閑話 【次男】ファングの苦労
【次男ファングの場合】
「突然だが、僕は出張をすることになった」
【兄妹たち】の前でファストがそう告げる。
「だが、僕がいないのをいいことに好き勝手にやっていいわけではないからね。いつも通り節度を守った過ごし方をすること!」
と念を押したファストは【次男】ファングだけを呼んで別室に移動する。
「何だよ? 兄さん」
「ファング……。僕のいない間は君が兄妹を見ててくれないか」
【長男】ファストに頼られた。その事実だけでファングは嬉しくなる。
「はい! 問題の起きないように見張ってますので出張頑張ってください!」
かくして、短期ではあるが【長男】ファストの居ない日々が始まる。車に乗ったファストを全員で見送ると、いきなりジルカレが鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに走り出したーーーが、ファングに止められる。
「どこへ行くつもりだ、ジルカレ」
「え……えっと……ちょっとファストお兄に止められてた実験やろうかなって……」
冷や汗をかきながら答えるジルカレ。その首根っこをファングが掴んで怒鳴る。
「っっこの阿呆が! 兄さんに止められる実験たぁろくでもない実験だろ! やめろ!!」
怒鳴られて渋々実験器具を片付けるジルカレであった。
ジルカレを怒鳴ったあと、自室に戻ってゆっくり映画鑑賞するファング。
すると、廊下からガラガラガッシャーーーーン!
「何事だ! ジルカレかぁ!!」
平穏のひとときを壊されて怒り心頭なファングが廊下に来てみると、薬品入りガラス容器を入れたダンボールがたくさん床に落ちて様々な薬品が床で混ざり合ってしまっている様子が目に入った。その犯人、【次女】ドゥーレが床に膝をついている。
「あ、ファング君。私ね、頑張っていっぱい運ぼうとしたらこんなことに……。やっぱり慣れないことはするんじゃないよね……役に立ちたいけど……」
涙目で弱音を吐く、ファングにとって姉であるドゥーレ。そして怒るファング。
「あったりまえだ、一度に持ちきれないものを持つんじゃなーーーーーーい!!!」
その後はファングがドゥーレと一緒に壊れたガラス容器と溢れた薬品の後始末に4時間もかける始末になってしまった。ついでに薬品の影響が消えるまで薬品を溢した廊下のすぐ前であるファングの部屋は廊下ごと立入禁止になってしまった。
「おんのれドゥーレええぇぇぇ……!」
ハイテクトイレの個室でひとり唸るファング。唸り終わって気分転換に中庭を散歩する。するとファングの上でパキン、と枝の折れる音がした。
「うわうわうわっ、ああーーーー!!」
ドシン! と音を立てて【三女】ティエルがいきなり落下してきた。眼の前に落ちてきたのでファングの腰が抜けて倒れてしまった。
「てっ、てててティエル……? な、なにをしてたのカナ……?」
「いって〜……。この巨木の頂上まで登れば世界記録を越せると思ったんだけどな〜……」
それを聞いて上を見上げるファング。ティエルが登った巨木というのは、この世界では希少にして高価な木、レルカーヴル木。そして、ティエルはその貴重な木に登り、枝を折って、落下してきた。
「きさまーーーーーーー! 俺はお前のことやっていいこととやってはいけないことの分別がついてると思ったのにーーーーーーーー!」
腰が抜けたままのファングが怒鳴り、ティエルが、びくん、とびっくりする。説教は一時間も続き、その後でミルバル博士がティエルを叱りながら診たのであった。
「……お前は何もやらかさないよな、エルカレ?」
夜、リビングルームで風呂上がりの【四女】エルカレにファングが聞く。
「え? 何もしないよ、どうしたのファング兄さん」
「今日……。ジルカレとドゥーレ姉ちゃんとティエルがやらかしたからな……。しかも俺の部屋が入れなくなったから今参ってるんだ……」
「じゃあ空き部屋で寝るの? ファング兄さん」
「ん? ああ、そういうことになるが……」
ファングがそう言うと、エルカレが少し黙って何かを考え、「まぁ30部屋あるし、あの部屋さえ引かなければいっか」と意味深な独り言を残すのだった。
「なんなんだ、あの独り言は……」
エルカレの独り言を気にしながら、ファングは空き部屋のうちひとつを選び、就寝する。
(この部屋は何も問題ないようだし、大丈夫だろう……)
ファングが寝入る。すると、箪笥やら机やらの引き出し、押入れの中など様々な収納場所から金属の肌を持った生物らしき形状のナニカが出てくる。ある所からはヘビ状のナニカ。またある所からは小型犬状のナニカ。鳥みたいなナニカも羽ばたき、それぞれがやかましく吠え、また煩い足音を鳴らし、部屋中の家具を動かして音を出したり……。
「やーーーーーかましいーーーーーーーっ! うおっ、なんだこのロボットたちは!」
我慢できずに起き上がり電気をつけたファングがびっくりする。動物のロボットたちが部屋に跋扈しているのだった。その時、部屋のドアが開いてエルカレが入ってきた。
「みんな、静かにしないと怒られるよーーー……って、えっ、ファング兄!? ここ選んじゃったの!?」
「こっちのセリフだぁ! 勝手にロボットの動物を造った挙げ句しまっておくんじゃなーーい!!」
ここまできてついに怒髪天を貫く。怒りの熱で頭から湯気が沸き立ちファングの耳から水蒸気が噴き出る。ポォォォォォォォォォォォォォォ。
「ごめんね、私の妖精さんたちがうるさくしちゃって……ファング兄……?」
完全に白目を向き、鬼の形相となったファングが叫ぶ。
「みんなをここへつれてこーーーーーーーーーーーい!!!!」
ファングの叫びに目覚める兄妹たちと住み込みのスタッフたち。耳から水蒸気を噴き出しながらファングが逃げる兄妹たちを捕らえ、リビングルームに集める。
「ウゥ〜〜〜! てめえら、明日の夜まで一日中叱り通してやるーーーーーーー!」
ファングの宣言通り、説教は24時間続き、兄妹たちは正座を強いられて足の感覚を喪失してしまい、子鹿のように立てなくなる。遂に叱り終えたファングは声も枯れて倒れ、スタッフの介抱のもと防音室に特別に設置されたベッドで安寧のひとときを眠って過ごすのだった。
数日後。
「いろいろお土産買ってきたよ〜。出張だったけどなんか逆に旅みたいでリラックスできたなぁ〜」
【長男】ファストが帰ってきたのだ。今までにない笑顔で、ウキウキと声を弾ませながら帰ってきたのだ。それを見た、苦労でやせ細ってシワッシワなファングがファストをこう評する。
「……そりゃあ色々やらかす兄妹たちから解放されたらリラックスできるわな……」
「ん?」
【長男】ファストがリラックスできた理由を察し、その影に隠された苦労を察したファングであった。




