第31話 教える人造人間 齎される人間
【ジルカレとエルカレの場合】
前話から数日後。エセル社のAI技術者たちが会議室に集まり、双子がスクリーンの前に立っている。
「それでは、AIについて人造人間が得た知識の還元講座を始めます!」
双子の四本線の髪飾りをしている方がマイクを握って言った。スクリーンに映像が映る。
「今回、対象となるAIはエセル社の販売している家庭用サイバーセキュリティAIについてです。AIがハッキングを防ぐためにどう動いているか、脆弱性はどういうものか、性能を高めるにはどうしたらいいのか。それを人造人間が人間の言葉に解釈してお教えします!」
元来、AIは人間にとって理解できない代物であった。そして、人間はAIにAIのことを説明させる試みをしたこともあったが失敗に終わってしまっていた。
だが、ここには”AIを搭載した人間”がいる。人造人間。AIによって最適化された思考と人間としての感情を併せ持つ人造人間に、エセル氏は望みをかけたのだ。
「まず、このAIの特徴はコードがめちゃくちゃ長いことですが……に注目すればコードの検索は簡単に……」
ジルカレが説明し、エルカレがそれをサポートする。技術者たちはみな熱心にノートを取ったりPCでメモしたりしている。
「では、次に実践に入ります! とはいってもまだわからないことだらけですし全然失敗に終わるでしょうが、数をこなして慣れていけば出来るようになると思いますよ!」
ジルカレの言う通り、技術者たちの頭の上にはハテナマークが浮かんでいる。今まで理解できなかったAIを急に理解しろと言われても無理難題なのには違いなかった。
だが、この時は技術者たちは双子のお陰で、AIのことをほんのわずかな欠片程度だが、理解ができるようになったのだ。
「……そうか、ここがそうなのか!なるほど……」
技術者のひとりが目を輝かせながらコードを読み解いてゆく。まだ手をつけることはできないが、読み取れただけでも偉業であったのだ。
人造人間が人間にAIを教える初日は、6時間にも渡って教えられた。その一日はまた、人類史に残る値千万の一日となった。
AIについて教え終えた後のとある日のこと。
「ジルカレ殿、エルカレ殿。本当に何を言っていいか……とにかくありがとう」
感謝の意を表してエセル氏が深々と頭を下げる。一か月にわたって双子はエセル社の技術者に教えた。そのおかげで、皆のAIの扱い方が見違えるほどに上手くなったのだ。今やエセル社には他社からの契約の申込みが絶えなくなっている。
「いえいえ、貴社の皆さんが頑張ったお陰ですよ」
とジルカレが謙虚に返すが、エセル氏が首を横に振る。
「いいや、我ら人間がどれだけ頑張ろうともあなた方の存在が無ければこんなことは起こり得なかった。本当に感謝している」
そのあとエセル氏と少し会話した後、双子がエセル社の人々の働きぶりを視察する。出会う人々が双子を見るや頭を下げ、それぞれ感謝の言葉を口にする。
「やれやれ、やっぱり人間と私たちの距離はある程度離れてしまうか」
視察を終えた後の車内でジルカレが独り言ちる。それを聞こえちゃったエルカレが返す。
「でも確かに人類と共に歩けていると思うよ、今の状況は」
車の窓の外を見て黄昏るエルカレが言う。
「たぶん、今回みたいなのを何度も繰り返せば距離はどんどん縮まるかもよ」
「最初は神みたいに振舞って盛り上がってたエルカレがそんなこと言うなんてね」
ジルカレがエルカレの脇を肘で少しどつく。四本線の髪飾りが少し揺れる。
「う、うるさいなぁ。あれも生存戦略のひとつだし、56人の命を救ったんだからあれくらい良いでしょ!」
お互いに顔を見合わせ、笑い合う双子の少女たち。この2人は後にAI史より親しみを込めて”AIの女神”と呼ばれることになる。
「ちょっと2人とも、AI講座の申込みが凄まじいんだけども……」
双子にそういうのは、【次女】ドゥーレ。エセル社が実績を出し始めてから、AIを扱う各社から講座をしてくれとの申込みがセンターに絶え間なく送られてくるのだった。だが、当の双子は目の下に隈ができていた。
「「ふぁ〜〜。もうめんどくさいよぉ……。断りた〜い」」
珍しく双子らしく息があう2人。だが国はそれを許さなかった。
『大統領であるワシから直に指令を下す。3ヶ月に1回程でいい、必ず一週間程度のAI講座を行うように!』
「「ええ〜〜。こうなりゃ断れないなぁ」」
再び声が重なる双子。
「ま、そんくらいなら平気でしょ。小遣いくれるし。ね、エルカレ」
「だね。あと、せっかくだからすごいパフォーマンスやってまた持て囃されちゃおうかな!」
普通の少女と変わらないような双子が笑い合って、飯を食う。
【兄妹たち】がそれぞれの日常を生きる中で、培養槽から新たな命が生まれようとしている。




