第28話 消えゆく人命 燃え上がる野望
【ジルカレとエルカレの場合】
エセル氏が応接室を出て行ってから一時間ほど、双子はテレビで事態の推移を見守っていた。
「ただいま、介護施設は危険な状態で救助隊が突入できておりません。また暴走したAIを抑えるため各社や国がハッキングを仕掛けていますが、施設の最先端サイバーセキリュティAIを突破できず、暴走を許したままになっています」
テレビのニュースで事態が解決していないことを伝えられるたび、爪を噛んで苦い表情をするエルカレ。その一人言はこうだ。
「私ならできるかもしれないのに……いまにも人命が失われかけてるのに……」
傍目から見れば正義心から人を助けたがってるのに出来なくて燻っているだけのように見えるかもしれない。でもジルカレには分かっている。その底には野心が宿っている、と。
そして、跳ねるようにエルカレが立ち上がった。
「もう我慢できない、大統領に相談よ! もしもし!」
『人造人間07号のエルカレ様ですか。生憎ですが大統領はご多忙なので取り次ぐことはできません。また後程に』
電話に出たのは大統領の秘書だった。大統領がいま何で忙しいのはテレビを見れば容易に分かる。
「だったらオルミアさんよ! もしもし!」
『えっ、エルカレ? 済まないがいま忙しいんだ、きるぞ————」
「介護施設の暴走AIの件、私なら解決できる!!!」
『うおっ!!!!』
エルカレの声が大きすぎたのか、電話の向こう側はしばらく無言になった。それから、慎重なトーンになってオルミア議員が返事をする。
『耳が痛いから大きい声はやめてほしいな……。エルカレ、言いたいことはわかるが君はその立場にはない。切るぞ—————』
「そんな悠長なこと言っていいの? 与党である興国党はAI規制を緩和してましたよね」
『あぁ? ……まさか』
「今回の事件を収められなければ支持率下がりますよ。私が助ける、あなた方は支持率を維持できる。ウィンウィンではありませんか?」
『だが人造人間はAIより優れているわけじゃない。せいぜい同格程度だ。しかも手でタイプしなければならない分AIよりも遅いんだぞ君たちは!』
エルカレにイラついたのか、オルミア議員の声が荒くなる。だがエルカレは一貫して冷静だ。
「確かに性能だけで見ればそうです。しかし人造人間とAIの違いは、人間かどうかです。人造人間ではない人間がAIをうまく使えているとお思いですか?」
その言葉に何か引っかかりを感じたのか電話が少し沈黙し、再び慎重なトーンになって返事が返ってくる。
『何が言いたい?』
「確かにAIは高性能です。でもその中身を人間は理解できていないし、AI自体は人間のような意思の無いただの道具です。故に上手く扱えていないと言いたいのです。包丁と同じです。使い手が上手い切り方を心得ていなければどんなに切れ味の良い包丁を持っていても料理はおいしくならない。———今回の事件もそうです。人間がハッキングAIを上手く扱えているとは思いません。ですが、人造人間である私ならセキリュティAIやハッキングAIのことを理解できる。あなた方が30%ていどしか引き出せていない道具の良さを私が100%引き出します」
『……言いたいことは分かった。最近の実験を視察していて、私もそう思うようになった。だが、やはり立場というものがあるんだ。立場を間違えれば正解を間違うこともある。私にはやはり君たちが出てくるのが正しいとは思えない』
政治家としての長年の経験がそういわせているのだろうとエルカレは察した。もはや説得は難しいと思われたその時、続報が報じられた。
『ここで残念なニュースです。AIが暴走した介護施設について、監視カメラの映像で要介護者が意識不明の状態に陥ったのが確認されました』
そこに映し出されたのは監視カメラの映像だ。動けない要介護者がエアコンによる室温の急激な変動に耐えかねて泡を吹き、身体中をビクンビクンと痙攣させながらゆっくりと瞼を閉じる映像だった。
意識不明、と報じられたのはあくまで医者に診断されていないからに過ぎない。映像を見れば誰の眼にも明らかに、ひとりの老人が死んだのが見て取れるのだった。残念なニュース、と付け足されたのもそういうわけである。
応接室の中の空気が重くなる。さすがにエルカレも言葉を出すのが憚られて、ジルカレがその手を握りしめる。
それから10分ほど経って、スマホが鳴る。それは大統領からだった。
『私だ、アル・カークマンだ。オルミアから話は聞いた。人命には代えられん、何にでも縋らなきゃならん。やってくれるか、エルカレさん』
大統領からの要請だ。覚悟を決めたような目つきで、エルカレが返事する。
「はい、やります」
そうしてエルカレが介護施設近くに設置された対策室に赴くことになり、ジルカレもついていくことになるのだった。




