第32話 新しい兄妹 【人造人間09】
【いつかの未来の場合】
「ミルバルーーーーーっ!見損なったぞ、それでも人造人間の生みの親か、貴様は!?!?」
【長男】ファストがミルバル博士の首根っこを掴んで壁に叩き付け、鬼をも超える怒りの形相を表している。
「す、す、すまない……だが、こうするしかなかったんだ……【人造人間09号】のことについてはすまなかった……」
ミルバル博士が泣きながら謝罪の言葉を口にする。だがファストの心には塵ほども響いていない。
「……クソっ! 【人造人間09】……っ! 僕は世界を恨むべきか……!」
ファストの怒りには理由がある。それを遡って見てみようーーー。
【人造人間製造センターの場合】
ジルカレとエルカレがエセル社でのAIに関わる仕事を完了した二ヶ月後。ジルカレが人造人間製造区画に頻繁に入り浸っては、培養槽の中の【四男】の存在を見つめている。
「楽しみかい、ジルカレ」
培養槽の作業をしていたミルバル博士が気付き、ジルカレに話しかける。
「うん! 弟ができるの、初めてだから!」
満面の笑顔で頷くジルカレ。ジルカレはしばらく培養槽をなめるように見つめ、それからミルバル博士に聞く。
「私も元々はこうだったの? ミルバル博士」
「そうだよ。君も培養槽の中で育って、出てきたんだ。ビデオだって見ただろう?」
「見たけどさ。でも本物を目の当たりにするのは初めてだからなー」
「ははは。弟が生まれるの、楽しみに待っててな」
その後もジルカレは晩ごはんの時間になるまで培養槽を見つめていた。
ある日、おでこに横一文字の傷跡をもつエルカレが【四男】を見にやってくるとミルバル博士がPCの前で難しい顔をしているのが見えた。
「どーしたの? 新しい人造人間に搭載するAIのことで悩んでるの? 力になるけど」
「あ、いや……君には関係ないんだ、大丈夫だ」
その日は、珍しくミルバル博士が難しい顔のままエルカレに向かって断った。いつもならば【兄妹たち】を前にすると必ず笑顔で接する男が。違和感を覚えたエルカレだったが、構わずにPCの画面を覗き見る。
「あっ、こら! やめなさい! ———エルカレ、違うんだっ!」
妙に慌ててミルバル博士がPCの画面を覆い隠す。だが既にそのAIのコードはエルカレの眼に焼き付いてしまっている。
「……ねえ、これって……」
エルカレがミルバル博士のことを信じられないような目つきで見、それから培養槽のほうを向く。
「ひとつ、聞いていい? ……このAI、まだ搭載してないよね? まだケーブルが頭に接続されていないし……」
「あ、ああ……エルカレ、このことは……」
エルカレの瞳孔が監視カメラのレンズを見る。妙に神妙な顔つきでミルバル博士が地面に手を付こうとしたとき、変に明るい笑顔になったエルカレが博士のほうを振り返る。
「なーんだ、じゃあ大丈夫だね! 博士が見てたの、拡張思考AIの脳適応部分だよね! そこの辺のコードが上手くいかないと上手く人造人間の脳とAIが合わなくなっちゃうんだよね~。私が直しとくよ~」
「あ、あ? エルカレ、なにをいって……」
ミルバル博士が言葉を発しようとしたとき、エルカレが小さく。静かに、のジェスチャーをした。丁度、身体で隠れて監視カメラの死角になるところでジェスチャーをしたのだ。それを察したミルバル博士が言葉を変える。
「あ、ああ! そうなんだ。でもエルカレ、君は最近忙しいだろう? 君の負担になりたくないからこのことは関係ないって言ったんだ。 だけど……エルカレなら、これをどうにかできるのかな?」
まるで他所を気にして、本当の意味を隠すように喋るミルバル博士。エルカレは本当の意味を読み取り、こう答える。
「うんっ! コードさえ見ればだいたいのことはわかるよ! アフターケアも、しっかりやるからね!」
「そうか……ならここを見て欲しいんだが……」
2人が一緒にPCのコードを見る。コードを読みながら、エルカレは本当にミルバル博士の事情を察した。
(このコードは……そうか、そういうことね。道理であんなに難しい顔をしていたんだ……)
「じゃあ、私に任せて! ここはこうこう、これをこうして……こう!」
エルカレとミルバル博士はそれから一時間くらいPCを操作してAIを再構築していった。まるで何かを気にするかのように時折辺りを見回しながら。そして、エルカレは心の中でこう思うのだった。
(ファストお兄。ごめんなさい、みんなであなたのことを裏切ることになるかも)




