第36話 ここより、【四男】を奪い返す
トカレスカ騎士団の短編を書いていたので少しの間投稿に間を開けてしまいました。これからまた投稿していきます。
【エルカレとドゥーレとファングの場合】
「と、取り返すってどうやってやるんだ? エルカレには既に案があるのか?」
ファングが”妖精さん”を撫でながら訊く。
「このままじゃ、センターは国公党の言いなりのままになる。四男だけじゃない。人造人間10号も11号も……その次も。だから私はそれを根本から断ちたい」
ドゥーレとファングの2人がハッとする。エルカレが”根本から断つ”と言った言葉の真の意味を即座に理解したから。ドゥーレが慌て気味にエルカレに訊く。
「エルカレ、それをしたら私たちは終わりなんじゃなかったの!?」
エルカレはしばらく考え込み、力強い声で言う。
「これはジルカレの案なんだ。敵が国公党という人間である以上、殺すわけにはいかない。ロテの反乱と言う弱みは永遠に握られる。ならば、その弱みから断とうってジルカレが言ったんだ。私は反対しようと思ってたけど、よく考えたらそれしかないなーって思った」
「そうね。まあこのまま何にも行動しないでじわじわと国公党にセンターを支配されてゆくなんていやだからね」
ドゥーレが頷く。ファングは険しい顔をして考え込み、冷や汗をかく。
「……確かに。だが、ソレをするならばファスト兄さんの協力は必要ではないか。ファスト兄さんが落ち込んでいる今、とても難しいのではないか?」
ファングの指摘に、エルカレは痛いところを突かれたなと感じるのであった。
「この部屋を一歩出れば国公党の監視エリアだから、ファストお兄にああいう言葉を投げつけることしかできなかった……。けど、センターの監視カメラにダミーデータを送って監視を無効化できたら言うよ」
簡単そうに言うエルカレであるが、ダミーデータを送るには気付かれない必要があるためかなり難易度が高い上に時間がかかるのだ。
ドゥーレが両手を、パン、と乾いた音で叩いた。
「じゃあ、部屋の外でコミュニケーションを取る時は暗号でコミュニケーションだね! それもオリジナルかつ使い捨てのが望ましいよね。暗号の共有方法を決めよっか」
ドゥーレの言う通りだ、と言わんばかりにエルカレとファングが頷く。
このときから、【兄妹たち】が【四男】を国公党から奪還する戦いが始まる。
【長男と五女の場合】
ジルカレは【長男】の部屋のドアの前にいる。鍵がかかって固く閉じられたドア。ジルカレには、ドアからすら【長男】の拒絶のオーラが漏れているように見えている。
コンコン、とノックする。すると、ドアが少しばかり開いて【長男】ファストがドアの隙間から顔を見せる。
「……何の用だ、ジルカレ。用がないならほっといてほしい」
「話は聞いたよ、お兄。エルカレにあんなこと言われて辛いよね……」
ファストは沈黙する。自分の無力さを、この瞬間にも味わっているのだ。
「だから、ピアノで気分転換しない?」
「弾く気分じゃないんだが……」
「じゃあせめて私のピアノでも聴いてってよ」
半ば強引にファストを部屋から引っ張り出すジルカレ。ファストは諦めて、ジルカレの好きなようにさせることにした。音楽室で2人きりになる兄妹。
「お兄は、どんな曲が聞きたい? 私が弾くから」
「……ジルカレがいつも弾いているやつでいい……」
「分かったぁ、”ヅィーオ森での追憶”だね」
ヅィーオ森での追憶。最初は軽快な音楽で朗らかな自然を表現するところから始まるが中盤になると過去の追憶ともいうべき落ち着いたパートに入り、後半になると別離を思わせるどこか悲し気な音楽になるのだ。
ジルカレがグランドピアノの前に座り、鍵盤に指をかける。
「それじゃ、最後までちゃんと聞いてね。ファストお兄」
そう言うと、ジルカレが鍵盤を叩いて軽快な音を出し始める。ここで普通の聴衆なら広大で暖かな自然が脳裏に想起され、楽しい気持ちになってくるのだ。
(こんな時に自分ひとりで楽しい気持ちになってもなぁ)
だがファストの気持ちは落ち込んだままだ。音楽の力を以てしても彼の心を動かすことは出来ないのだった。
軽快で朗らかな音調が徐々に落ち着き、悲し気な雰囲気さえ醸し出される後半のパートに入る。———ここでファストは違和感を覚える。
(何かアレンジしたか? ジルカレのやつ……)
確かに落ち着いてはいるが、どこにも悲しさが無い。悲しさがあるべきところにない。代わりにそこにあるのは不純物だった。この音楽には本来存在しないモノ。
(ジルカレ、どうしたんだ……!?)
本気で心配になってジルカレの様子を見るファスト。しかし、ジルカレに悪いところは見受けられない。……とすれば、ジルカレが意図的に何かを仕掛けている。ファストはそこまで思い至り、ジルカレの”仕掛け”に感嘆する。
(まさか、僕が”ヅィーオ森での追憶”を注文することまで読んでいたのか……!?)
しかし、そこまで考えてもなおジルカレが何をしたいのか理解できていない。
(……まて、これは”ヅィーオ森での追憶”……まさか、ヒントは追憶?)
己の過去にヒントがあると予想したファストが自分の思い出を遡る。ーーーーーそして、とある思い出がヒットした。ジルカレが産まれたばかりの頃に、ファストとミルバル博士が一緒になって、テストも兼ねた暗号遊びをジルカレとしていた。その時にジルカレが作った暗号が、”ヅィーオ森での追憶”に仕組まれていたのだ!
過去の暗号遊びを思い出しながらファストが音楽を聞くと、メッセージが明確に浮かび上がる。
『四 男 ハ ミ ン ナ デ ト リ カ エ ス』
『キ ョ ウ ダ イ ミ ン ナ ア キ ラ メ テ ナ イ』
【長男】ファストは上記の2つのメッセージと、もうひとつのメッセージを受け取った。ジルカレの演奏が終わると、ファストは立ち上がってジルカレに近づき、拍手する。ーーーこのとき、ファストもまた、暗号遊びを参考にしてジルカレに近づく歩き方に暗号を仕込んでジルカレにメッセージを伝えた。
『ゼ ン ブ ワ カ ッ タ ボ ク ハ AI ナ イ カ ラ マ カ セ ル』
「……拍手ありがとう、ファストお兄!」
AIを搭載していないファストは暗号を瞬時に理解したり作ることが苦手だ。だからAIを搭載している【兄妹たち】で事を進めることになったのだ。
ジルカレとファストが音楽室を出る頃には、2人とも笑顔になっていた。
その日の夜、ジルカレとエルカレがすれ違いざまにまばたきの暗号で伝え合い、次にこの言葉を暗号で伝え合った。
『ーーーーーここより、【四男】を奪い返す!!』




