第33話 絶望する兄妹たち 新たな人造人間を取り巻く陰謀
そして、その日が来た。兄妹たちが【長女】を除いて全員集まり、新たなる兄妹【四男】が培養槽から生まれるのを見守るのだ。培養槽の中では、【四男】がケーブルが頭に繋がれたまま、緑色の液体の中で眠っている。
「培養液、排出します! 3,2,1!」
粘着質な培養液の水位が下がっていき、三歳児のような男の子が液の中から顔を出す。眠ったまま、ぐったりと槽のガラスに身を預けるようにしてゆっくり倒れていく。液が全部排出し終えると、槽の扉を開けてミルバル博士ら研究者たちが【四男】を抱えて頭からケーブルを抜き取り、身体をタオルで拭いて綺麗にしてから入院着のような服装に着替えさせ、近くに備えているストレッチャーに横たわらせる。そのまま、ベッドの置いてある隣室まで運ぶのだった。
「はー~~~、私も生まれたときはああだったんだ」
四本線の髪飾りを輝かせながら、ジルカレが感慨深く言う。
「うん、ジルカレの時もそうだったよ。ドゥーレ、ファングはは覚えてるよな」
【長男】ファストの言葉にドゥーレとファングが一緒に頷く。だがその時既に生まれていたはずのティエルは何故か頷かない。
「あれ? ティエル姉ってジルカレの生まれるところは見てないの?」
エルカレがその違和感に気付き、問うてみた。
「ははは……、私、エルカレが一日早く生まれたでしょ? そのエルカレの生まれるところだけ見て満足して次の日のジルカレの分は見てなかったや」
「ひどーーーーい! 薄情! ティエル姉の鬼ーーーーー!」
ジルカレがギャグのような顔で怒り、グルグルパンチでティエルのことを殴る。
次の日、【長男】ファストが【四男】の様子を見に来る。看病室のベッドの上で、【四男】は点滴に繋がされている。
「今日か明日に目覚めるのかな、君は」
ファストがそっと髪を撫でてやる。その時だった。【四男】がゆっくりと目を開け、2つの瞳がファストの顔を向く。
「……? 誰……?」
【四男】が、出し慣れていない、か細い声で【長男】に問う。ファストは【四男】の両手を握って、こう言う。
「僕はファストだ。君のお兄さんだ。待ってて、他の者を呼んでくる」
部屋を出ようとしたファストの裾を【四男】が摘んで止める。その口から出たのは意外な言葉だった。
「……。みるばるという人だけをまず呼んで。僕の頭の中にその人の名前がある……」
通常、造られたばかりの人造人間に特定人物の名前がインストールされていることは無いはずであった。だが、ファストはこの怪奇現象を、人造人間に対する実験のひとつだと思って気にしなかった。
「分かった。呼んでくる。ミルバル博士だな」
ファストが看病室を出て、一人だけになる【四男】。彼は孤独な部屋の中でこう呟いた。
「……この情報はいったい……。そうか、僕は……僕は、僕には果たさなければいけない使命がある……!!」
【四男】の瞳が燃えるように鋭くなる。何かを誓うように天井の一点だけをただ見つめるのだった。
【四男】が生まれてから、人造人間製造センターは連日お祭り騒ぎになった。【四男】のために料理の腕を振るう【兄妹たち】、【四男】に差し入れを持ってくるスタッフたち。みんながみんな、喜んでいた。
「ねー、自分の名前はどうするの?」
ある日、ジルカレがそんなことを【四男】に聞いた。
「名前……」
【四男】はしばらく宙を眺めながらぼんやりと考え、首を横に振った。
「決められないなぁ。候補が沢山あって……」
「そっかぁ。ゆっくり考えて良いんだよ」
【四男】についての異変が初めて現れたのは【四男】が生まれてから半年後、つまり人造人間たちが一年分の外見的成長をした後である。
「【人造人間09号】、君に会いたいというお客様がいらっしゃっている」
プレイルームでジルカレと遊んでいた【四男】が声をかけられる。その様子を見ていたファストが、些細な違和感を抱く。
「それじゃあ、いってきます」
朗らかに返事して【四男】がお客様のもとへ急ぐ。
「やあ、初めまして。君が【人造人間09号】だね」
そう言うのは、議員であるエレクセラ・メシュバーン。保守派の中でもとりわけ強硬的であり、最大野党の中で大きな権力を握っている。
「初めまして、【人造人間09号】です。……おじさんは、僕を造るよう博士に言った人ですね?」
意味深な言葉が【四男】の口から出る。だがその言葉に疑問を感じるのは居ない。
「そうだよ。……君にはこれから、国を愛することを忘れた者たちに国への愛を教育してやる人造人間になるんだ、【人造人間09号】!」
ほくそ笑みながら、メシュバーンが言う。
「……お任せ下さい。私が造られるときに私のAIに国を愛することを刻んで下さった御恩は忘れません。ついでに、ここで私は私の名前を決めようと思います。私の名前はアイコク。【人造人間09号】アイコクです。国を愛するアイコクです。よろしくお願いします」
【四男】アイコクとメシュバーンが固い握手をする。メシュバーンがミルバル博士に向かって、頭を下げて感謝の言葉を言う。
「ありがとうね、ミルバル博士。人造人間の愛国者を注文通りに造ってくれて! お陰で私たちはより一層躍進できる!」
それを聞いたミルバル博士は、申し訳なさげに震えていた。




