第26話 人から離れたくないあなた 人から称えられたいあなた
【ジルカレとエルカレとネガステルの場合】
「って来てたんだ、ネガステルちゃん!」
ここはエセル社のAI研究施設。ネガステル・カークマンが見学に来ているのをジルカレが見つけたのだ。
「パパにおねだりしたら、このオルミアさんって議員と一緒に行くといいよって言われたの!」
「まあ元々視察する予定であったからいいんだが……娘を寄越す大統領にも困ったものだよ……」
トホホ、とオルミア議員がぼやく。オルミア議員の他にはAI関係の法案を扱う議員が数人か視察に来ている。
「ジルカレー。研究者たちが準備ができたって」
「分かった。じゃあまた後でね、ネガステルちゃん」
「うん、頑張ってー!」
そして実験が始まった。その実験とは、工業器械に搭載されたAIを活用して工作品を作るというものだった。これも事前に渡されたデータを参考にしながら2人が試行錯誤してAIを活用する。結果、人間が試行錯誤したのよりも遥かに高品質のものができた。対照実験としてAIを搭載していない工業器械で同じものを双子が作ると、人間基準では素晴らしいものの品質が大幅に落ちた。
次は、半自律型AIのロボットに対して言葉で指示を出して協調し、定められた試験で高スコアを叩き出せるかどうかの実験を行った。結果、人間が指示を出すよりロボットの動きが遥かに良くなって満点に近いスコアを叩き出した。
「”AIを使う実験”は、今日のところは良いだろう。お疲れ様、そしてハイスコアおめでとう!」
エセル氏が双子を絶賛し、労う。人に喜ばれて、双子も笑顔になる。それからジルカレが辺りを見回すと、実験を見学していた者たちの表情には驚きの色があった。
研究施設からセンターへの帰りの車内でジルカレがネガステルと電話する。
『ごめんね、スケジュールの都合で途中で帰っちゃった』
「いいよ、前もって聞いてたし。で、私どうだった?」
『めちゃくちゃ凄かったー! で、私はちょくちょくセンターに遊びに行ってるからいいんだけど、周りの見学者たちがね、口をあんぐりしてたの』
「あー。やっぱりか。驚かせちゃったかぁ」
『ね。ジルカレちゃんが心配してたのってこういうことでしょ?』
「……うん。今日のことはミルバル博士とファストお兄に相談するつもり」
運転手とトゥレルに今日の自慢話で夢中なエルカレを尻目にジルカレがスマホに向けて言った。
次の日もAIを使う実験。一週間のプログラムはほぼ全てがAIを使う実験で、そのいずれも双子の人造人間がハイスコアを叩き出した。
エセル社の会議。議案は人造人間とAIに関するものだ。技術者のひとりがグラフを指し示しながら話をしている。
「……以上のことから、人造人間はAIの特性を見抜いてより良く扱うことに優れています。我々人間はAIのことを良く知らないがために良く分からないままAIを利用し、結果としてあまり良くない使い方をしてパフォーマンスを落とすことが特に近年では顕著です。その点を人造人間は克服できていると言えるでしょう」
「なるほどなるほど。やはり人造人間はAIとの相性がいい。私の予想した通りだ」
とエセル氏がうなずく。が、技術者のひとりがやや否定的な見方をしている。
「ちょっと人造人間を好意的に捉えすぎかな。私の持ってるデータだと、AIがAIを扱った場合と人造人間がAIを扱った場合では差は少ししかない。そして商品として優れているのはAIのほうだ。人造人間とはいえ人間は商品にできないからね」
それに別の技術者が異論を唱える。
「たしかに君の言うことはもっともだと思うが、現在ではAIはAIを我々人間が理解できるようには説明できない。だが人造人間はAIをここまで理解している人間だ。プログラミングコードレベルではどうなるかは来週からの実験次第だが、AIの特性を理解して説明できるというレベルではAIを使うAIよりも良いと言えるだろう」
その後も会議では多様な意見が飛び交い、エセル氏はその現状に可能性を見出すのだった。
それからプログラムは、”AIを読み解く”フェーズに入る。様々な機器を駆使して優雅に活躍していたのとは打って変わって、パソコンの前に座る地味な一週間が始まった。
「これがAIのコードか」
ジルカレがそう呟いて顎を机の上に置いた。ジルカレとエルカレは、エセル社が商品としているAIのうちのひとつ、ラジコンに搭載するAIのコードをパソコンを通じてみている。
「ここでひとつ君たちにお願いがあるんだけど、このコードから自律運転モードに関するコードを特定して抜き出してくれないかな」
技術者から出された題に頷く双子。膨大なコードがスクリーンに映し出される。
「ふんふん。なるほど、こうなっているのか……」
エルカレが頷きながらコードの解読を進める。ジルカレも同様の速度で読み進める。解読にかけた時間は二時間半。エルカレが当該のコードを抜き出す。
「これでしょ」
エルカレの抜き出したコードを技術者が鑑定AIにかける。鑑定AIが正解の二文字を出した。
「っしゃ! いけたぁ!」
その瞬間、周りの見学者たちが騒然となる。誰にもできなかった偉業。ソースコードレベルでAIを理解した人間が出たのだ。それが、人造人間。
「大変だ。あの議員に連絡を!」
「上司に伝えねば。これは大事件だ!」
「帰って、このことについて考えねばな……」
政治家や他企業の研究者、経営者ら見学者が一斉に慌ただしくなる。ジルカレはそれを遠巻きに見て、やはり、と呟いた。
「ねえねえジルカレ、私、できたよ!」
にひひ、と笑うエルカレとは対照的にジルカレの表情は暗くなっていた。




