお父様が正しいと言ったのは、あくまで私個人の考えです。私はアル様のことが正しいと思っているから、アル様に仕えているのです。ですが、”私の正しい”と”お嬢様の正しい”は違うでしょう。お嬢様はぜひ、その眼で正悪を判断して下さい」


 何も言い返せない。だから黙るしかない。私が父さんは正しかったのかというふうなことを訊いたのは、ほんとうは心の何処かに八つ当たりの心があったからなのだ。


「……お父様に対する愚痴でも怒りでも何でも私めに言って良いですよ。お父様には黙っていますよ」


 その言葉を聞いた途端、私の心を堰き止めていた何かが崩れ去った。


「どうしてどうしてどうしてうそついてたのおおおおおおおお! 父さんっ……! うそついてたんなら謝ってよぉ! みんなに……私に……! ジルカレちゃんも謝ってよぉ……! どうして……うそなんかついてたのおおぉ!!」


 泣き叫ぶ私。感情が溢れて止まらなくて、言葉も止まらない。


 ようやく心に詰まっていた言葉を全て出し切り、泣き終えると自然と心が軽くなっていた。その中で、私のやりたいことが見えてきた。


「ずびっ……。私、やりたいことができた」


「何でしょう、お嬢様?」


「父さんと、ジルカレちゃん達に会いたい。会って話がしたい」

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