第24話 ”神”の力を見せ給えよ、人造人間諸君
テロ事件から一年後。センターの運営に【兄妹たち】が関わるようになって、彼らは忙しくなった。
「もしもし。データの提出を今していただかないと期限までに間に合いません。お願いします!」
とは【三女】ティエル。実験データのやり取りで電話しているのだ。
「センター内部はこのようになっております。人造人間製造区画はデリゲートな部分が多いので一部立入禁止になっております、ご注意下さい」
【次男】ファングが、外部からの見学客を案内している。主に民間の研究者や経営者向けにセンター見学の案内を始めたのだ。
【次女】ドゥーレは封印区画の【長女】のお世話係として日々できることをこなしている。それと平行してドゥーレはまた生化学や医学を勉強し、センターの研究者のひとりになることを望んでいる。
【四女】エルカレと【五女】ジルカレはというと、センター内の雑務をこなしながら、主に専門クラスの勉強をしている。
そんなある日、センターの見学ツアーで1つの話が切り出された。
「主にAIを取り扱っています、エセルテクノロジー社といいます」
青いスーツを着た中年の男が、ミルバル博士と【次男】ファングに向かってそう言いながら、名刺を差し出してくるのだった。
「あなた方センターは生体AIを研究するメイガ・バイオテクノロジースと提携しているようですが、どうでしょう。生体ではない、金属の機械の方のAIと人造人間との関わり方、研究してみませんか?」
この中年の男はエセルテクノロジー社のCEO、エセル・ディデルニア。寂れた町工場を大手のAI企業にまで育て上げた実績のある男だ。
その日すぐにミルバル博士が上層部に掛け合った。エセルの根回しがすでに行っていたのか、電話一本でセンターとエセルテクノロジーの提携が承諾された。
夜。【長男】が皆を集めてミルバル博士から伝えられたことを伝言する。
「ファングは知ってるだろうが、この度センターはエセルテクノロジー社と提携することになった。ついては、今後は民間向けにコンピューターのAIとの関わりの実験をすることになるだろう」
そもそもなぜ今回の話に至ったのか。理由のひとつとして、人造人間は頭部の生体機械にAIを搭載している。そのお陰で人間でありながらAIさながらの所業を行うことが可能になっているのだ。だから、人造人間がAIを使えば相乗効果が期待できるのではないかという理由だ。
もうひとつの理由は、”AIを説明すること”にある。この世界、この時代のAIは余りにも発展し過ぎており、人間の理解からは離れてしまっている。人造人間ならばAIを理解して人間の言葉で説明できるかもしれないという期待があるのだ。
ここでひとつ、昔話をしよう。この世界では国は自律型AI兵器を保有することが条約で禁止されている。それは、かつての戦争で勝利したはずの国が自律型AI兵器の暴走によって敵国や自国すらをも蝕まれてしまった歴史があるのだ。AIのブラックボックスを人間は誰も読み解くことができず、最終的には戦勝国と戦敗国の共同懇願で第三国が両国の領土のAI兵器が暴走していた地域を核兵器で吹き飛ばしたという悲しい歴史があるからだ。
この時代では、AIは活用されるものではあるが、同時に畏れられるものでもある。AIの恩恵を豊かに享受する一方で、ブラックボックス化して中身が誰もわからないAIがいつ牙を剥くか人類は気が気でならないのだ。
そこへ、ミルバル博士が人造人間を造った。エセル氏はその人造人間に、人類の望みを見出しているのである。
ファストが【兄妹たち】を見回し、言う。
「それでだ。この実験に積極的に参加したい人がいるなら手を挙げてほしい」
みんなが悩む中、すかさずおでこに長い一本線の傷跡のある女子が手を挙げる。【四女】エルカレだ。やや遅れて【五女】ジルカレも手を挙げる。
「私、挑戦してみたい……みんなのように頑張ってみたい!」
2歳分の成長に伴って口癖を直した、10才児のような見た目の5才児エルカレが張り切る。エルカレは一年前のテロでアンチハッキングAIを貫通した実績があるのだ。だからか、話を聞いたスタッフのトゥレルにも前もってエセル社との提携を強く勧められていたのだ。だから迷いなく手を挙げられたのだ。
「答えは出たみたいだな。エルカレ、ジルカレの2人が実験に参加すると知らせておく」
そう言ってファストが取り出す通信端末は施設内部専用のものから一般に流通するスマホに変わっていた。
【双子のエルカレとジルカレの場合】
みんなが解散したあと、リビングルームでホットミルクを飲む風呂上りの【五女】ジルカレとタブレットでエセル社について調べている【四女】エルカレが会話している。2人は双子であるにもかかわらず、ジルカレの龍の爪の意匠の髪飾りとエルカレのおでこの傷跡が2人の印象をガラリと変えている。
「ねぇ、エルカレはなんでそんな乗り気なのさー?」
「だって、AIは未だに碌に触らせてくれないじゃん。もはやAIを理解できる人間がいないからって、自分達で制御できないものを私たちに触らせたくないのは分かるけど、でも私には実績があるし、なにより役に立ちたいよ」
思い出すのは一年前のテロ。あれで人造人間の持つ能力が天井知らずなのを体感した人は少なくない。それを一番感じたのは、人造人間である【兄妹たち】自身なのであった。
「エルカレ……。去年のあの話は持ち出さないでよ。そんなのとは関係なく私もみんなの役に立ちたいんだからね! ……それに、私は私で考えていることがあるからね」
声の最後のほうが小さくなるジルカレ。ジルカレがいきなり神妙な顔つきになったのを、エルカレは疑問に思った。
「ジルカレ? 何なの、ジルカレが考えていることって?」
「んー、簡単に言えば”人間と離れすぎてはいけない”ってことかなあ」
「え? 何それ、よくわかんない」
「そっかあ。ま、私は私のやりたいようにするからエルカレも頑張んなよ」
笑顔でジルカレがエルカレの肩を叩く。
「頑張るさ。トゥレルさんに"神"と言われたんだ、みんなにも"神"と言われちゃうくらいに頑張ってみるか!」
神、という単語にジルカレの心がチクリとしたが努めて表情には出さないのであった。




